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銀河最強の厄災竜(フィアンセ)が、俺の部屋で「人間社会、チョロすぎw」とくつろいでいる件  作者: 秦江湖


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(第1部 完):契約のキス、そして銀河最強の夫婦へ

(……なあ、湊。覚えているか?)


 薄れゆく意識の中で、リュミエは走馬灯を見ていた。  それは10年前。  まだ彼女が幼く、自分の強すぎる力を制御できずに、誰からも恐れられていた頃の記憶。


 次元の裂け目に迷い込み、ひとりぼっちで泣いていた彼女の前に、一人の少年(湊)が現れた。


(貴様は、私の角を見ても悲鳴を上げなかった。それどころか……)


『うわ、怪我してるじゃん。痛いの?』


 少年は、リュミエの擦りむいた膝を見て、ポケットから絆創膏を取り出した。  ペタリ。  安っぽいキャラクターものの絆創膏。  でも、リュミエにとっては、生まれて初めて触れられた「他者の体温」だった。


『これで良し。……あと、これやるよ』


 少年は、自分の食べかけの飴玉(イチゴ味)を差し出した。  リュミエがおずおずと口に含むと、甘くて、優しい味が広がった。


『……おい、人間』


 幼いリュミエは、顔を真っ赤にして、震える声で告げた。


『貴様、銀河皇女である私の肌に触れたな? ……責任、取れるのか?』 『責任? なにそれ』 『私の……「つがい」になるということだ! 私が大きくなったら、貴様を迎えに来てやる。それまで他のメスにうつつを抜かすなよ! ……いいな?』


 精一杯の背伸び。  拒絶されるのが怖くて、命令口調でしか言えなかったプロポーズ。  それに対して、少年はあっけらかんと笑った。


『よく分かんないけど、おままごと? いいよ。約束な』


 少年はリュミエと「指切り」をして、手を振りながら去っていった。  夕焼けの中へ消えていく小さな背中。  あの日から、リュミエはずっと、その背中を追いかけ続けてきたのだ。


(……湊。貴様は忘れているだろうな。ただの子供の口約束だと)


 でも、私は忘れていない。  あのイチゴ飴の味も。絆創膏の温かさも。  だから私は、星を越えて貴様に会いに来たのだ。


(……なのに、こんな形で終わるなんてな。……無念だ)


 走馬灯が消えていく。  深い闇に落ちていくリュミエの意識。  もう、指一本動かせない。


 ――その時だった。


「……っ」


 冷たくなった唇に、熱い「何か」が触れた。



   ◇



(……湊。宇宙は広いな)


 ふと、いつかの夜のことを思い出した。  それは、マナ酔い騒動の数日後。  眠れないと言って、俺の部屋のベランダに出てきたリュミエと、並んで夜空を見上げていた時のことだ。


(私の故郷では、私は『皇女』か『厄災』としか呼ばれなかった。誰も私自身を見ない。私の機嫌を損ねれば星が消えるから、みんな腫れ物に触るようにひれ伏すだけだ)


 彼女は缶ココアを両手で包みながら、寂しそうに笑った。


(名前で呼んでくれたのは、貴様が初めてだったのだ。……叱ってくれたのも、カップ麺をあーんしてくれたのも、全部な)


その時、俺は気づいてしまったんだ。  銀河最強? 上位捕食者? そんなのは外側のレッテルだ。  中身は、ただの寂しがり屋で、誰かに見つけてほしくて震えている、一人の女の子に過ぎないんだって。


 だから、あの夜。俺は決めたんだ。  世界中が彼女を「厄災」だと恐れても、俺だけは彼女の「家族」でいようって。


 ――だから、リュミエ。  俺の命くらい、安いもんだろ。



   ◇



「……っ」


 俺は、冷たくなったリュミエの唇に、自分の唇を重ねた。


ロマンチックな甘いキスじゃない。  それは、生命の譲渡パスだ。


 ドクンッ!!


 心臓が早鐘を打つ。  唇が触れ合った瞬間、俺の体内から何かが奔流となって吸い出されていくのを感じた。  熱い。痛い。  血管の中をマグマが駆け巡り、彼女へと流れ込んでいく。


(……持ってけ!)


 俺は彼女の背中を抱きしめ、念じた。


(寿命でも、魂でも、全部やる! だから戻ってこい! 俺の日常には、お前が必要なんだよ!)


 カァァァァァァッ……!!


二人の身体が、黄金の光に包まれた。  ヴォルグが「馬鹿な……!?」と叫んでいるのが遠くで聞こえる。


 光の中で、奇跡が起きた。  リュミエの頬を覆っていた「黒い亀裂」が、光に満たされて修復されていく。  ひび割れた陶器が、再び滑らかな白磁へと戻っていくように。  死にかけていた彼女の鼓動が、俺の鼓動とリンクして、強く、力強く脈打ち始める。


 ――システム再構築。  ――正規契約マリッジ・コード、承認。


 脳内に、誰かの声が響いた気がした。  同時に、全身の力が抜け、意識がホワイトアウトする。



……ああ、全部持っていかれたな。  でも、これでいい。


 俺の意識が途切れる寸前。  腕の中の彼女の瞼が、ゆっくりと開かれるのを見た。



   ◇



「……ん、ぅ……?」


 リュミエは目を覚ました。  身体が軽い。  あれほど苦しかった渇きが消え、体内に温かい力が満ち溢れている。  それは、懐かしい故郷のマナよりもずっと濃密で、優しいエネルギーだった。


「……みなと?」



目の前には、糸が切れたように脱力した湊がいた。  顔色は紙のように白い。  だが、その口元は満足げに微笑んでいた。


「……馬鹿な男だ」


 リュミエは全てを悟った。  自分の身体に残る、彼の温もり。唇に残る感触。  この男は、自分の命を削って、リュミエという「厄災」を繋ぎ止めたのだ。


 目頭が熱くなる。  愛おしさが、胸の奥から込み上げてくる。


「……私の命を救ったのだぞ。責任、取ってくれるのだろうな?」


リュミエは涙を拭い、湊の頭を優しく抱き寄せた。  その瞬間、彼女の頭上の角と、背中の尻尾が、鮮やかな虹色オーロラカラーに輝いた。  それは、二人の魂が完全に混ざり合った「正規契約」の証。


「――あり得ん……」


 瓦礫の山で、ヴォルグが膝をついて震えていた。


「下等生物のマナごときで、殿下のコアが完全修復するだと? いや、それどころか……出力が以前よりも増大している……!? ま、まさか、伝説の『魂の共鳴』か!?」


リュミエはヴォルグを一瞥し、ニヤリと笑った。  その笑顔は、最強の皇女の威厳と、恋する乙女の可愛さが同居する、無敵のものだった。


「ヴォルグ。本国へ打電せよ」


 彼女は高らかに宣言する。


「『地球の浄化は不要』とな。……この星には、銀河のどこにもない極上のマナ(愛)がある。私はまだ、帰るわけにはいかない」


「は、はっ! 直ちに!」


 ヴォルグが慌てて通信機を取り出す。  リュミエは眠る湊の額に、もう一度だけ軽くキスを落とした。


「……ゆっくり休め、我が愛しのつがいよ。目覚めたら、特上のカップ麺を作ってやるからな」


 夜空に輝く満月が、二人を祝福するように照らしていた。  世界が終わるはずだった夜は明け、新しい日常が始まる。    銀河最強の皇女と、その命を背負った平凡な高校生。  二人の「本当の同棲生活」は、ここからが本番だ。


 (第1部 完)

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