エクレア騎士団長の華麗なる包丁さばき(物理)
キャンプ場に到着した俺たちを待っていたのは、地獄の飯盒炊爨だった。
「湊! 火だ! 火を熾せ! 早くしないと私が生のニンジンを齧り始めるぞ!」
「ちょっと待てリュミエ! お前、火起こし係だろ!?」
リュミエは「面倒くさい」と言って、指先から紫色の火球を出し、薪を一瞬で炭に変えてしまった。 火力が強すぎる。 こっちはこっちで問題だが、もっと深刻なのは野菜切り係の方だった。
「……料理など、要は対象を解体すればいいのでしょう?」
エクレアがまな板の前に立ち、ジャガイモを睨みつけていた。 彼女が手に持っているのは、学校の調理実習用包丁……ではなく、彼女の自前の「暗殺用コンバットナイフ」だった。
「いや、なんで凶器持参なんだよ!?」
「私の体の一部ですから。……見ていなさい、泥棒猫。これが銀河騎士の剣技です」
彼女の金色の瞳が鋭く光る。
「――シィッ!!」
シュォオオオオンッ!!
目にも止まらぬ速さでナイフが閃いた。 空気を切り裂く鋭利な音。 次の瞬間、ジャガイモは――
サラサラサラ……。
「……は?」
ジャガイモは、粉末になっていた。 みじん切りではない。文字通り、原子レベルで分解された砂になっていた。
「……火加減を間違えましたね。少し出力が高すぎたようです」
「お前、料理する気あるのか!? それ兵器だろ!」
「失礼な。殿下の離乳食は私が作っていたのですよ?」
エクレアがムッとして反論する。 隣で焚き火を見ていたリュミエが、遠い目をした。
「ああ……。エクレアの離乳食は、いつも『流動食(粉末を溶かしたもの)』だったな……」 「殿下!? それは言わない約束では!?」
どうやらこいつも、とんでもないポンコツらしい。 俺は溜息をつき、エクレアからナイフを取り上げた。
「貸せ。俺がやる」
「なっ……貴様ごときに、私の愛刀が扱えるとでも……」
「いいから見てろって」
俺は慣れた手付きでジャガイモの皮を剥き、一口大に切り分けていく。 母さんのスパルタ教育と、リュミエへの餌付けで培った技術だ。
「……ほぅ」
エクレアが感心したように目を丸くする。 猫耳(幻覚)がピクリと反応し、尻尾が興味深そうに揺れている。
「意外ですね……。戦闘力はミジンコ以下なのに、調理スキルだけは殿下より上だとは」
「一言多いな。……ほら、次はニンジンの乱切りだ。教えてやるからやってみろ」
俺は包丁を(調理用包丁を)彼女に渡し、後ろから手を添えて教えた。
「こうやって、少し角度をつけて……」 「……っ!?」
俺が手を重ねた瞬間、エクレアの身体がビクッと跳ねた。
「ち、近いです! 離れなさい、泥棒猫! セクハラですか!?」
「教えてやってるんだろ! 動くな、危ないから」
「……くっ」
彼女は顔を真っ赤にして、大人しく従った。 さっきまでの殺気はどこへやら。 俺の腕の中で、借りてきた猫のように小さくなっている。
(……なんだこいつ。意外とチョロいのか?)
俺がそう思った時。 背後から、冷え冷えとした視線を感じた。
「……おい、湊」
リュミエだ。 彼女の周囲の空間が、歪んでいる。 彼女の尻尾が、バチバチと火花を散らしながら、不機嫌そうに地面を叩いている。
「楽しそうだな。私の幼馴染と、イチャイチャと」
「ち、違う! これは料理指導であって断じて不純な動機では……!」
「問答無用。……今日のカレーは、激辛にする」
「やめろォオオオオ!! 俺の胃が死ぬ!!」
結局。 その日のカレーは、リュミエの嫉妬スパイスと、エクレアの粉末ジャガイモが混ざり合った、この世のものとは思えない味となった。 食べたクラスの男子たちが次々と倒れていく中、リュミエとエクレアだけが「悪くないな」と平然と完食していたのが、印象的だった。




