地球の幼馴染 vs 宇宙の幼馴染、仁義なきマウント合戦
校庭の空気は、張り詰めた糸のように緊張していた。
「……殺します」
漆黒の戦闘服に身を包んだ猫耳の美女――エクレアが、俺に殺意の刃を向けている。 リュミエが俺を庇っているが、その背中越しでも肌が粟立つほどのプレッシャーだ。
「どいてください、殿下。その男は、殿下の高貴な歴史における汚点です。私が綺麗に『掃除』しておきますので」
「やめろと言っている。湊に指一本でも触れてみろ、私が貴様を宇宙の塵にするぞ」
「殿下が私を撃つのなら甘んじて受け入れます。……ですが、相討ちになろうとも、この泥棒猫だけは始末する!」
エクレアの二股の尻尾が逆立ち、黒い雷がバチバチと音を立てる。 話が通じない。 この女、リュミエへの忠誠心が強すぎて、逆に暴走しているタイプだ。
俺が死を覚悟した、その時。
「――ちょっと待ちなさいよッ!!」
鋭い声と共に、一人の女子生徒が俺とエクレアの間に割って入った。 ポニーテールを揺らし、ジャージ姿で仁王立ちしたのは――陽葵だった。
「ひ、陽葵!? 馬鹿、下がってろ! 殺されるぞ!」
「うるさい湊は黙ってて! ……黙って見てれば、好き勝手言ってくれるじゃない!」
陽葵はエクレアを真っ直ぐに睨みつけた。 相手は校庭をクレーターに変える化け物だぞ? だが、今の陽葵には恐怖心よりも、「湊を馬鹿にされた怒り」が勝っているようだった。さすがはウチのオカン系幼馴染だ。
「……なんです、貴女は」
エクレアが冷ややかな視線を向ける。
「一般人が割り込まないでいただけますか? 巻き添えで蒸発しても知りませんよ」
「一般人じゃないわよ! 私は湊の幼馴染、春日井陽葵よ!」
陽葵は胸を張って宣言した。
「あんたこそ何よ。いきなり空から降ってきて、湊を殺すとか汚点とか……。湊の何を知ってるって言うのよ!」 「ほう……」
エクレアが興味深そうに目を細めた。 彼女はフッと嘲笑うように鼻を鳴らす。
「幼馴染……ですか。なるほど、地球の猿にもコミュニティがあるのですね。ですが」
エクレアが一歩踏み出す。 圧倒的なオーラ。
「『幼馴染』という言葉の重みが違いますよ。私は殿下が卵から孵る前から、その鼓動を聞いていたのです」
「は、はぁ……?(卵?)」
「殿下が初めて言葉を話した日も、初めて空を飛んだ日も、雷が怖くて私のベッドに潜り込んできた夜も……全て、この私が一番近くで見てきました」
エクレアはうっとりとリュミエを見つめ、そして陽葵を見下した。
「殿下の好みの紅茶の温度は82度。枕が変わると眠れない繊細さ。そして、寝起きには必ず尻尾の付け根をマッサージしないと機嫌が悪くなることまで……全て把握しています。貴女ごときが、私の『理解度』に勝てるとでも?」
「……おいエクレア、余計な性癖までバラすな」
リュミエが顔を赤くして抗議するが、エクレアは止まらない。 圧倒的な「時間」と「密度」のマウント。 だが。
「――はっ。何よそれ」
陽葵は鼻で笑い飛ばした。
「そんなの、ただの『お世話係』じゃない。私なんてねぇ……!」
陽葵も一歩踏み出す。
「湊がオネショをして布団を隠した場所も、中二病で『漆黒の翼』って書いたノートを机の奥に隠してることも、好きな卵焼きの味付けが『甘め』じゃなくて『だし巻き』派なことも、全部知ってるんだから!」
「やめろ陽葵ィイイイ!! 俺のHPはもうゼロだ!!」
俺は頭を抱えて叫んだ。 なんで俺の黒歴史まで掘り起こされるんだ。流れ弾が痛すぎる。
「それにね! 湊は強がりだけど、本当は寂しがり屋で、誰かのために無理しちゃうバカなの! あんたみたいに力だけで解決する人には、湊の良さなんて一生わかんないわよ!」
「……っ」
エクレアの眉がピクリと動いた。 陽葵の言葉が、図星を突いたのか、あるいはプライドを逆撫でしたのか。
「……言わせておけば、下等生物が」
バチチチッ! エクレアの周囲に、再び黒い雷が走り始める。 まずい。キレた。
「いいでしょう。そこまで言うなら、証明していただきましょうか」
エクレアは殺気を収め、代わりに冷徹な計算を含んだ目で俺たちを見た。
「殿下がそこまで執着する理由。そして、この泥棒猫に殿下を守る資格があるのかどうか」
彼女は俺を指差した。
「来週、林間学校があるそうですね?」 「え? ああ……」 「そこでテストを行います。もし貴様が不合格なら――」
彼女は首を切るジェスチャーをした。
「その時は、殿下の御意志であろうと関係なく、貴様を排除し、殿下を連れて帰ります。……異論はありませんね?」
「……上等だ」
答えたのは、俺ではなくリュミエだった。 彼女は俺の隣に並び、不敵に笑った。
「受けて立つぞ、エクレア。湊と私の『絆』が、貴様の独りよがりな忠誠心より強いことを証明してやる」
ちょっと待て!俺の意思は!?
「……ふん。後悔しますよ、殿下」
エクレアは漆黒のマントを翻した。
「では、現地で会いましょう。……首を洗って待っていなさい、泥棒猫」
ドォォォン!!
彼女は地面を蹴り、黒い雷となって空の彼方へ飛び去っていった。 あとには、再び半壊した校庭と、呆然とする生徒たちだけが残された。
「……はぁ」
俺はその場にへたり込んだ。 隣では、陽葵がまだ肩で息をしながら、勝ち誇った顔をしている。
「ふんだ! 何よあの猫女! 湊のことは私のほうが詳しいんだから!」
「……ありがとうな、陽葵。助かったよ」
「べ、別に……湊のためじゃないし! 売り言葉に買い言葉だっただけだし!」
ツンデレを発動させる陽葵。 その様子を、リュミエがジト目で見ていた。
「……おい、湊」
「ん?」
「中二病のノートとは何だ? 『漆黒の翼』とは?」
「やめろ! その話はもう忘れてくれ!!」
こうして。 最強のライバルによる「選別試験」が決定した。 舞台は林間学校。 そしてその地下には、まだ誰も知らない「新たなダンジョン」が眠っていた。




