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銀河最強の厄災竜(フィアンセ)が、俺の部屋で「人間社会、チョロすぎw」とくつろいでいる件  作者: 秦江湖


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嘘つきな皇女と、崩れ落ちる世界

ガシャァアアアアンッ!!


 展望台の強化ガラスが、内側からの圧力で粉砕され、夜空へと降り注いだ。  悲鳴が上がる。  警報音が鳴り響く。  だが、その騒音さえも、彼女の悲痛な叫びの前では静寂に等しかった。


「嘘だ……! 嘘だ嘘だ嘘だ!!」


 リュミエが髪を振り乱して叫ぶ。  彼女を中心に、赤黒いオーラが渦巻いていた。  それは「バグ」なんて生易しいものじゃない。  空間そのものを食い破る、純粋な破壊のエネルギー。



「貴様は言ったではないか! 私のつがいだと! ずっとそばにいると! あの言葉は偽りだったのか!?」



彼女が一歩踏み出すたびに、床のタイルが弾け飛ぶ。  俺は風圧に耐えながら、歯を食いしばって立っていた。


「……ああ、嘘だ。全部、お前を利用するための演技だったんだよ」


 やめろ。  もういい。もう十分だ。  これ以上、自分を傷つけるな。  さっさと俺を殺して、軽蔑して、お前の星へ帰ってくれ。


「許さん……許さんぞ、湊……ッ!!」


 リュミエが右手を振り上げる。  その手に、致死量のマナが収束する。  俺は目を閉じた。これでいい。これで終わるなら――。


 だが。  その「一撃」が放たれることはなかった。


バチッ、バチチチッ!!


 不快な破裂音が、彼女の身体から響いた。


「――が、はっ……!?」


 リュミエの動きが止まる。  集束していたマナが霧散し、代わりに彼女の口から、大量の「光の粒子」が吐き出された。  鮮血ではない。  彼女の命そのものが、キラキラと輝きながらこぼれ落ちていく。


「リュミエッ!?」


 俺は駆け出した。  「嫌いになった」という設定も、「近寄るな」という恐怖も、全て吹き飛んだ。  崩れ落ちる彼女の身体を、地面に激突する寸前で抱き止める。


「おい! しっかりしろ! リュミエ!!」


 腕の中の彼女は、羽毛のように軽かった。  そして、見てしまった。  彼女の白い肌を侵食する「黒い亀裂」が、指先から首筋、そして頬にまで広がっているのを。  まるで、ヒビ割れた陶器人形だ。


「……はぁ、はぁ……みな、と……?」


 リュミエがうつろな瞳で俺を見る。  その目には、もう怒りはなかった。あるのは、深い哀しみと、困惑だけ。


「……なんで、泣いているのだ……? 貴様は、私が……嫌いなのだろう……?」


俺の頬に、熱いものが伝っていた。  俺は泣いているのか。  こんな酷いことを言っておいて。


「……馬鹿野郎。嫌いなわけ、ないだろ……」


 俺は彼女を強く抱きしめた。  もう演技なんてできない。


「好きだ。大好きだ。……お前に生きててほしいから、嘘をついたんだよ!」


 リュミエの瞳が、わずかに見開かれる。  彼女は震える手で、俺の頬に触れようとした。


「……そうか。……やはり、貴様は……嘘が下手だな……」


 彼女は力なく微笑み――その手が、ガクリと落ちた。


「リュミエ!? おい!!」


 呼びかけても反応がない。  身体が冷たい。  光の粒子が、止まることなく溢れ出していく。


「――そこまでだ、地球人」


 瓦礫を踏みしめて、一人の男が現れた。  作業着姿のヴォルグだ。  彼は厳しい表情で、俺と、腕の中で動かなくなったあるじを見下ろした。


「ヴォルグ! おい、どうなってるんだ! 早くあいつを連れて帰ってくれ! 帰れば治るんだろ!?」


 俺はすがるように叫んだ。  だが、ヴォルグは首を横に振った。


「……手遅れだ」 「は?」 「感情の暴走により、コアの崩壊速度が限界を超えた。……もはや、帝国へ転送する時間すら保たない。殿下はあと数分で、この宇宙から完全に『消滅』する」


 目の前が真っ暗になった。  俺のせいだ。  俺が余計な嘘をついて、彼女を追い詰めたから。


「そんな……嘘だろ……」


「……だが」


 ヴォルグが、俺の目を真っ直ぐに見た。  その瞳には、一縷いちるの賭けに出るギャンブラーのような光が宿っていた。


「一つだけ。……科学的根拠も、前例もない方法が、一つだけある」


「……なんだそれは! 何でもやる! 俺の命でも何でも持ってけ!」


「貴様のマナだ」


 ヴォルグは言った。


「貴様には、なぜか殿下の『バグ』を正常化させる力があった。おそらく貴様は、生まれつき特異なマナ保持者、タンクなのだ。……貴様の生命力を、直接殿下に流し込めば、コアを修復できるかもしれない」


「直接……どうやって?」


「粘膜接触によるパスの接続。……つまり、口付けだ」



 俺はリュミエの顔を見た。  蒼白で、今にも消えてしまいそうな寝顔。  迷う理由なんて、1ミリもなかった。


「……やるよ。全部やる」


 俺は彼女の身体を抱き起こした。  これが、俺たちの最初の、そして命懸けのキスになる。





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