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(β版)  作者: 自彊 やまず
第八章 最終決戦編
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第七十七話 最終章開幕➀

「ガルシア兵新人憲兵ゾシネ君の言う通り、犯人は食料庫から豚肉を盗んだ。そこまでは合うてるんやけど―」


 オスカルが目前に集う、自身の兵達に向かって言った。


 日も傾き始めた頃、彼はユマ正規軍ガルシア管轄兵内で起きた兵糧盗難事件の種明かしをしていた。


「犯人は豚肉を食べる為に肉を盗んだんやない。その理由は単純明快。盗みがある前からユマ軍は食料に困っていなかったからや。ビサに近づき、戦前の英気を養うために大量の料理がふるまわれていた今日この頃、これ以上肉を食べようと思う奴はおらへんはず」


 それを聞いた兵士たちは互いに顔を見合わせ、困惑した様子を見せていた。

 オスカルは腰に帯びていた日本刀をゆっくりと抜き、その刃を眺めながら続ける。


「じゃぁ、何故豚肉を盗んだのか。――そう、犯人は、どれだけ飯を食っても“飢え”が抑えられなかったという事。…これで分かったんとちゃうかな?諸君。犯人は吸血族っちゅうことがね」


 それまでオスカルの推理に聞き入っていた兵士達が騒めき出し、事件の真相へと辿り着き始めた。


「血や!」


「そういう事うか、だから犯人はジャガイモや干し肉じゃなく、昨日調達された新鮮な豚肉を盗んだ」


「でも、吸血族なんか、俺らの中におらへんで」


 声が大きくなり始めた兵達を制しながらオスカルが言う。


「いいや。一人だけ、俺達の故郷以外からここに来た奴がおるはずや。そうだろ?ゾシネ君」


 不意にオスカルから剣を向けられたゾシネは狼狽える。


「待ってください!私は確かにビサの隣であるルーモンから来ましたが、それだけが理由ですか?僕の犬歯は元々尖り気味なだけで、目も赤くない。それに、僕が犯人なら貴方に通報なんてしないはずでしょう?言いがかりです!」


 ゾシネからの鋭い指摘だったが、オスカルはその反論も待っていましたと言わんばかりに推理を続けた。


「恐らく、元々君は目の色が茶色に近い方なんやろ。そないなもん人それぞれやし、もっと瞳の色が薄い吸血族だって見たことがある。…恐らくゾシネ君は、豚肉から血を吸った後、血液だけが抜かれた豚肉があれば、軍中に吸血族がおる事がばれてしまうと考えた。せやから、豚肉を土に埋め、肉が盗まれたとだけ報告して、人族の所為にしようとした。通報したものが犯人なんて考えへん、肉が無うなったから犯人は人族。そう思わせるためにね」


 ゾシネが顔を引きつらせ、周囲の兵が彼を睨み始める。


「で、皆さんお待ちかねの証拠はこれや。――婆や!」


 オスカルがそう叫ぶと、一人の貫禄ある老女が兵たちの間から出てきた。


 その女性は60代後半くらいだろうか。

 髪は白髪で顔も皴にまみれていたが、戦場でも衣服を綺麗に整え、背筋をピンと伸ばした貴婦人の姿がそこにはあった。


「オスカル坊っちゃま。言われた通りお持ちしました」


 彼女が腕に抱えていたのは、血まみれになった男物の軍服と泥に汚れた靴。

 それをオスカルは受け取り、ゾシネに向かって投げた。


「最初からおかしいと思っててん。ジブンだけ軍服綺麗やろ?別に最近雨が降ったり、オアシスを通ったりしたわけやないのに、変に綺麗なゾシネ君の軍服が怪しいと思っとったんや。…そう、これが豚肉を盗んだ時に着とった服と、肉を隠した時にはいていた靴。憲兵のテントにある君の荷物置き場から見つけた、証拠や!」


 ゾシネはオスカルの推理が言い終わるか終わらないかの瞬間に逃げ出そうとしたが、オスカルが右手に持っていた日本刀を投げ、彼の太ももを貫いた。


「ガァっ!」


 ゾシネが呻き、足を貫通して地面に刺さった日本刀を抜こうとするが外れない。

 その彼にゆっくりとオスカルが近づき、耳元で囁いた。


「君には、僕の作戦の歯車になってもらう。ユマ―ゼリク同盟、ビサ革命軍挟撃作戦の伝令兵にね」






 それから数日経った現在、負傷したアダム率いる革命軍本隊は、クリスの雄姿を見て加入した新たなる義勇兵と共にステティアへと戻ろうとしていた。


 最終的に警察庁制圧、追加軍隊の撃退に成功した革命軍だったが、その敵味方とも負傷者は数えきれないものであり、満身創痍な兵達を連れた撤退には常に気を抜けなかった。


 その道中でクリスの元に手紙が届き、それをシトラス、アダムと共に見ることとなる。


「いったん休憩だ!各隊停止!」


 アダムの号令と共に、革命軍の兵士達は武器や旗を下げて各々自由な姿勢を取り始めた。


 アダムも松葉杖を脇に置き、荒れ果てた大地に転がる岩の上へ座る。

 ここはラオと違い、きめ細かな砂のある砂漠ではなかったが、岩石やサボテンのような独特な植物に覆われた、また別の砂漠であった。


「クロノス教本部からですか」


 シトラスがそう言うと、クリスがその煙草臭い息に顔を顰めた。

 彼女はそれを感じ取り、苦笑いで返す。


 アレックスが天へ昇ってからというもの、シトラスはより頻繁にタバコを吸うようになった。

 彼女は傷が痛むから吸っているのだと言うが、傷口を抑えている手は肩とも胸ともいえない位置にあった。




 三人はオスカルの予言と地球防衛装置、カシムによるステティア襲撃のことが書かれた手紙を読み終え、黙って互いの顔を見合わせた。

 予言について、どうやら三人ともさっぱりわからないらしい。


「貴方達、前世の記憶持ってますし、こんなの分かるくらい頭良いんじゃないんですか?」


 シトラスが聞いたが、アダムがそれを強く否定した。


「いや、俺達は確かに前世の、超科学の知識があるが、恥ずかしながら俺達の頭自体は良くない」


 クリスも頷き、激しく同意する。


「将来の夢は科学者とか言ってたこともありますたけど、前世の記憶に影響されてただけで身の程をわきまえておりませんですた」


 次にクリスとアダムもシトラスの方を見返したが、シトラスも横に首を振った。


「いや、無理。頭痛いです」


 三人は同時に溜息をつくと、皆同じタイミングでステティアの方向を向き、強くその方向を見据えて言った。


「「「帰って考えよう!」」」






 そんな呑気な革命軍本隊や、クロノス教本部の予想するよりもはるかに早く、カシム率いるゼリク軍反乱鎮圧部隊は着々とステティアに近づきつつあった。


 カシムは豪華な馬車の中で、ワイングラスを片手に正面の男へと語り掛ける。


「マンナズ、その頬に付いた傷の借りを返す時がきたぞ」


 カシムの正面に座るマンナズは深く頭を下げ、無言で忠誠を示した。


「まぁ心配するな。ゼリク様から最後の助っ人を用意してもらった。まさかエクス率いるビサ軍本隊と警察が壊滅したのには予想外だったがね」


 カシムは拳を握りしめ、苦々しい表情でクリスの顔を思い浮かべる。

 当初会った時、大した人格を持っていると思っていなかったクリスが成り上がり、これまでゼリク、ブルート、カシムで築いてきた確固たる地位をじわじわと崩されていく様を黙って見ているのは、彼にとって強い憤りを感じるものであった。


 しかし、彼は表情を緩めて言った。


「ま、その助っ人が今頃、クロノス教本部を襲撃しているところかな」


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