さよならを言うための、最高のデートプラン
日曜日の原宿は、幸福な人間たちで溢れかえっていた。 色とりどりのスイーツ、流行りの服、笑い声。 その中心を、俺たちは手を繋いで歩いていた。
「湊! 見ろ、あの服! 布面積が少なすぎるぞ! 地球の服飾文化はどうなっているのだ!」
「あれはそういうファッションなんだよ。……ほら、クレープ買ってきたぞ」
俺は行列に並んで買った「いちごチョコ生クリーム」をリュミエに渡す。 彼女は目を輝かせ、その先端にパクッとかぶりついた。 鼻の頭にクリームがついている。
「んぅ〜! 甘い! これはダンジョンのオーク肉に匹敵する美味だ!」
「比較対象がおかしいけどな。……ほら、じっとしてろ」
俺はハンカチを取り出し、彼女の鼻についたクリームを拭いてやる。 リュミエはされるがままになりながら、上目遣いで俺を見て、へへと笑った。
「……湊は、世話焼きだな」 「お前が子供みたいだからだろ」 「ふふん。私は皇女だぞ? 世話を焼かせてやっているのだ」
その笑顔が、眩しくて直視できない。 俺のポケットの中にあるスマホには、ヴォルグからのメッセージが入っていた。
『リミットは刻一刻と迫っている。今日中に決着をつけてくれ』
分かっている。 分かっているけど、あと少しだけ。 このクレープを食べ終わるまで。次の店を見るまで。 俺は自分に言い訳を重ねて、時間を引き延ばしていた。
◇
水族館に行き、映画を見て、ショッピングモールを回り。 気づけば、空は茜色に染まっていた。
「……楽しかったな、湊」
俺たちは、街を一望できる展望台のベンチに座っていた。 夕日が沈み、街に明かりが灯り始める。 リュミエはガラス越しにその景色を見つめながら、静かに言った。
「故郷の星には、こんな景色はない。空は常に紫色のガスで覆われ、大地は機械で埋め尽くされている」
「……そうなのか」
「ああ。だから私は、この星が気に入った。……いや」
彼女は俺の方に向き直った。 夕焼けに照らされたその表情は、今まで見たどんな時よりも美しく、そして儚げだった。
「私は、貴様がいるこの星が、好きなのだ」
心臓が締め付けられる。 彼女は俺の手を握り、自分の頬に寄せた。 その肌は冷たい。 袖口から覗く手首の「黒い亀裂」は、朝よりも明らかに広がっていた。
「湊。……私は、貴様と出会えてよかった」
「……」
「私の命が続く限り、ずっと貴様のそばに……」
――今だ。 ここしかない。 これ以上、彼女に夢を見させてはいけない。 彼女を生かすためには、俺が鬼になって、その夢を壊さなきゃいけないんだ。
俺は震える手で、彼女の手を振り払った。 パシッ、という乾いた音が、静かな展望台に響いた。
「……リュミエ」
俺は立ち上がり、彼女を見下ろした。 できるだけ冷たく。 できるだけ残酷な顔をして。
「……もう、終わりにしよう」
「……え?」
リュミエの目が丸くなる。 意味が理解できない、という顔だ。
「楽しかったよ、宇宙人ごっこ。でもさ、俺もそろそろ疲れたんだよ」
心にもない言葉が、スラスラと出てくる。 まるで下手くそな台本を読んでいるようだ。
「家を壊されるのも、変な騎士に絡まれるのも、もううんざりなんだ。……正直、迷惑なんだよ」
「み、みなと……? 何を、言って……」
「帰ってくれ。お前の星に」
俺は彼女から視線を逸らし、決定的な一言を口にした。
「……お前のことなんて、一度も好きじゃなかった」
時間が止まった。 リュミエの紅い瞳から、光が消えていくのが分かった。 彼女の唇が震え、何事かを言おうとして――
バリンッ。
彼女の足元のガラス床に、ヒビが入った。 感情の暴走。制御できない絶望が、物理的な破壊となって世界に溢れ出す。
「……嘘だ」
彼女の目から、一雫の涙がこぼれ落ちた。
「嘘だと言え!! 湊!!」
その叫びと共に、展望台の窓ガラスが一斉に粉砕された。




