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(β版)  作者: 自彊 やまず
第七章 警察編
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第七十一話 不落の城が落ちる時➀

 シトラスはマスケット銃を放り投げ、両手に付けていた手袋を外す。

 彼女は鋭い眼光で相手を睨みつけ、その場に立ちはだかった。そして両足を軽く開き、両手を、人差し指の第二関節を浮かせるような、独特な形で拳に握りしめて、戦う意志を全身で示すかのようなファイティングポーズを取った。

 その姿からは、これから繰り広げられる戦闘への覚悟と、不屈の精神がはっきりと感じ取れるのであった。


「私はこの銃という武器より、拳の方が好きです」


 それを聞いたアオイは、表情を動かすことなく答えた。


「よかろう、どんな物でも相手にしてやる。来なさい」


 シトラスが大きく一歩踏み出してアオイの懐に潜り込み、右の拳を突き出すがアオイはそれを槍で受け流す。

 拳と槍の柄の部分がぶつかり合う音が響き、一度二人は離れて互いの間合いを測り合った。


 再び構えるシトラスに対し、アオイは背筋を伸ばし、槍先を床に下ろして語り掛ける。


「貴様、吸血鬼の癖に何故そちらへ付くか。我々と共にこの世界の水準を一つ上げようではないか。作ろうぞ、皆が幸せに暮らせる世界を」


 しかし、シトラスは首を横に振った。


「残念ながら、私はその世界には入れないようなので遠慮しておきます」


 それを聞いたアオイは再び槍を構え、重心を低く構え始める。


「ならば、容赦はせん」


 アオイがそう言うとシトラスの頭上に大振りな一撃が振り上げられ、シトラスはそれを避ける。

 アオイはそれを追撃し、横に槍を薙いだ。


 しかしアオイはふわりと身体を浮かせると、槍を飛び越える。


 そして、槍を振り切ったアオイの体に己の拳をめり込ませた。

 内臓が潰れる音と、肋骨が粉々になる振動がシトラスの手を伝う。


「カハッ」


 アオイは血を吐き、殴られた部分を押さえてよろめいた。

 アオイは、さらに間髪与えず、頭を狙って拳を振り上げているシトラスから離れ、一度廊下の壁にもたれかかった。


 シトラスが頭に当てられず空振った拳を壁に叩きつけるが、壁には傷一つついていない。


 狼狽えるアオイ。


「どういうことだ、これは!まるで獣人や銀製の武器に殴られたような痛み。体の内部は再生したが、あの拳が当たった部分だけが痛い!」


 アオイはシトラスの拳を見るが、明らかに銀製などではなかった。

 むしろ軽量化の為か、グローブをはめたり布を巻いたりもしていない。


 特に、拳から飛び出た人差し指第二関節が身体にめり込み、アオイの体に大きなダメージを与えていた。


 シトラスは再び無言でファイティングポーズをとり、アオイへ距離を詰めた。

 アオイも退くことなく槍を構え、痛みの残る腹から意識を逸らす。


シトラスは最初と同じように距離を詰め、アオイの顎目掛けて右の拳を突き出した。


 しかし歴戦の猛者アオイが同じ手に二度かかるわけもなく、拳をひらりと避けて槍をシトラスに突き出した。

 槍を横に振ると思っていたシトラスは意表を突かれ、左わき腹を切っ先が掠る。


 すると脇腹部分の服が破れ、槍が通った道筋に血が滲んだ。


「くッ!」


 今度はシトラスが脇腹を押さえる。


 一方、アオイはクックックと手で口を覆って笑った。


「おっと、鋼鉄製の槍で貴様を串刺しにでもしておこうと思っていたが、どうやらそうする必要がないらしい。そのゴミみたいな治癒力。分かったぞ。貴様、ダンピール種だな。どおりで貴様の拳が痛いわけだ」




 ダンピール種とは、吸血族と人族が種的に分かれた初期に交雑した者の生き残り、または子孫であり、獣人族と同じように吸血族に傷をつけられることのできる数少ない種族だった。


 さらに彼らは赤色の目を持つが、夜目は効かず、回復力もない。

 唯一持っているのは吸血族への特効性のみで、ほとんどが人族と同じ性質を持っている。




 アオイの鋭い考察を聞いたシトラスは動揺することもなく、身じろぎすることもなく、小さな声で


「そうです。ご名答ですね」


 と言った。






 一方のアダムはエクスと対峙し、クリスが来るまでの時間を何とか凌いでいた。


「ちょこまかと動くな!どうせ逃げても変わらん。貴様は我が力の前にひれ伏すのみ!」


 アダムは襲い来るエクスの攻撃を躱していたが、吸血族やクリスのように回復力を持っていないアダムにとって、最初の一撃がかなり響いていた。


 エクスが大理石製のテーブルを持ち上げ、アダムの頭上から振り下ろす。

 アダムはそれを避けるが、地面に叩きつけられたテーブルが砕け散り、その破片がアダムを襲った。


「この脳筋野郎め」


 アダムはそう言うと、銀の銃弾を数発エクスの体に打ち込む。

 しかしエクスの体は銃弾を受け止め、表面は傷ついても内部までは弾が進まないようだった。


「わが肉体は貴様ごときの力じゃ壊せん。二人分の吸血族の筋肉がついているからな。生物工学とやらの力は凄まじいものよ」


 それを聞いたアダムは、クリスから聞いたブルートの話を思い出した。


「手を移植された奴と同じタイプか。厄介な男に当ったな」


 しかしブルートはそれに構うことなく突進し、壁ごとアダムを粉砕しようとする。


 アダムはすぐにその直線的な攻撃を避けたが、エクスが突進した後は、壁を含むすべてが破壊され、エクス本人は警察長官室の隣の隣の部屋まで突き進んでいた。


 アダムはその威力に震える。


「一撃当たれば即死だな。なんて化け物になりやがったんだ」


 アダムはそう言うとエクスの眉間目掛けて左の拳銃で数発弾丸を撃ち込み、エクスがそれを腕で防いだ瞬間に一気に距離を詰めてエクスの側面に回る。

 そしてエクスのこめかみを二丁の銃で狙うが、彼はそれに気づいてすぐさまそれを躱した。


 二人は距離を取り、訪れる沈黙。


 少ししてエクスが口を開いた。


「やるな小僧。こめかみや眉間、しっかりと俺の弱点を分析して突いてくる。分かっているだろうが、筋肉があまりついていない部分はどこも弱点だ。さぁ、そこを狙え」


 エクスは余裕たっぷりにそう言い、アダムの頭を掴もうと右手を伸ばして距離を詰めてくる。

 アダムはそれをまた避けた、つもりだったが、足元に散らばった壁の残骸に躓き、床に倒れてしまう。


「クソッたれ!」


「運も尽きたか。くたばれェ!」


 そのままエクスはアダムの頭を掴み、アダムを壁に叩きつけた。


 人と壁が激しくぶつかり合う轟音が鳴り響き、アダムの体は力なく壁を伝いながら地面へと崩れ落ちる。

 その口や耳からは鮮血が滲み出し、瀕死状態となったアダムの身体は見るも無残な状態だった。

 右手は不自然な方向に曲がり、左足は力なくだらりと垂れ下がり、感覚すら失っている。


 ただぼんやりとした意識の中に浮かぶのは、確固たる復讐心のみ。


 アダムは目の前に立つエクスを睨んだ。


「えげつない吐き気を覚える―」


 アダムがエクスに向かって弱音を吐いた。


「諦めたか?やっと」


 エクスが問い、アダムがニヤリと笑った。


「が、それすらも凌駕するほどの不快感が、貴様から漂っている!」






 町の外へ逃げる民衆を押しのけ、警察庁へと向かうクリス。


「あと少しだ。あと少しで着くアダム!」


 無線機に叫ぶも、アダム側からは声が聞こえてこなかった。


 クリスは腕をまくり、右手にリボルバー、左手にダガーナイフを持つ。

 ロングコートに深く被ったシルクハット。

 腰に帯びたもう一丁のリボルバーが、歩くたびにガチャガチャと鳴った。


 ラオで使い果たしたハンスの遺品である銃弾は、革命軍と合流したことで新たに調達され、ほぼ無限とも言えるほど十分な量が確保されていた。


 あと数メートルで警察庁というところまで来たとき、警察庁の入り口に誰かが立っているのが見えた。

 それはもみくちゃになった反乱軍とビサ軍のど真ん中でクリスに手を振り、にこにこと笑っている。


「クリスさん!クリスさん!」


 近づき、声が聞こえるほどまでの距離になり、クリスの名を呼ぶそれが誰であるか判明した。

 クリスは思わず駆け寄ってその人に話しかける。


「アレックス!何をしてるんだこんなところで!俺、テントで待ってろって…しかも俺より早いの何でだよ。まぁとにかく帰れ!あぶねぇぞ!」


 戦場のど真ん中に立っていたのはアレックスだった。

 短く切り揃えられた髪に少しだけ雪が付いている。


 クリスが忠告するとアレックスは頷き、クリスに抱きついた。


 突然の抱擁に驚くクリスだったが、次第に違和感を感じる。


―クリスさん?


 そんな呼び方をしたことが一度でもあったか。


 クリスは頭の中を掘り返してみるが、そんな記憶がない。

 そんなことを考えていると、自分の脇腹から何かが流れているのに気が付いた。


「これは、血か?」


 思わず声に出るクリス。


 真っ先にアレックスの体を見るが、アレックスの体には傷一つない。

 次に自分の体を見ると、丁度脇腹辺りにナイフが一本刺さっていた。


 全く状況が理解できないクリス。


「アレックス?裏切ったのか?」


 クリスが痛みを感じ始め、ナイフの柄を握る。

 しかしアレックスはクリスの手の上からそっとナイフの柄を掴むと、ぐっと、より奥へナイフを突き刺した。

 傷口から流れ始める大量の血。


「やめろ、これは鉄製のナイフだ。…これじゃ死なない。もう一度よく考えろアレックス、こっちへ…、クソ、も、戻ってこい!」


 クリスがそう言うと、アレックスらしき人物はやっと口を開いた。


「そうか。指名手配と違うな。吸血族なのか、君」


 クリスは自分でナイフを引き抜き、傷口を押さえて回復を始める。

 そして目の前にいるアレックスに違和感を覚えたクリスは、すぐにアレックスへと無線で話しかけた。


「アレックス、お前、姉弟とか、いるか?」


 “ザー”という音が流れ、その後にアレックスが喋り出す。


「いや、いないよ。どうした?」


 無線機からはアレックスの声が聞こえるが、やはり、目の前に立つアレックスらしき人物は一言も喋っていなかった。


「お前、誰だ?」


 クリスが聞き、正面の人物が答える。


「私はアレックスだ」


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