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銀河最強の厄災竜(フィアンセ)が、俺の部屋で「人間社会、チョロすぎw」とくつろいでいる件  作者: 秦江湖


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銀河最強の皇女様は、家のローンとカップ麺がお嫌い

「……一千万……いや、構造材までイッてたら一千五百万……」




 一階のリビング。  お通夜のような空気が流れていた。  




ダイニングテーブルに突っ伏して、「うあー」とか「ひー」とか呻いているのは、俺の父、九条くじょう博道ひろみち(四十五歳)だ。  




住宅ローンという名の魔物と戦い続ける、哀しき企業戦士である。




「ねえ、あなた。お客様にお茶が入ったわよ? シャキッとなさいな」




対照的に、向かいの席でニコニコと急須を傾けているのは、母の美津子みつこ(四十二歳)。  




天井に大穴が空いたというのに、「あら、星が見えて素敵ねぇ」と言い放った猛者だ。




この母の遺伝子がなければ、俺はとっくに発狂していただろう。




「……おい、下等生物ども」




 そして、上座(お父さんの席)にふんぞり返っているのが、元凶の銀髪美少女、リュミエだ。  




彼女は出された煎餅を訝しげに眺めながら、不機嫌そうに尻尾をパタパタと揺らしている。





「貴様らの危機感の欠如はどうなっている? 私は『家を壊した』のではない。『侵略の足がかりを作った』のだぞ? もっとこう、絶望とか服従とかだな……」




「はいはい、リュミエちゃん。お煎餅、湿気っちゃうわよ」




「……む」




 母に笑顔で遮られ、リュミエが言葉を詰まらせる。  調子が狂うのだろう。




彼女の周りでバチバチと鳴っていた空間のノイズが、母の「あらあら」という声だけで霧散していく。  




最強の「デバッガー」は、俺じゃなくて母さんかもしれない。




「……ふん。このような原始的な炭水化物の塊、高次生命体である私が口にするわけがないだろう」




リュミエは煎餅を指先で弾くと、俺の方を向いた。




「おい、湊。部屋に戻るぞ。ここ(リビング)は居心地が悪い」




「戻るって言っても、お前のせいで天井ないけどな」




「些細な問題だ。さあ、夜伽の準備をせよ。まずは背中を流させてやる」




「お風呂の順番も勝手に決めないでくれる!?」




 結局、父のうめき声をBGMに、俺たちは半壊した二階の自室へと撤退することになった。





※※※※※※※※※※





ブルーシートで応急処置をした部屋は、冬の隙間風が吹き込んで寒かった。  




リュミエは「寒い」と文句を言いながら、俺のベッドを占拠し、当然のように布団に潜り込んでいる。




「……おい。そこ俺の寝床」 「黙れ。つがいの布団は私の巣だ。……ふんふん、悪くない匂いだ」




 彼女は枕に顔を埋め、スンスンと匂いを嗅いでいる。  




その無防備な姿は、さっきまで「銀河征服」を叫んでいた怪物とは別人のようだ。  と、その時。




 ――グゥゥゥゥゥゥゥ……。




 地鳴りのような音が、彼女の腹のあたりから響いた。  さっきの落下音に匹敵する重低音だ。




「…………」




 リュミエが動きを止め、顔を真っ赤にして布団から目だけを出す。




「……な、なんだ今の駆動音は。敵襲か?」 「いや、腹の虫だろ。さっき母さんの煎餅食わなかったから」 「ば、馬鹿を言うな! 私は星のエネルギー(マナ)を摂取する存在だ! 物質的な食事など……」




 ――グゥゥゥゥゥゥゥゥン!!(クレッシェンド)




「……わかった。わかったから」




俺は溜息をつき、部屋の隅にある「非常食ストック」から、カップ麺を取り出した。




『シーフードヌードル』。俺の夜食の定番だ。  





電気ポットのお湯を注ぎ、三分待つ。  部屋の中に、チープだが食欲をそそる香りが充満し始める。




 布団の隙間から、銀色の尻尾がピョコッと飛び出し、アンテナのように左右に揺れた。




「……湊。なんだその、妙に香ばしい匂いのする錬金術は」 「錬金術じゃねーよ。ただのカップ麺」




 俺は蓋をめくり、フォークを添えて彼女に差し出す。




「食うか? 毒じゃないぞ」




「……ふん。毒など効かぬわ。……あくまで、貴様がどうしてもと言うなら、味見してやらんこともない」




 彼女は警戒心丸出しで、布団から這い出てきた。  俺のパーカー(サイズが大きすぎてワンピース状態)の袖をまくり、恐る恐る麺を一本、口に運ぶ。




 チュルッ。




 その瞬間。  彼女の紅い瞳が、カッと見開かれた。




「…………っ!!?」





時間が止まったかと思った。  次の瞬間、リュミエは猛然とカップにかぶりついた。




「な、なんだこれは!? なんだこの、脳髄を直接刺激する旨味の暴力は!? 魚介のエキスと、謎の塩分が、舌の上で爆発して……!!」




「そんなグルメ漫画みたいなリアクションするやつ初めて見たわ」




「うまい! うまいぞ湊!! これが地球の文明か……!!」




 ズルズルズルッ! ハフハフッ!  




彼女は涙目になりながら、スープまで一気に飲み干していく。  




その背中で、ネオンカラーの尻尾が、ちぎれんばかりに高速で振られていた。  ブンブンブンブンッ!




(……犬かよ)




さっきまでの「高貴な皇女様」はどこへやら。  そこには、初めてのジャンクフードに感動する、ただの食いしん坊な少女がいた。




「……ぷはぁ」




 空になったカップを満足げに置くと、彼女はうっとりと俺を見上げた。




「湊……」




「ん?」




「おかわり」




 俺はこの時、悟った。  地球の平和は、シーフードヌードルによって守られたのだと。

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