第八十五話 変わらない仲間達➁
「あれは、何だ」
ロータスが空を見上げてそう呟き、ライが彼の目線の先を追った。
それを見たライは、目を大きく見開いたまま言う。
「――これが常夜なのか!!!」
アダムら反乱軍本隊はクロノス教、革命軍の残りと合流し、その援軍によってステティア東部にて何とかゼリク軍の撃破を終えたところだった。
長い戦いが終わり、安堵する兵士達。
しかし、無慈悲な殺戮を退けた彼らが目にしたものは、さらに恐ろしいものだった。
それは空だった。
昼と言うのに暗く、夜空と言うのに光り輝く空。
常夜の夜空の中で緑や青、黄色のオーロラが波打ち、地球を覆う姿は、「幻想的」や「幽玄」という光景とは違った。
空全体が揺らぐその様は、人間が想像できる範囲内を超えた現象。
人知の超えた規模、天文学的スケールの大きさで躍動する空は、ちっぽけで、浅ましき人類達へと圧倒的な恐怖を与えた。
人々は己の存在を不安定に揺るがされ、いかに自らが卑小であるかを知った後、地に膝を付いて絶望する。
自分がこのまま宇宙の塵になって飲み込まれていくような恐怖。
これが常夜本番の、始まりだった。
荒廃したステティア中央部にて、ホッキョクオオカミの獣人であるマンナズがルピナと相対していた。
「久しぶりだな、マンナズ」
「あぁ。久しぶりルピナ。君に会うのが楽しみだったよ。すごくねぇ」
マンナズはそう言うと、黒のタキシードに包まれ、白く透き通った毛並みを震わせてルピナへと拳を突き出した。
ルピナはその拳を躱し、すぐさまカウンターを繰り出す。
しかし、ルピナが振り下ろしたアイアンクローでの一撃はマンナズの毛皮に弾かれ、金属音と共に銀製の鉤爪が砕けた。
「な!」
驚くルピナを見て、不敵にニヤリと笑うマンナズ。
「簡単に手に入れた能力じゃない。お前を倒すためだけに、血の滲む努力をした結果だ」
マンナズは狼狽えるルピナの左腹部へと拳を叩き込む。そしてルピナはそれを躱した――つもりだった。
が、彼の攻撃はルピナの腹部を破壊することになる。
マンナズの拳の中にあったものはアーティファクト。
それもラオ列車爆破地面で用いられたのと同じ、超小型爆弾爆弾だった。
カチッ。
その小さな音が鳴った瞬間、マンナズの拳から青白い閃光が迸り、爆発が生じた。
爆煙が二人を包み込み、瓦礫が吹き飛ぶ轟音がステティア中央部を揺るがす。
ルピナは驚異的な反応速度で後方へ飛び退き、爆発の直撃を逃れるものの、衝撃波が彼を弾き飛ばし、荒れ果てた地面に倒れ込んだ。
「なんて奴だ……!」
ルピナは腹部を抑え、荒い息を吐きながら立ち上がり、その鋭い目でマンナズを睨みつける。
マンナズは毛皮の硬質化によってある程度爆発の衝撃を逃れているものの、その右手には血も滴るような痛々しい傷を残していた。
「犠牲も厭わない。だが、それが全てだと思うなら君はまだ甘い」
マンナズは冷静さを失うことなく、彼特有の余裕を漂わせながらルピナを挑発した。
その瞬間、彼の白い毛皮がさらなる硬質化を見せ、鎧のような輝きを放つ。
マンナズの毛皮が硬質化し、まるで白銀の甲冑が彼の全身を覆ったように輝き始めた。その光景を目の当たりにしたルピナは、一瞬の躊躇を見せるものの、彼の内なる覚悟がその恐怖をかき消した。
「敵としてあっぱれな覚悟を持っているな、マンナズ。だが、僕は逃げるためにここに来たんじゃない!」
ルピナは唇を結び直し、瓦礫の間をすばやく駆け抜け、戦場を利用してマンナズとの距離を詰める。
そして、彼の目が鋭く光り、アイアンクローの破片を拾い上げ、新しい攻撃に転化しようとする。
マンナズは、ルピナの動きに気付き、冷静に彼を追い詰めるための計画を立てる。
左拳にまだ小型爆弾の余力を残し、次の一撃を準備しながら高笑いを響かせた。
「君の半獣半鬼の能力は素晴らしい。それは認めるよ。だが、これは勝利の女神がどちらに微笑むかなんて話じゃない。この試合は僕と言う神の支配下で行われている試合なんだ。だから、君に勝利する隙は無い。全ては僕の努力と準備。執念の下にひれ伏すがいい。マンナズがルピナに勝つという執念の下にね」
その瞬間、ルピナは彼の俊敏さを最大限に活かし、マンナズの攻撃範囲から飛び退いた。
そしてアイアンクローの破片を掲げ、それを一瞬のうちに投げつける。
鉄片はマンナズの硬質化した毛皮を貫くことはできなかったが、攻撃の勢いを減少させる役割を果たした。
そのまま肉薄するルピナ。
マンナズの左拳がルピナの頭部に向けて振り抜かれる。
ルピナはその手の中に爆弾があることを分かっていたが、あえてその手首を掴んだ。
そして再び鳴る、爆弾起動の音。
「喰らえ」
カチッ
ドカァァァァアアアアン!!!!!!
爆発と同時に高温の炎が噴き出し、ルピナの右半身がもろに爆弾の威力を受けて傷だらけになる。
しかし、彼はマンナズの手を離さなかった。
狼狽えるマンナズ。
ルピナの右頬には爆弾の破片が掠った傷が付き、右手に至っては火傷と裂傷で血みどろになっていた。
大ダメージを受けた見た目とは裏腹に、恐ろしく強く握られたマンナズの左手首。
「犠牲をいとわないのはこちらも同じだ。こっちはロランの為に、世界の為に戦ってんだからな」
ルピナはそう言うと口から血の塊を吐き出し、両手の負傷したマンナズを睨んだ。
その瞬間、マンナズはルピナの考えていることがすぐに分かった。
打撃が聞かないのであれば、取る選択肢は一択。
――“締め技”である。
すぐさまマンナズが手を振り解こうとしたが、時すでに遅かった。
ルピナは怪力でマンナズの腕を捻り上げ、そのまま彼の体勢を崩すと同時に地面へと叩きつけた。
瓦礫が舞い上がり、衝撃音が戦場に響き渡る。
マンナズは硬質化した毛皮によって致命傷を免れるものの、その衝撃は彼の動きを鈍らせるには十分だった。
「これで終わりじゃないぞ、マンナズ!」
ルピナは息を荒げながら叫び、彼の体を押さえつけるようにさらに力を込める。
彼の怪力はマンナズの硬質化した毛皮をも凌駕し、彼の動きを完全に封じ込めた。
マンナズは苦悶の表情を浮かべながらも、すぐさま次の一手を考える。
しかし、ルピナの手はピクリとも動かなかった。
「クソ野郎、離し…やがれ!!!」
万事休すと思われたその瞬間、ルピナの目の前で一振りの剣が空を切り裂く。
さらにルピナの背後から槍が突き出され、思わず拘束していたマンナズの腕を離してしまった。
ルピナがマンナズから距離を取ると、彼の側にはザザとアオイが佇んでいた。
遅れてルピナの隣に駆け付けるリラとシトラス。
リラが息を切らしながらルピナに言う。
「すまぬ。タイマンで戦っていたのだが、奴が急にマンナズの加勢に来たもので。とどめを刺すチャンスを逃してしまったな」
シトラスもそれに続けて言った。
「私もです。思ったより彼らの結束力は強いみたいですね」
ルピナはそれに対し、思い切り自分の頬を叩いて答えた。
「そうだな。だが、こちらも負けていないだろう?僕らに残された道は二つ。勝つか、――相打ちかだけだ」
ザザとアオイに囲まれたマンナズが起き上がり、ルピナを強く睨んで言う。
「負けないぞ。僕らが勝つまであきらめないぞ!!!」
その刹那、マンナズがルピナに飛び掛かり彼の腹へと拳を繰り出したが、それを受けたのはシトラス。
硬質化した毛皮で繰り出される、マンナズの強力な打撃に対して、威力は弱くも的確に関節や急所を狙うシトラスの打撃。
二人の連打がその間で弾け、さらにアオイが槍を繰り出し、ザザが右手と一体化した剣を振り抜く。
そしてその槍と剣を受けるのがルピナだった。
鋭く伸びた鉤爪で彼らの得物をいなし、むしろカウンターや隙を突いた攻撃で彼らにダメージを与えていく。
「素晴らしい身のこなしと、ものすごいポテンシャルだ。どうだ、吸血族軍に入らぬか!」
アオイがルピナにそう叫ぶと、ルピナは嫌悪感を示して答える。
「僕は今まで獣人として扱われてきたもので。憎たらしい奴らの仲間入りするのは、反吐が出るくらい嫌だね!」
「俺達の様に“醜い”扱いを受けてきた君なら分かると思ったんだがねぇ。ケヒヒ」
ザザはそう言うと右腕をルピナの太ももに突き出し、アオイと息を合わせることでルピナの足に剣を刺すことに成功した。
「痛ァ!!!」
大腿部に剣が貫かれ、悶絶するルピナ。
そしてアオイが槍を振り上げ、ルピナの頭にその刃を落とそうとした時、ザザの首から鮮血が噴き出した。
驚くアオイ。
彼の首を裂いたのはリラだった。
「確かに生まれた境遇は似ているかもしれない。だが、そこから弱者を叩く立場になったキサマらと、守る立場になった我々を一緒にするでない。――ザザ、拙者はアラスカオオカミの獣人。最も得意なことは隠密であると言ったはずだ」
リラがそう言い終えると同時にザザが正面から地面に倒れ、地面に血だまりを作った。
「ザ、ザザァ!!……この、卑怯な奴め、我が正面から相手してくれん!!!!」
アオイが激高し、リラに襲い掛かった。




