第八十三話 必然的偶然➃
ザザは右腕を剣に変え、その先をリラに向けて言った。
「待ち望んでいた!忘れるわけが無いだろう?貴様のことを思い出す度、この傷が痛んで仕方なかったからなァ!――ここに居る奴らは全員同じ。前回つかなかった決着を、自らの手によって終えに来たのだ」
闇の中で獰猛に唸るマンナズも、愛用の槍を構えたアオイもその瞳を鋭くして敵を見据えている。
誰が最初に動くのか。
緊張の瞬間が互いの間に走った。
しかしその瞬間、復讐者たちの背後から、ロラン達三人の目を疑うような光景が広がった。
彼らの頭上に姿を現したのは、まるで空想から飛び出したかのような、壮大な飛行船だった。
その船体は黄金に輝き、無数の歯車が複雑に絡み合って音を立てながら回転している。
巨大な煙突からは白い蒸気が勢いよく放出され、夜空に漂う雲と共に鯨の様なシルエットを描いていた。
さらに、側面には巨大なプロペラが搭載され、優雅ながらも確かな力強さを感じさせる。
幾重にも張り巡らされたチューブやパイプからは、蒸気と光が漏れ、船全体がまるで生き物のように脈打っていた。
そしてその巨体は、星々が輝くステティアの夜空を悠然と覆い尽くし、見る者に圧倒的な存在感と畏怖をもたらしていた。
「あれはカシム様の飛行船だ。例え君達が僕らを足止めしようと、必ずあのアーティファクトで先に地球防衛装置の下へ辿り着く。古代語を読めなかった僕らにとって、エマとクリスの行きつく先が地球防衛装置の場所を知る唯一の方法。つまり、奴らのバイクがノアへの道標になっているからな」
マンナズがそう話すと、彼の腕をオオカミの腕に獣化させて、動揺するロランへと距離を詰めた。
飛行船に目を奪われていたロランは対応が遅れ、腹部への強烈な一撃を覚悟したが、想定とは裏腹にマンナズの拳はロランへと届くことは無かった。
何故なら、マンナズの拳は突如現れた一人の男によって阻まれ、その威力を完全に消されていたからだった。
突然現れた全身黒ずくめ、狩人帽の男は余裕綽々でマンナズに言い放つ。
「リベンジだぁ?ならロランじゃなくて、僕が相手だろ?マンナズ君」
ロランとマンナズの間に現れたのはルピナだった。
急に現れた、ここにはいないはずの強力な助っ人の登場に驚くロラン達三人。
マンナズも一度退いて距離を取り、仇敵の登場に顔を歪ませた。
「ロランが助けてほしそうだったから来たよ。恩返しの為に」
ルピナはそう言うと、腕にアイアンクローを付け、その上拳を獣化させて戦闘態勢に入った。
「で、でも何でここが分かった!?お主はユマにいるはずじゃ」
リラがそう聞くと、ルピナは敵を見据えたまま言った。
「虫の知らせと、僕の勘で来た。でも勘違いするな。僕だけが偶然ここに来たんじゃなくて、色んな仲間が人類を救おうとステティアに集まってる。それはクリス、ロランが多くの人々に影響を与え、大きな希望のうねりを作り上げたからだ。たまたまでもなんでもなくて、それがクリスとロランの能力。一言で表すなら、“必然的偶然”かな」
それを聞いたアオイは槍をルピナに向け、忌々しそうに吐き捨てた。
「哀れなこと。人の力も、所詮この自然の前には蟻に等しい。貴様らには常夜を乗り越えることはできまい。おごるな浅ましき賊徒よ!!!我らが貴様らの素の腐った考えを、叩き直してくれよう!!!」
アオイが一瞬でルピナに近づき、槍を振り下ろした。
ルピナがアイアンクローでそれを防ぐと、火花が散り、ギリギリと金属のこすれる音が周囲に響く。
力が拮抗し、互いの得物が削れ合う最中、ルピナはロランに向かって言った。
「ロラン、君はあの飛行船を止めるんだ。そんなことができるのは君しかいない。君の未知数な獣化力を今使わないでいつ使うつもりだ?そうだろう?」
それに加え、ダガーを構えたリラもロランの方を向き、静かに語り掛けた。
「行くのだ。それぞれの役割を為そうぞ」
シトラスもやれやれという用に身振りをしてからロランに言う。
「ホントは私が世界を救いたいところだけど。クリスの相棒君、頼りにしてます」
それを聞いたロランは拳を握りしめ、後ろ髪を引かれながら飛行船の方向へと走っていった。
「ケヒ、無駄なことを!一人で飛行船に立ち向かうだァ?アホだろ!バカはいつまでたってもバカなんだな!まぁいい。お前らは俺らが遊んでやるよ」
ザザはそう言うとリラへと刃を向け、その重い一撃を彼女のダガーへとぶつけた。
リラもそれに応戦し、ニヤリと笑って答える。
「あぁ。我等はバカで、愚直で、諦めが悪いもんでね!」
ハピの参加により優位に立ったかと思われたキリ達だったが、やはりカーミラの驚異的な力の前に攻めあぐねていた。
「ハハハ!!!心配して損したわ!貴女、近接戦闘は私より強いと認めてあげる。でも、中遠距離の戦闘はまるで素人ね。これじゃ私に近づけないわ!!!」
カーミラはそう言い放つと腕から黒い筋線を伸ばし、触手のように自在に操ってハピとキリを同時に強襲した。
筋繊維は鞭のようにしなり、その先端は音速を超える。
その強烈な攻撃を受けて無傷であるなど不可能であったが、それでもハピとキリは防御に徹する。
鞭と接触した腕から血が噴き出し、裂傷が見る見るうちに増えていく。
「マズいっぴ」
ハピはそう言ったが、彼女が案じているのは彼女自身ではなかった。
ボロボロになったキリに限界が近づいていたのだ。
キリもそれに気づき、足手まといであることを自覚した。
しかし、ハピは彼のことを邪魔であるとは思っていなかった。
近接戦闘が得意なハピだが、決定打に欠ける攻撃の選択肢しか持ち合わせていない。
つまり、カーミラへの最後の一撃を決めるのはキリしかいないと分かっていたからだった。
「クロノスの青年、相手の鞭をこちらで引き付けるから、隙を見てやるっぴ。とっておきの手、タイミングは任せるっぴ」
ハピはそう言うと、カーミラの猛攻の中へと飛び込んだ。
「向かってくるのね、獣人娘。良い!昂るわ!さぁ来なさい。この私、暗黒女王カーミラが迎え撃ってあげるわ!」
カーミラはターゲットをハピのみに絞り、その黒い拳を彼女へと突き出した。
彼女らの中央でハピの突き出した拳とカーミラの拳がぶつかり、閃光と共に爆発音が響き渡る。
ドガァァァァァアア!!!
その爆風はルピナが体勢を崩すほどだった。
更に拳を突き出すハピ。
一度目の衝突で手の甲は既にボロボロとなっていたが、それでも緩めない攻撃。
けれども、カーミラの拳がハピの拳を裂き、段々と腹に、腕に打撃が加わる。
元々小柄でリーチの短いハピだったが、筋肉を自在に伸ばすカーミラの前ではますます相性が悪い。
でも、それでも諦めないのがハピだった。
彼女自身、この内戦があることは革命軍に入ったラオの市民達から聞いていたが、まさかカーミラレベルの人物と戦うとは、彼女も思っていなかった。
――キリが考えるに、ハピは途轍もなく強い。
彼女の強さは技術的なものや、物理的、肉体的なものではない。
彼女の心の芯が強いのだ。
敵がそこにいるから。守る者がそこにいるから。
たったそれだけの理由ですら、彼女が戦うには十分な理由だった。
さらに、例え味方が一見弱っていようとも信じ、頼りにするおおらかさ。
最強にして、最も優しい戦士。
それが彼女だった。
その彼女の期待に応えるべく、キリは一度深呼吸をして、残された左腕に全ての力を込めた。
ハイイロオオカミの力が腕に集約されていき、メキメキと鋭い爪が伸びていく。
禍々しくも見えるその姿は、正真正銘キリが最後の力全てを託した証だった。
そしてキリは足に力を入れ、来るその時を狙うべく、左腕を構えた。
「ほらほらほら!どうしたの?ポンポンがお留守になってるわァ!」
カーミラの放った拳、それもナイフのように鋭い拳が脇腹を抉り、ここに来て致命傷を負ったハピ。
「カハッ!!!」
彼女は吐血し、それでももう一度体制を整えようとしたが、カーミラは勝ちを確信していた。
「ホホホホ。それじゃもう無理よ。貴方の戦闘スタイルに対して、完璧に、柔軟に対応できた私の勝ちだわ。久々に脳筋プレイ以外で戦ったわね」
カーミラはその蠢く筋繊維を腕の付け根から何本も伸ばすと、その触手で弱ったハピの頭を掴み、そのまま彼女を持ち上げた。
下賤な笑みを浮かべるカーミラ。
鋼鉄の様な筋肉で頭を掴まれ、痛みに悶えるハピだったが、カーミラの予想とは違い、彼女の口角は上がり、その目は輝いていた。
その表情に気づき、動揺するカーミラ。
「どこからそんな余裕が!憎い小娘め、貴様の頭を捻り潰してやるわ。今すぐに!!!」
カーミラがそう言って触手に力を籠めようとした時、ハピは逆にその触手を両手で掴んだ。
そして口から血を出しながら言う。
「カハッ…お前の黒筋肉は量に限界があるっぴ。ぜ、全身を覆ったり、筋肉を増殖させたりできるのであれば、ハピが近づいたときにそうしていたっぴ」
「は?で、何?だから何なのよ?貴様と私の戦いは私が勝った!これは紛れもない事実だろうがよォ!あぁ?」
「違うっぴ」
カーミラはその時、近接戦闘になってから、ハピ以外の部分に初めて意識を向けた。
自分からほど近い場所に、獰猛な獣の気配がする。
そこには、自分から数メートル離れた地面で力を蓄えている男がいた。
ありったけの力を籠め、その才能全てを捧げることで得られるであろう破壊的な攻撃を今撃たんとしている男がいる。
「これはハピとあの子の、二人の勝利っぴ。触手をハピが掴んでいる今、お前の胴体はがら空き。防御できないんだから、後はかますだけっぴ」
ハピがそう告げたその刹那、キリは全身に込めた力を解放した。
矢が弓から放たれるが如く、または銃弾が火薬によって弾き出されるが如く、彼の攻撃がカーミラへと放たれた。
キリの蹴り上げた地面は抉れ、クレーターとなって周囲に爆音を轟かせる。
そしてカーミラがたった一度瞬きをしたその僅かな時間、それだけの時間でキリはカーミラへの目の前へと接近していた。
カーミラはスローモーションになり、全ての時が遅れていく感覚の中で一言、こう思った。
「やられた」
後に残ったのは、血濡れた、巨大なクレーターの中央で左腕が粉々になったキリと、その隣で出血した腹部を抑え、どっしりと座るハピだけだった。
「――まだ君の名前聞いてなかったっぴね」
ハピは全身ボロボロになったキリに、ふと聞いた。
キリはニコリと笑って答える。
「キリって言います。師匠!僕、これから貴方に付いていきます!それか、僕のお母さんになってもらってもいいですか!」
するとハピは眉を顰め、本気でキリを睨んで言った。
「キモいっぴ。いい年してそんなキモいこと言うなっぴ」




