第八十九話 二人目
ロランが一歩踏み出すと同時に、カシムの持つレールガンから閃光がほとばしる。
響き渡る轟音と共に放たれた弾丸は空気を切り裂き、周囲の温度すら歪ませながら青い直線を描いた。
ロランは一瞬にして避け、時計台の上へと飛び上がってその攻撃を躱す。
着弾と共に、爆風の様な衝撃波と、家屋の倒壊していく地震が周囲に広がった。
「弾は大量にある!猟師が狼を撃つように、すぐにロラン君、君を仕留めてやる」
ロランが後方を見ると、レールガンが通った場所に穴が開いていた。
“街”に穴が開いていたのだ。
瓦礫の間から立ち上る煙は夜空を曇らせ、炎の残滓が戦場を赤く染める。
破壊された家々の影が不気味に揺れ、そこに住まうはずだった人々の不在が痛々しく響いた。
抉れた地面からは、ひび割れた裂け目がそこかしこに広がる。
戦いが始まって暫く経っていたため住民は皆避難した後だったが、あまりにも惨い破壊にロランの顔が歪む。
「ガルルル」
ロランが唸り、カシムの方に向き直って彼を睨んだ。
「さぁ来い!バケモノめ!!!!」
カシムが二発目を繰り出し、空に向かって青い雷が走った。
ロランがそれを避け、カシムへと接近する。
すぐさま弾を装填するカシム。
地上に着地したロランは、その衝撃で跳ね上がった瓦礫を蹴り、カシムへと牽制しながらさらに距離を詰めた。
攻撃を避けながら、準備の整ったカシムが三発目の狙いを定め、ロランへとその凶刃を放った。
当然、距離が近くなればなるほど避けるまでの判断の時間は短くなる。
ロランとカシムの間は十数メートル。
レールガンの弾丸がロランの元まで到着するまで――約0.0065秒。
それを猶予と言うには、短すぎた。
レールガンが着弾し、弾けるように爆風が周囲を襲う。
カシムも爆風に白衣を靡かせ、左手で土煙を遮った。
黒い煙が空高く舞い上がり、着弾した地点から瓦礫が激しく飛び散る中、ロランの姿が見えなかった。カシムは煙の向こうに目を凝らし、不敵に笑う。
「勝ったァ!僕の計算に狂いはない!たった今僕が人差し指を動かしただけで、君の体は粉々になり、私の勝利が確定した!!!!」
流石に人狼でも、猶予0.0065秒の即死攻撃は躱せない――カシムはそう思っていた。
しかし、違った。
レールガンの銃口を下げた瞬間、彼は煙の中から猛獣が現れるのを目撃した。
自分の数メートル先から現れたオオカミの姿に、驚愕の表情を見せるカシム。
青い電流を纏い、太古の狼が振るっていたであろう鉤爪を引っ提げて自分へと襲い掛かるオオカミの姿に、只々口を開けるしかなかった。
「僕の、“ダイアウルフの獣人”の能力は、本能による戦闘能力の大幅強化。その行動に、判断はいらない。あるのは覚悟と、その瞬間に踏み出す一歩だけだ」
無傷で煙の中から飛び出してきたロランはカシムの胸へとその鉤爪を突き刺すと、そのまま後ろにあった建物に彼を叩きつけた。
叩きつけられたカシムの胸からオオカミの爪が離れ、ボロボロのになった体を壁に寄りかからせるカシム。
ロランが衰弱したカシムの前に立ち、彼に問うた。
「僕は冷徹だから、君を一生牢屋で生かすという選択もできるし、今ここで殺すという選択もある。どうする?カシム」
カシムが彼を見上げると、未だ青い電流を纏い、ひどく冷たい紺色の瞳をこちらに向けた人狼がそこにはいた。
「どうしようが構わない。僕の望みは常夜が遂行され、ゼリク様の統べる世界が実現すること。ここまで常夜が進んでいるからな、もうクリス君達は殺されたんじゃないか?」
「それは無い。はるか遠くに、クリスの存在を感じる」
それを聞いたカシムは悲しいとも、悔しいともつかない表情で顔をもたげた。
「……素晴らしい兄弟だな。しかし、僕もゼリク様の統べる世界の一員でありたい。その為に、生きて見せる!」
カシムがそう叫んだ瞬間、彼は左手で、隠し持っていたリボルバーを引き抜き、ロランに向けて発砲する。
放たれた銀の弾丸がロランの胸を貫いたが、ロランはピクリとも表情を動かさずに言った。
「無駄だよ。致命傷になる位置まで届かないと分かったから、避けなかった。多少痛いけど、これで分かるんじゃない?僕には絶対に勝てないと」
もはや、カシムの顔は苦笑いしか作れなかった。
「今まで僕が戦った中で強かったのは、カシム、お前でも、ロデリックでも、どこぞの暗殺者でもない。――僕だった。僕との闘いが、一番厳しかった」
そして、ロランがその拳を星降る天に突き上げ、カシムへと死刑宣告を告げる。
「その闘いを乗り越えた僕に、敵なんていない。だけど、その狡猾さとガッツは認めよう。――さぁ、時間だ。やっぱりは君は生かしておけないみたいだ。せいぜい地獄でその罪を償うんだな」
「ロラン、貴様ぁぁぁぁあああああああ!!!!」
ロランの最後の一撃がカシムの胴へと突き刺さった瞬間、強烈な衝撃が辺りを包んだ。雷鳴のような音が轟き、衝撃波が地面を抉る。
断末魔と共にカシムの胴体へと風穴があけられ、その長い長い人生に終止符が打たれた。
そして、ロランの長い復讐の旅も、ここで終わりを告げる。
ロランの頬を伝う一滴の涙。
「終わったよ。兄ちゃん」
後はクリスとエマに世界が託された。
彼らを信じるだけだった。




