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(β版)  作者: 自彊 やまず
第八章 最終決戦編
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第八十八話 限界を超えて

 クリスはゼリクの振り下ろした手刀を避けた後、右手にアンブリエル、左手にハンスの形見であるリボルバーを掴み、彼との距離を測った。


「まさに魔王だな」


 クリスがゼリクに言うと、彼は哀れなものを見るような眼でクリスを見た。


「魔王?私が?笑わせないでくれ。私はこれまで人族共が犯してきた過ちの連鎖を止め、平和な世界を作ろうとしているのだぞ?

 この世から人間という種族がいなくなれば、戦争なんて起こらないし、誰よりも地球以外の全生物が喜ぶだろう」


「吸血族だって同じだろ。浅ましい欲望があって、我儘で、醜い種族なのはどのニンゲンも一緒さ。

 それでも、その中に美しい心を持った人がいたり、他者に優しさを分け与えることのできる人たちがいたりするんだ」


 ゼリクはそのクリスの発言を聞き、少し笑って答えた。


「かつて私もそうだった。人間を信じていたことがあったよ。顔も思い出せないが、人間を愛したこともあった。

 だがね、人間は何年たっても愚かなままなのだ。面白いほどにね。

 美しい心を持つ者がいても、優しい心を持つ者がいても、世の中が平和になったことは一度もない。


――だから、今この地球にいる彼らは犠牲なのだよ。この常夜で憎き人間が吸血族化し、獣人種を滅亡させる。何かを得るためには、何かを犠牲に捧げるしかない。そうだろ?


 そうしたら、もう争いは起こらない。私が銀の生産を止めれば、吸血族は暴力を行使しても死ななかいからね。戦いが無益になる」


 クリスはゼリクに銃を向け、冷静に返す。


「無茶苦茶だな、アンタ。ルバモシを滅ぼした時も、ハンス爺ちゃんを殺した時も、全て正義の名のもとに行動していたのか?権力の為ではないのか?」


「そうだな、権力の為ではあるが、その権力は平和のために必要だったのだ。

 君ならわかるだろう?クリス君。君の性格は途轍もなく我がそれと似ている。

 その類い稀なる才能で世界を守れる男だ。

 その為に他者を巻き込み、屍を積み上げてきた。ほら、行動まで私と同じだ。

 君なら、理解できる。我が考えが、寸分も狂いなく、理解できるはずだァ!!!」


「いや、違う。

 俺はお前と違う。お前と違って人族も、吸血族も、獣人族も平等であるべきだと思っているし、俺は権力の頂点に座すのが目標じゃない。

 一方でお前は、この砂漠の中で権力を渇望し、その手で世界を統べることが目標。

 だが、奇しくもその動機は俺と同じ。……復讐だな」


 そこで会話が途切れると同時に、二人は深く息を吐く。

 そして彼らは同時に口を開き、正面を見据えて言った。


「「話が通じそうにないな」」


 その刹那、二人が互いに間合いを詰める。


 中央で、ゼリクの獣化した右腕に生えた鉤爪と、クリスのアンブリエルが衝突して火花を散らした。


 火花が散る中、クリスはゼリクの鉤爪を弾き返し、素早く後方に跳んだ。

 周囲に舞う砂埃と血の匂いが彼の意識をより研ぎ澄ませる。

 ゼリクの獣化した腕は、ボロボロになって裂けたアスファルトを、不快な音を立ててさらに削って追撃の一撃を放つ。

 その動きは予測不可能に見えたが、クリスは冷静に動きを読み切り、アンブリエルで受け流した。


 クリスの足元でアスファルトが微かに崩れ、彼は小さく息をつく。一瞬の静寂が訪れる。遠くで風が砂を巻き上げる音が耳に入り、二人の鋭い視線がぶつかる。


 そして、次の瞬間。


 クリスはアンブリエルを振り上げ、ゼリクの動きに合わせて銀弾を放つ。

 その軌道は完璧だった。

 しかし、ゼリクは鋭い跳躍でそれを回避し、夜空にその姿を消す。

 一瞬の中で、クリスの目はゼリクの気配を探し続ける。獣の如き本能が高鳴り、彼の全身が緊張で張り詰める。


“――俺がお前を止めなければ、これまでの犠牲が無駄になる。だから、この戦いは復讐なんかじゃない。弔いだ”


 覚悟を決めたクリスが吸血族の力を完全に解き放つと、かつてのブルートと同じく、銀の髪が金髪に交じり始める。

 全身の筋肉が脈打ち、犬歯が、喉が、異様なほどに血を欲する。

 しかし、その分感覚が鋭敏になり、ゼリクの拍動、更には瞳孔の収縮まで観察できるようになった。


 ゼリクはその姿を見て、一言呟く。


「あぁ、弟がいるようで懐かしいよ。もう顔も忘れてしまったがね」






 シトラスはマンナズとの近接格闘戦に苦戦していたが、遂に強力なアッパーがクリーンヒットしてしまった。

 一度シトラスが距離を取り、ズレた眼鏡を元に戻す。


 さらにマンナズが彼女を追撃しようとした時、その背後に一人の男が立っているのを見た。


「ここからは。僕に任せろ。君はリラの手当てに」


 その男は、リラの元から駆け付けたルピナだった。


「やっと出て来たか。待ちくたびれたよ、ルピナ」


 ルピナはシトラスの前に出て、彼女を庇うようにしてマンナズの前に立った。

 そして言う。


「始めるとしよう…互いに逃げ道はない。これがお前の最後になるかもしれないが、それもまた運命だ」


 ルピナが獣化し、その白と黒の混じった毛並みを常夜になびかせた。

 彼の人狼の顔は野性的でありながら、どこか神秘的な雰囲気を漂わせている。


 マンナズも先の戦闘で負った火傷が概ね回復し、本来のポテンシャルを発揮していた。


 ルピナが自身の爪でマンナズを切り裂くと、マンナズがそれを腕に生える鋼鉄の毛皮でガードする。

 マンナズがカウンターとして左ストレートを繰り出したが、ルピナはその動きを目で追い、ほんの0コンマ何秒の世界で判断をして守りの耐性に入る。

 マンナズの拳がルピナの爪に弾かれ、ルピナが再び爪を突き出すが、今度はマンナズがその技を躱し、一度距離を取った。


 ルピナはその獣人能力によってマンナズの攻撃が“見えて”いたが、マンナズはルピナの攻撃を、予想と勘によって受け流していた。


 才能と、努力。

 矛と、盾。


 相反する二人の魂が火花を散らしてぶつかり合う。


「ぶっ潰れろォ!」


 マンナズが咆哮と共に突進する。その鋼鉄の拳が振り下ろされる瞬間、空気が裂ける音が響いた。

 ルピナは、まるで時間が遅くなったかのようにその動きを見極めた。

 重く地面を蹴り上げ、背後に回り込む。


 一瞬の静寂。


 背後を取ったルピナは渾身の突きを繰り出す。

 彼の鉤爪は夜空を切り裂く勢いだ。

 しかし、それをマンナズは冷静に防いだ。鋼鉄の毛皮が閃き、攻撃を受け止める。

 激しい衝撃に、周囲の地面が振動した。


 緩やかな息遣いの中、二人は距離を取る。そして次の攻撃を伺う。

 一瞬一瞬が濃密でありながら、静かな緊張感が周囲に漂っていた。


 さらに振りかぶったマンナズの背にルピナが渾身の突きを出すが、これまたマンナズの防御によって防がれた。


「その程度かッ!!!」


 マンナズが足を掴み、ルピナの体を引き込んで腹部に連打を入れる。

 ルピナは吐血したが、その攻撃を身に喰らいながらもマンナズの顔面へと頭突きを命中させた。


「「!!!」」


 マンナズは血の出た鼻を、ルピナは肋骨の折れた腹部を。

 互いに負傷部位を抑え、睨み合った。


「もう小型爆弾は無いようだな」


 ルピナがそう言い、再びアイアンクローを構える。


 二人は元々体力も多く、獣化できる時間は長い方だったが、これまでの戦闘でそのタイムリミットのほとんどを消費していた。

 長期戦であれば、先に獣化が解けた方が勝負に負ける。


 彼らはそう考えた。


 三度拳を交わし合う両者。

 ルピナはその爪でマンナズの隙を突いたつもりだったが、それもマンナズの計算の内。


 わざと隙を見せていたマンナズの腕が高速でルピナの爪をかわし、逆にその手首をしっかりと捉えた。

 その鋭い爪は空を切り、つかまれた腕に力が入らなくなる。

 マンナズの策略は成功した。


 彼はそのまま体を回転させ、ルピナを投げ飛ばす。その動作は一瞬のうちに完了し、ルピナは地面に勢いよく倒れる。

 しかし、ルピナはそのまま終わる相手ではなかった。倒れた瞬間に後ろ脚で地面を蹴り上げることで反動を利用し、素早く起き上がる。


 疲労が蓄積していく二人。

 彼らの足取りもフラフラと頼りないものになり始めた。


「「オラァァァアアアアア!!!」」


 それからも、何度も攻撃と防御を繰り返した二人だったが、遂にその時が訪れた。


 マンナズの左腕が人間の腕に戻ったのだ。


「マズい」


 狼狽えるマンナズ。

 最強の装甲が無ければ、ルピナの攻撃は防げない。


「一瞬でも隙を見せれば、それが命取りになるぞマンナズ!」


 すぐさまルピナも左手を狙い、鉤爪を繰り出した。


 だが、マンナズの左手にその武器が届くことは無かった。

 彼の左手に届いたのはルピナの拳。人間の拳だったからだ。


 神の悪戯か、二人の獣化が同じタイミングで解けたのだ。


 それと同時に、一気に全身が人間の姿へと戻る二人。


 それが分かった瞬間、二人は一度退く――ことをしなかった。

 生身のまま中央に駆けて行き、互いの頬に拳を叩きつける。


 両者の頬に互いのパンチがめり込み、血が口から飛び出す。


「人間の姿に戻ったと思ったら、生温いパンチだなァ」


 マンナズが言い、ルピナがそれに答えた。


「君のよかマシだぜ?」


「テメェ!!」


 再び互いの顔を殴るマンナズとルピナ。


 ボロボロの体で、まともに防御も取れないまま何度も殴り合う二人。

 そこには技術も、才能も、努力も関係ない勝負があった。


 ただ一つ、根性のみで戦う二人の男。

 隕石が降り始めた空の下、燃え盛る炎の中素手で殴り合う二人の男。


「もう、くたばってもいいんだぜ?」


 歯の欠けたマンナズがそう問いかけたが、ルピナが真っ赤にはらした瞼をさすりながら返す。


「俺は、お前がくたばるまで、絶対にくたばれねぇ身体んなてんだ」




 そしてマンナズが最後の力を込めて拳を突き出し、避ける気力もないルピナの左頬にクリーンヒットをかました。


 しかし、倒れないルピナ。


 ルピナが頬に拳をめり込ませたまま、残った力全てを込めてカウンターパンチを繰り出す。

それはマンナズの顔面左に当り、彼の歯が折れる感覚がルピナの手を伝った。


 しかし、倒れないマンナズ。


 二人は悟った。

 次、動いた奴がそのまま気絶すると。


 完全に力尽きた二人は、執念だけで立っていたから。


 先に倒れるのはルピナとマンナズ、どちらか。






――先に倒れたのは、ルピナだった。


 ルピナが地面に沈んだと同時に、マンナズも地面に崩れ始める。


 勝者の表情は爽やかで、敗者の表情も穏やかだった。


 その瞬間、彼らの関係はライバルや怨敵といった関係を超えた。

 奇妙な“盟友”となったのだった。


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