第八話 教団への招待➁
ひどく冷たく、圧迫するような薄暗い部屋で、クリスへの尋問は続いていた。
「まあ、赤毛の彼と違うことを言えばすぐに嘘だってわかるからねぇ」
クリスの脳内に様々な状況が浮かぶ。
ロランはひどい拷問をされたのか?それともただ質問されただけなのか。まさか、死んでいるなんてことはないか?
自分が嘘を言えばロランも危ないのか?
「卑怯なことしやがって」
クリスは女の方を睨みつけながら言った。女は勝ち誇ったように笑っている。
今クリスにできるのは真実を話すことだけであった。ビサに蔓延る暗殺組織に所属していること、今回が初任務であること、そして赤髪の青年とは幼馴染であることを。
「ふむふむ、ここまでは一緒だな。あと、もう一つ聞きたいんだが君はなぜこの暗殺組織に入った?」
メモを取りながら聞いていた女が首をかしげながらクリスに問うた。
「金が欲しいからだよ」
もしこの組織がゼリク直属ならと考えると、“ゼリクを殺すため”など口が裂けても言えない。そう考えたクリスは、咄嗟に適当な嘘をついた。
しかし、すぐに女の厳しい目つきと返事が返ってくる。
「それは嘘だね」
「何だって?こんなの俺にしか分からねぇだろ」
ふざけた雰囲気で返事をするが、クリスは内心焦っていた。
「君のパートナーは随分お人好しと見える」
女はまたクリスの周りを歩き始め、ニヤリと口角を上げて尋問官は続けた。
「彼の尋問は獣人族のやつが行ったんだがね、彼は尋問管に懇々とゼリクの恐ろしさと差別の非人道性を説いて、彼を仲間にしようとしてたんだよ。笑えるだろう?その時になぜ暗殺組織に入ったのかを聞いたよ」
クリスは頭を抱えた。まさかロランがそこまで呑気だったとは…。
「しかも彼はかつていた孤児院の名前から、何がきっかけだったのかまですべて話してくれたよ。どう?彼の話は本当で君もゼリクを倒すために暗殺業を始めたんだね?」
「そうだ。もう嘘をつくのを諦めたよ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
クリスはヤケになってその場に座り込んでしまった。
さらに女がクリスに目線を合わせて言う。
「まぁ、私たちはこれを知ってしまったからね、彼はもう…。」
クリスの顔が一気に青ざめ、目の前の尋問管への怒りが湧きおk、
「私たちの仲間になったわ。そして君も今日から私たちの仲間よ」
「はい?」
クリスは唖然とした。何を言っているんだこいつは?と思った。首筋を伝っていた冷や汗が一気に引っ込む。
「実は私たちはクロノス教の戦士たちで、今の吸血鬼中心の社会構造を壊すために活動しているのよ」
喜々とした表情で尋問管が説明した。
「私の名前はルーシー、革命部の参謀件副隊長。よろしくね」
ルーシーが手を出して握手を求めるが、クリスはそれを跳ね除けて自分で立ち上がった。
「まずロランに会わせろ。無事を確認してからじゃないとお前と話はしない」
ルーシーは仕方ないと言って、近くの兵士に病室まで案内するよう命じた。
そのままクリスは兵士たちと共に牢屋を出た。どうやらこの施設は地下にあり教団の支部にあたるらしい。クリス達は同じ施設にある病室まで歩いた。
「クリス!よかった!怪我はしていないんだね。僕はハキに怪我させられちゃって」
まるでもうすべてが丸く収まって解決したかのように微笑むロランがベットの上で寝ていた。クリスは嬉しくもあり腹立たしくもありで、やれやれといった表情をする。
「教団の方達に話は聞いた?」
ロランが包帯でぐるぐる巻きにされた腕をルーシー達に向けて話す。
「聞いたよ。お前これに入るって正気か?なんかやばい宗教だったらどうすんだよ。吸血鬼全員殺しますみたいな」
「私達は誠実な精神と、」
「ちょっとお前黙ってろ」
割り込もうとしたルーシーを制止するクリス。ルーシーが頬を膨らます。
ロランはクリスの目を見つめ、真剣に語り出した。
「ここの設備や教徒さん達の人柄が良いのはもちろん、吸血鬼に関する情報は暗殺組織内部でもほとんど得られなかったんだよ?これは入り得じゃないか?」
しばらく考えた後、結局クリスは教団へ入ることにした。
「改めてようこそ、クリス君、ロラン君。まず最初に、教団についてと、君たちの扱いについて説明しておくよ」
二日後、ロランの怪我が大方治ってクリス、ロランは応接間に招かれた。
応接間は地下と思えない程明るく、天井から下げられたメカメカしいランプが、大きなテーブルと重厚なソファを照らしていた。
ルーシーが話を続ける。
「私達はステティアでの獣人族と人族の地位向上、及び吸血鬼至上主義的権力の破壊を目標に動いている。
教祖はリリィ・カムチャツカ。そして私たちは軍部、広報部、救済部に分かれているわ。
軍部は私たちのような実動隊。要人の護衛、悪人の暗殺が主な任務よ。今回もジョンベネックという奴隷商を消すために動いたんだ。君たちの方が早かったけどね。
広報部は布教や広報。
救済部は教祖の教えを説いたり、実際に物質的な支援をしたりしているわ。主にこの地下施設で働いている」
懸命に話すルーシーに対して、クリスとロランはあまり教団の内情には興味が無いようだった。
「そして君たちについてだ。暗殺組織から姿を消した君たちは前の家に帰ることができないだろう。だからここで生活してもらう。食事や寝床など十分に生活できる環境はある。贅沢は言うなよ?そして、君たちはキリと一緒に活動してほしい。どうかな?」
「まさか、ベネックの屋敷に来たあいつ?」
クリスが露骨に嫌な顔をする一方、ロランは乗り気だった。
「むしろキリさんとなら安心だよ!クリス、彼は僕を助けてくれたんだよ」
「しゃーがない、ならそれでいいよ」
話がひと段落付いたところで、クリスがルーシーに一つ質問をしていいかと聞いた。
ルーシーはそれを許可し、何でもかかってこいと言わんばかりのドヤ顔を見せる。
「ゼリクって、何者なんですか?」
それを聞いたルーシーは一瞬顔を強張らせるが、すぐにクリスへ答えを返した。
「彼は全ての元凶ともいえる奴だ。彼は今現在、この世界で一番長生きで、今回大統領になった男。まぁ、詳しくはまだ私達も良く分かっていないのだが、知っている範囲についてはまたあとで教えるよ」
クリスはそのあまりはっきりとしない返答に不満そうだったが、ゼリクが大統領であると知らなかったロランにとっては、その情報は大きな衝撃だった。
「まぁ、今日はここまでにしよう!明日はキリ達に会ってもらいたいと思っているしね。そして最後に、うちは武器や防具を一から作っているから、何か作ってほしいものがあったらあそこで言ってくれ」
ルーシーは不穏になったその場の空気を霧払うように言った。
実際、クリス達が応接室の外を出て、クロノス教地下軍部を散策すると、工房では獣人族や人族たちが和気あいあいと作業していた。