表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(β版)  作者: 自彊 やまず
第八章 最終決戦編
97/101

第九十一話 別れのうた

 クリスは左腕から流れる血を布で抑え、ルバモシに掛かる橋へと向かった。

 橋の上を歩き出すクリス。


 ワイヤーや橋げたは完全に錆び、歩くたびにキィと言う不気味な音が鳴った。


「待ってろ、エマ」


 いつ崩れてもおかしくないという考えや、左腕の傷の痛みなど、今の彼にとっては些末なことに過ぎなかった。


 エマを救い、自分がノアを起動させる。

 ただその事だけを考えていた。


 空は暗く淀み、激しく蠢いていたオーロラも今は鳴りを潜めている。

 代わりに次々と降り注ぐ隕石、流星。

 この世の終わりとはまさにこういう姿なのかもしれない。


 クリスが三分の二まで橋を渡り切った時、上空を飛ぶ、ある男の姿が目に入った。

 それはゼリク――正確にはかつてゼリクと呼ばれていたモノ――だった。


 恐らく彼は吸血族の脳を移植していたのだろう。

 足りなくなった脳の容量を補う為か、純粋に頭を良くするためか。

 それを知る由もなかったクリスは、とにかく彼の角をその副作用と考えていた。


 しかし、今の彼は二本の角を生やし、黒い筋肉と獣人の毛で覆われた姿は知性から程遠く、まさに悪魔と呼ぶにふさわしい姿をしていた。


 クリスはかつて同じ現象をエクスとの戦いで見ている。

 移植した部位が暴走し、制御できなくなった異形のもの。


「またこれか……!」


 彼が飛来し、クリスの正面数十メートルへと降り立つと、橋が大きく揺れた。


 出血によりクリスの意識も朦朧としていたが、それでも歩む足を止めない。

 クリスは右手でリボルバーを取り出し、ゼリクへと向けたが、その残弾数がもうゼロであることに気づいた。

 彼はリボルバーをホルダーにしまい、背の鞘から剣を抜き出す。


「#$%&!!!わがせkhだrにもわtsn!ノアhhいkせn!」


 もはや意識の欠片もなく、ただ一つの感情のみで動く彼と、会話できる状況ですらない。


 クリスはもう一度集中力を戻そうとしたが、不可能だった。

 焦りと左腕の出血が重なり、オファク武術も、吸血族の能力も使えない。


 けれども、クリスは何となく正面のバケモノが何を考えているのかが分かった。


 これも数奇な運命か、宿命か。

 彼らは非常に似た思考回路を持っているらしい。


 ゼリクは共に、二人で海の底へと沈もうとしているのだ。


「来い、」


 クリスは残った僅かな力を振り絞り、攻撃を受ける構えを取る。


 その刹那、ゼリクが飛び上がりクリス目掛けて飛び込んできた。


「ゼリク……!!」


 クリスはゼリクの突き出した拳を剣で受けたが、その衝撃で橋にひびが入る。

 そして、ゼリクが橋へと降り立ったと同時にルバモシへの唯一の橋が支柱から崩れ始めた。


 重いゼリクが、先に崩れゆく橋の中へと巻き込まれる。

 足を掴んで道連れにせんと巨大な腕がクリスを捕らえ、鋭い爪が食い込んだ。


 次の瞬間、橋の中央部分が崩落を始めた。

 地響きとともに橋げたが砕け、連鎖するかのように他の部分も次々と崩れていく。

 無数の鋼材が大気を切り裂きながら海へと落ちてゆき、暗い水面に衝突するたびに、巨大な波しぶきが上がる。まるで天が嘆き、海がそれに応えるかのような光景だった。


 鉄骨が根元から断ち切られ、巨大なワイヤーが弾け飛びながら、空を横切る。橋全体が大きく揺れ、構造の限界が訪れたことを告げている。


「ぐっ…!」


 空中でクリスは必死に剣を逆手に持ち、ゼリクの腕に深く突き立てた。しかし、ゼリクは痛みなど意に介さないかのようにそのまま握りを強める。

 彼の瞳は狂気に満ち、もはや意思を失った獣そのものだった。


 吊り橋のワイヤーが最後の抵抗を試みるが、その力に抗えず、一本、また一本と悲鳴のような破裂音を立てながら切れていった。


 巨大な鋼鉄の降り注ぐ中、暗黒の海へと飲み込まれた二人。


 鋼鉄の雨が空を裂き、凄まじい轟音とともに降り注いだ。

 まるで世界そのものが砕け散るかのように、金属片が火花を散らしながら海面へと突き刺さる。

 衝撃波が空気を引き裂き、荒れ狂う波が二人を飲み込んだ。

 冷たい水が全身を包み込み、暗黒の深淵へと引きずり込まれていく。


 その中で、藻掻くクリス。


 アンブリエルを使って気を失ったゼリクの手をこじ開けると、その刃はゼリクの手に刺さったまま、彼の身体と共に静かに海へと沈んでいった。

 クリスは心の中でアンブリエルに感謝を捧げると、髪をゆらめかせながら必死に水面へと泳ぎ始めた。






「!!!」


 流星が散りばめられた夜空の下、冷え切った海面を突き破るようにクリスは顔を出した。

 空気が渇望する肺に流れ込むたび、胸の奥が軋むような感覚に襲われる。


 それでも、今はただ前へ進まねばならない。


 黒々とした海が際限なく広がり、彼を飲み込むようにうねっていた。

 視線を巡らせると、遠くルバモシの影がかすかに浮かび上がる。


「行かなきゃ、エマの所に、行かなきゃ」


――その思いだけが、身体を突き動かしていた。


 その瞬間、海全体を震わせる轟音が響き渡る。振り返ると、水面を揺らめかせながら、ルバモシの方角から眩しく白い閃光が立ち上っていた。

 細長い物体が夜空へと駆け昇り、翼の形がはっきりと見えてくる。

 中央部と最後部に四対ずつの翼――間違いなく、ノア起動装置のロケットだった。


 クリスは息を呑んだ。


「……間に合わなかったのか」


 彼の指先は無意識に水をかき分け、体は前へ前へと進もうとする。


 撃ちあがったロケットは見る見るうちに宇宙を目指して突き進み、すぐに見えなくなった。

と、思うと、地球の空を青い光が包み込む。

 白い光が、夜空に六角形と五角形の線を引き始めると、“常夜”だった空が動き始め、流星が見えなくなった。

 それと同時に西から日が昇り始める。


 神々しくもあり、人々に安心を与える、いつもの日の出。


 エマの説明では、これから長い時間をかけて元の自転軸に戻り、昼夜の周期も従来と同じ時間になるという。


「エマ…エマぁぁあああああ!!!」


――元の地球が戻ってきたのだ。


 その頃ステティアでは、キッドが街のスピーカーを通して戦いの終わりを告げていた。






 クリスは一人、ずぶ濡れの体でルバモシへと上陸していた。

 左腕の傷は治りが遅いものの、少しずつ回復している。


 陽だまりの中で、白い砂浜を歩くクリス。

 砂浜を抜けると林道からノア起動のための施設まで続いているらしく、僅かに開いたその道を進む。


 一言も喋らず、俯いて、ただ黙々と歩き続けた。

 木漏れ日の中を潜り、その先にあるであろう近未来的な建造物を目指して。


 暫く進むと、正面に巨大なロケット発射場が現れた。


 ロケットを打ち上げる場所は半地下になっており、露天掘り鉱山のように独特な地形が広がっている。

 ノアのロケットが打ちあがるまでは植物に覆われていたのだろう、地面には焼け焦げた植物がカラカラに干からびていた。


 そしてその隣に建てられた管制塔。

 窓は一つもなく、ロケット発射時の轟音と衝撃に耐えられるよう、分厚いコンクリートで覆われていた。


 横に付けられた扉をこじ開け、中へ入るクリス。


 クリスは薄暗い管制塔の中に足を踏み入れた。湿った空気が漂い、かすかに機械の焦げた匂いが残っている。

 荒れ果てた廊下を慎重に進みながら、かつてこの場所にいた技術者たちの存在を想像した。

 活気に満ちていたはずの部屋は今や静寂に包まれ、時折、水滴が床に落ちる微かな音が響くのみだった。


 クリスは壁の配線を慎重に辿りながら歩き、最深部にある重厚な扉の前に立った。

 カードキーが必要そうだったが、既にロック機構は破損していたようだ。

 彼は力を込めて扉を押し開け、薄明かりの中へと踏み込んだ。


 管制室の中央にある巨大な制御盤が光を放ち、赤い文字で発射完了という四文字を映し出している。


 しかしそれよりも、クリスの意識を奪ったのは管制塔内に響くゆったりとした音楽だった。

 よく見ると、管制塔の側に一つの音楽プレーヤーが落ちている。

 イヤホンは取り外され、それはかつてクリスが改造する前のように、中央に付けられたスピーカーから音が流れていた。


 流れていた曲はイマジンドラゴンズのバーズ。

 かつてクリスがエマに、良い曲だと薦めたものだった。

 恐らくループ再生になっており、クリスがここへと辿り着くまでずっと流れていたのだろう。


 クリスが屈み、音楽プレーヤーを手に持った瞬間、頬へと一筋の涙が零れ落ちた。


「また、守れなかった

 大切な人を、守れなかった。

 前世でも、この世でも、守れなかった。


 彼女はいつも自分のことを気にかけ、自分が苦しめば、一緒にその感情を共有してくれた。

 なのに、俺はまだ何も彼女にしてやれてない。


 何も!


 何も!!!!!!!!!」


 いつの間にかクリスの両目からとめどない涙が流れ落ち、彼のコートに暗い色のシミを作る。

 クリスの指は震え、手のひらに収めた音楽プレーヤーを強く握りしめた。

 涙が頬を伝い落ちるたびに、彼の心に刻まれた後悔の傷がより深く抉られていく。


「うわぁぁぁあああああああ!!!!」


 静寂に包まれた管制塔の奥、冷たいコンクリートの壁に囲まれながら、彼はしばらくその場に崩れ落ちた。


 かつて、彼女と笑いながら会話していた光景が、まるで幻のように脳裏に浮かび上がる。

 透き通るような声、風に舞う髪、無邪気な笑顔。


「エマぁあああああ!!!!」


 彼女の気配が、音楽とともにこの部屋にはまだ残っている。

 彼のために、この場所で待っていたかのように。

 それが、たまらなく悲しかった。


 クリスは静かに立ち上がる。涙を拭うこともせず、プレーヤーを胸に抱きしめる。

 彼は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

 そして、今までと同じように歩き出そうとしたが、その一歩が出ない。

 泣き止んだと思っていたのに、涙が再び流れ出す。


「辛いよ……立ち上がれないよ」


――その瞬間、遠くで微かに響く足音があった。


 彼は思わず振り向く。管制室の入り口に視線を向けるが、薄暗い空間には誰の姿もない。


 ネズミが一匹床を這い、クリスを嘲笑うようにして横切っただけだった。


「はぁ、まさかそんなわけ」


 ほとんど実現しないような微かな希望にもすがってしまう自分に哀れみを感じ、涙を拭きながら溜息をついた


 と、その時――背後にふわりと漂う香りがした。

 どこか懐かしく、心を深く揺さぶる匂い。


 再び振り向こうとしたその刹那、クリスの両目に手が添えられた。


「だーれだ」


 クリスは覚えていた。

 彼女の華奢で、冷たくて、優しい手の感触を。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ