食べ過ぎた皇女様は、甘くて危険な味がする
新宿ダンジョンでの「お食事会」を終え、俺たちは西園寺先輩のリムジンで帰路についていた。 車内は、奇妙な静寂に包まれていた。
「……うっぷ」
沈黙を破ったのは、可愛らしいゲップだった。 隣に座るリュミエだ。 彼女はシートに深く沈み込み、顔を真っ赤にして、うつろな目で天井を見上げている。
「おい、リュミエ。大丈夫か? 食あたりか?」
俺が心配して声をかけると、彼女はとろんとした瞳で俺を見た。
「……んぅ? みなとぉ……?」
破壊力抜群の甘い声。 普段の「貴様」呼ばわりはどこへやら。 彼女は液体のようにふにゃりと崩れると、俺の肩に頭を預けてきた。
「あついぃ……。からだが、ぽかぽかするぅ……」
「お、おい!?」
「みなとぉ……いい匂いするぅ……すーはー……」
リュミエが俺の首筋に顔を埋め、深呼吸をする。 吐息が熱い。 そして、何よりやばいのは――
ブンッ、ブンッ。
彼女のスカートの中で、尻尾が制御不能になって暴れまわっていることだ。 頭からはネオンカラーの角が出っ放し。 完全に「擬態」が解けている。
「ちょ、ちょっと湊!? あんた何させてんのよ!」
向かいの席で、陽葵が顔を真っ赤にして叫んだ。 西園寺先輩も、運転席との仕切りガラス越しにハンカチを噛んでいる。 権田だけが「神イベキタコレ」と無言でガッツポーズしていた(あとでシメる!)。
「ち、違うんだ陽葵! こいつ、多分酔ってるんだ!」 「酔ってるって、お酒なんて飲んでないでしょ!?」 「マナ酔いだ! 食べ過ぎなんだよ!」
そう。高純度のマナを急激に摂取しすぎたせいで、彼女は今、泥酔状態にある。 いわゆる「酒乱」ならぬ「マナ乱」だ。
「……ごしゅじんさまぁ」
「ぶふっ!!?」
俺はむせ返った。 リュミエが上目遣いで、俺の服の裾をキュッと掴んでいる。
「おなか、いっぱい……。もうたべられないよぉ……」
「お、おう。わかったから離れろ」
「やだ。……みなと、すき」
「ッ!!??」
車内に衝撃が走った。 陽葵が「きぃぃぃぃ!」と奇声を上げ、西園寺先輩が「僕のアメックスが負けた……?」と絶望し、権田が尊死した。 俺の理性の防波堤も、あと数ミリで決壊しそうだ。
※※※※※※※※※※
なんとか実家にたどり着いた頃には、リュミエは完全に夢の中だった。 俺は彼女を背負い(軽い。羽毛みたいだ)、両親への挨拶もそこそこに自室へ運び込んだ。
「……ふぅ。心臓に悪い」
ベッドに彼女を寝かせ、布団をかける。 銀髪が枕に広がり、規則正しい寝息が聞こえる。 寝顔だけ見れば、ただの美少女だ。世界を滅ぼす「厄災」だなんて誰も信じないだろう。
俺が部屋を出ようとした、その時。
ガシッ。
手首を掴まれた。 振り返ると、リュミエが潤んだ瞳で俺を見つめていた。
「……いかないで」
「! ……まだ起きてたのか」
「さむい……」
彼女は布団をめくり、ぽんぽんと自分の隣を叩いた。
「……あたためて。……命令」
「お前なぁ……自分が何言ってるか分かってんのか?」
「……んぅ……」
彼女は俺の腕を強引に引き寄せた。 抵抗できない力。 俺はバランスを崩し――彼女の隣、布団の中へと倒れ込んだ。
密着する体温。 甘い匂い。 そして、耳元で囁かれる寝言。
「……みなと……ずっと、そばにいて……」 「……!」 「……わたしの、つがい……むにゃ……」
彼女はそのまま、俺の腕を抱き枕のように抱え込んで、再び深い眠りに落ちていった。 安心しきった顔で。
「……卑怯だろ、それは」
俺は天井を見上げ、大きく息を吐いた。 心臓が早鐘を打っている。 普段あんなに強気で、人類を見下しているくせに。 無防備な本音が、こんなに寂しがり屋だなんて。
(……これ、明日起きたら覚えてないパターンだよな。絶対)
俺は覚悟を決めた。 今夜は長い夜になりそうだ。 俺の理性が、朝まで保つことを祈るしかない。
窓の外では、月が静かに二人を見下ろしていた。 銀河最強の皇女様が、ただの「女の子」に戻る、一夜限りの秘密の時間だった。




