(第2部 開始) :契約のキスの副作用が、あまりにも甘すぎて直視できない
命懸けの契約から、数日が経った。 世界は何事もなかったかのように回っているが、俺とリュミエの関係には、劇的な変化が訪れていた。
「……んぅ、甘いな」
「……甘いな」
朝の食卓。 トーストにたっぷりとイチゴジャムを塗って齧り付いたリュミエと、コーヒーを飲んでいただけの俺の声がハモった。
「……おい、湊。なぜ貴様が味の感想を言うのだ? 貴様が飲んでいるのはブラックコーヒーだろう」
「いや、それが……口の中が急にイチゴジャムの味になったんだよ」
俺は困惑して舌を出した。 幻覚じゃない。確かに今、甘酸っぱい果実の味が口いっぱいに広がったのだ。
「……ふむ。これも『魂の共鳴』の影響か」
リュミエは納得したように頷き、今度はベーコンエッグを口に運んだ。 途端に、俺の口内が塩気と卵のまろやかさで満たされる。
「ちょ、ちょっと待て! 朝飯の味が二重になって気持ち悪い!」
「我慢せよ。貴様と私は今、魂レベルでパスが繋がっているのだ。五感の一部が共有されても不思議ではない」
「不思議だよ! プライバシーなさすぎだろ!」
ヴォルグによれば、あの時の契約は「正規夫婦」以上の、銀河でも稀な「完全同期」らしい。 つまり、俺たちは文字通り「一心同体」になってしまったわけだ。
「あらあら。味まで共有できちゃうなんて、朝からお盛んね」
母さんがにこやかに言う。
「母さん!ちがっーー」「嫌だな母上。お盛んなんて」
リュミエが頬を赤らめて、舌なめずりしながら俺を見る。 違う。違うぞそれは。
だが、味覚の共有なんて、まだ序の口だった。 本当の地獄(天国?)は、学校で待っていた。
◇
2時間目の体育。男子はバスケだ。 俺がドリブルで切り込もうとした時、権田がディフェンスに入ってきた。
「へっへっへ、湊! お前の考えなんてお見通しだ!」
「邪魔だ権田!」
俺たちは激しく接触し、二人もつれて床に倒れ込んだ。 その拍子に、偶然――本当に偶然だ――体育館の入口にいた陽葵の、短パンから伸びた白い太ももが視界のド真ん中に飛び込んできた。
「ッ!?」
健全な男子高校生である俺の心臓が、ドクンと大きく跳ねた。 ちょっとしたドキドキ。 だが、その瞬間。
『……っ、んぁ……!?』
脳内に、艶めかしい声が響いた。 リュミエの声だ。 同時に、全身に電流が走ったような、甘い痺れが駆け巡る。
(えっ、今の何だ!?)
俺は慌てて起き上がり、周囲を見回す。リュミエはいない。彼女は今、教室で数学の授業を受けているはずだ。 だが、今の声と感覚は間違いなく……。
キーンコーンカーンコーン。
チャイムが鳴り、俺は急いで教室へ戻った。 すると、リュミエの席の周りに人だかりができていた。
「リュミエちゃん、大丈夫? 顔真っ赤だよ?」
「熱でもあるの?」
中心にいるリュミエは、机に突っ伏して、肩で息をしていた。 耳まで茹でたタコのように赤い。 俺が近づくと、彼女は涙目のまま、恨めしそうに俺を睨み上げた。
「……おい、湊」
「あ、ああ。大丈夫か?」
「……貴様、さっき……何をしていた?」
「え」
「急に、胸の奥が熱くなって……心臓が早鐘を打って……変な気分になったのだぞ!」
彼女が机の下で、モジモジと脚を擦り合わせているのが分かる。 クラスの男子たちが「なんだあの色っぽい仕草は……」「ごくり……」と生唾を飲んでいる。
「……あー、その」
俺は察した。 俺の「ドキドキ(あるいは性的な興奮)」が、パスを通じてダイレクトに彼女に伝わり、増幅されてしまったのだ。
「誤解だ! 不可抗力のアクシデントがあっただけだ!」
「嘘をつけ! 貴様の思考ノイズから『ピンク色』の波動を感じたぞ! この……むっつりスケベめ!」
彼女は顔を真っ赤にしたまま、俺の脛をポカポカと蹴ってきた。 痛くない。むしろ可愛い。 だが、これは非常にマズい。 俺が何かを感じるたびに、銀河最強の皇女様があられもない姿になってしまうなんて。
「……管理、しきれる気がしない」
俺たちの「一心同体ライフ」は、前途多難すぎる幕開けとなった




