肝試し、深夜の生配信、そして猫は暗闇で震える
カレー(という名の化学物質)を胃に収めた後。 夜の帳が下りたキャンプ場で、貞松先生が気だるげに告げた。
「えー、これより恒例の『肝試し』を行う。男女ペアで森の祠まで行って帰ってくること。……面倒だから悲鳴とかあげるなよ」
先生、それ肝試しの趣旨を否定してます。
くじ引きの結果、俺のパートナーは――。
「……ふん。よりによって貴様ですか、泥棒猫」
腕を組んで不満げに鼻を鳴らす、エクレアだった。 遠くの方から「湊! なぜ私じゃない! くじに不正があるのではないか!」というリュミエの抗議と、空間がバチバチ鳴る音が聞こえるが、今は無視しよう。
◇
一方、その頃。 スタート地点の藪の中で、スマホの画面が微かな光を放っていた。
「……へっへっへ。聞こえてるか? これより『林間学校・深夜の肝試し』を極秘生配信するぞ!」
権田だ。 彼はペアの女子を先に歩かせ、自分は「実況」に命を懸けていた。
【視聴者のコメント】
: 権田またやってんのかw
: 先生に見つかったら停学だぞ
: それより美少女を映せ無能
: 【速報】あのお姉さん系転入生、主人公とペアらしいぞ
: は? 主人公爆発しろ
: 現場へ急行せよ権田
「おう、任せとけ! あのクールな転入生が、お化けを見て泣き叫ぶレア映像を撮ってやるぜ!」
権田は忍者のような足取りで、俺たちの後を尾行し始めた。
◇
森の中は、完全な闇だった。 風が木々を揺らし、ザワザワと不気味な音を立てている。
「……くだらない。霊体など、マナの残留思念に過ぎません。恐れる要素がどこに?」
隣を歩くエクレアは、強気な口調だった。 だが、俺は気づいていた。 彼女がさっきから、俺のジャージの裾をギュッと握りしめていることに。
「おい、エクレア。歩きにくくないか?」
「だ、黙りなさい! これは貴様が逃げないように拘束しているだけです!」
パキッ。 どこかで小枝が折れる音がした。
「にゃっ!?」
エクレアがビクッと跳ね上がり、俺の腕にしがみついた。 猫耳がピンと立ち、尻尾がブラシのように膨らんでいるのが気配で分かる。
「……お前、もしかして怖いのか?」
「こ、こここ怖くなど! ただ、地球の森は湿気が多くて不快なだけです!」
強がりながらも、密着度は増していく。 柔らかい感触が腕に当たり、いい匂いがする。 これを権田のカメラが後ろからバッチリ捉えているとも知らずに。
【視聴者のコメント】
: おい、めっちゃ密着してね?
: 「にゃっ」て言ったぞ今!
: クール系かと思ったらポンコツ可愛い系かよ!
: 尊い…… : でも主人公はギルティ
その時。 前方の柳の木の下から、白い着物を着た「何か」がゆらりと現れた。
「……うらめしやぁ……」
ベタすぎる幽霊だ。 正体は十中八九、西園寺先輩だろう。あの無駄に高級なシルクの死に装束が証拠だ。
だが、極限状態のエクレアには、それが「敵」にしか見えなかった。
「――敵性反応! 排除しますッ!!」
恐怖が臨界点を超え、彼女の防衛本能(と暴力性)が炸裂した。
ドゴォォォォンッ!!
美しいハイキックが、幽霊の顔面にクリーンヒットする。
西園寺先輩はきりもみ回転しながら闇の彼方へ吹っ飛んでいった。 後に残ったのは、肩で息をするエクレアと、呆然とする俺だけ。
「……はぁ、はぁ……や、やりましたか……?」
「やりすぎだよ! 先輩死んだぞ今の!」
腰が抜けたのか、エクレアはその場にへたり込み、涙目で俺を見上げた。
「……みなとぉ……こわかったぁ……」
「!」
彼女は無意識に俺の名前を呼び、腰に抱きついてきた。 震える身体。上目遣いの金色の瞳。 破壊神のような強さを見せた直後の、このあどけない姿。
そして、その一部始終は、全世界に生配信されていた。
【視聴者のコメント】
: ファッ!? : 幽霊(物理)で除霊しやがったwww
: キックのキレがプロのそれ
: からの、デレ!?
: 「みなとぉ」破壊力ヤバい
: 【悲報】西園寺、星になる(2回目)
: この配信、神回すぎるだろ
藪の中で、権田が「撮れ高ァアアア!」とガッツポーズをした瞬間。 背後から、地獄の底のような低い声が聞こえた。
「……ほう。貴様、いい度胸だな?」
「へ?」
権田が振り返ると、そこには鬼の形相のリュミエが立っていた。 スマホの画面を覗き込み、エクレアが俺に抱きついているシーンを見て、ブチ切れている。
「私の湊を盗撮し、あまつさえあの泥棒猫との情事を全世界に晒すとは……。万死に値する」
「ひ、ひぃぃぃ! 勘弁してください皇女様ぁああ!!」
ブツン。 配信は、権田の断末魔と共に唐突に終了した。
こうして、林間学校の夜は更けていく。 エクレアの「ビビリ属性」が露呈し、西園寺先輩が星になり、権田がリュミエにシメられた、騒がしい夜だった。




