第六十九話 仕事の終わりと終わりの始まり➀
「恐らく彼らのほとんどは死ぬだろうと思う」
アダムはテントの奥でクリスに背を向け、手元に視線を移して言った。
テーブルに腰掛けているクリスは黙り、その隣の椅子に座るシトラスも暗い顔をして話を聞いている。
「もちろん彼等にはすべて話してある。獣人化できる者達も数名いるし、銃を渡してある兵もいるが、元ビサ軍の吸血族兵士達も所属する警察には、彼等じゃ歯が立たないだろう」
アダムが振り返って二人に話す。
「無茶だ。それに、俺達は彼らを戦わせる権利なんてないし、これは戦争の始まりになる。それに復讐の連鎖―」
クリスがそう言うと、アダムがクリスを睨んで言った。
「甘ったれたことを言うんじゃない。
無限に続く“復讐の螺旋”はこれから始める事じゃないし、むしろ俺達が終わらせるんだ。
お前がなんのために戦うのか、戦いを強制されているのかは分からない。
だが、俺は戦う。
過去の俺の為に。今までやって来たことが無駄にならないように」
それを聞いたクリスは立ちあがり、テーブルをバンと叩いてアダムに言った。
「そんなの自己中心的すぎる!アダムさんの為なら、悪人ですらない他の誰が死んだっていいってんですか!」
「そうだ。最初は平和の為に、ルバモシの再興の為に戦っていた。でも、もうそんなのどうでもいいってなるとこまで来たんだよ。お前に会ったからな。俺は踏み台。平和への踏み台だ。屍でできた、呪いに呪われた踏み台だ」
「…でも、俺はジィジと約束した。歩み寄って解決するって。戦わなければならないときは戦う。でも、それは今じゃない。まだ非暴力の道はあるはずだ!」
「残念だ。俺はこんな奴の為にこれまで生きて来たのか。…俺は決して王になれないし、復讐してもルバモシの皆が戻ってこないことも悟った。これで仕事が終わると思ったのにな」
アダムは自分の顔に付いた傷を右手でさすりながら、クリスに左手で指を刺した。
「だが、覚えておけクリス。王は二つの選択を迫られたとき、例えその両方が誰かの命だったとしても、最善の選択で片方を選ばなければ、そしてその責任全てを追わなければならない。それに、エクスに話し合う気がないのは分かっている。今ここで戦わなければ、確実に世界は変わらない。エクスの正体を白日の下に晒し、警察庁を機能不全状態まで追い込む」
「そもそも、俺はルバモシの王になると決めたわけじゃ…!」
その言葉に、ますますアダムが彼を睨む。
シトラスは相変わらず俯き、クリスは拳を握ったままテーブルの側に立っていた。
アダムはクリスとシトラスへと交互に目をやると、手元の資料に目を通しながら、やっと今回の作戦について説明し始めた。
「最初に突っ込むのは俺と兵士達だ。厄介なのはアオイ。彼女が途中で出てくれば、兵士の命は風前の灯火に過ぎない。だから彼女をシトラス君に任せる。勝たなくてもいい。エクスを倒すまでの足止めをしてくれ」
シトラスはそれを聞き、無表情で瓶底眼鏡をくいと上げた。
アダムはそれが“了解”なのか、はたまた“拒否”なのかを図りかねる。
「えぇと…いいか?シトラス」
アダムに再度確認されたシトラスは手を挙げてアダムに言った。
「タバコ吸ってもいいですか?」
「俺はいいが、クリスは吸わないから、彼に聞いてくれ」
「お、俺は大丈夫ですよ」
シトラスは少し顔の前で“すまない”という風に手を挙げると、慣れた手つきで煙草に火を点けた。
シトラスの目は伸びた髪と瓶底眼鏡で見えないが、形の整った顔に煙草が良く似合っている。
そしてゆっくりと喋り出した。
「分かりました。ですが、私は持って20分。それまでに決着をつけてください。あと、私が忠誠を誓うのはリリィ様だけですので。んで、それぞれの目的は違っても、今は共闘するべき時間。それをお忘れなく」
アダムはそれを聞き、少しにっこりと笑って答えた。
「了解。君のその力ならアオイとは拮抗まで行けるはずだ。俺も全力で取り掛かる」
クリスにとってシトラスは他部署の戦闘員でありその素性を詳しくは知らないが、聞こえてくる話を聞く限りなかなかの実力を持っているらしい。
アダムは続けて、変わらず立ったままのクリスに言った。
「そして最後に、エクスを俺とクリスで倒す。クリスは混乱の中、万全の状態で壁を登ってエクスの部屋へ。恐らくこれが一番上策だ」
クリスは“了解”と言い。アレックスからの連絡が来ていないか無線機をチェックした。
電源はしっかりと入っているが、表示された画面は相変わらず何の電波マークも点いていなかった。
―そこまで話すと、アダムがシトラスに席を外すように言った。
シトラスは無言でテントを出て行き、テントの中にはアダムとクリス二人だけになる。
クリスはこれから何の作戦会議があるのだろうと身構えていたが、最初にアダムから発せられた言葉は意外なものだった。
「アダムさんでもいいけど、兄貴とか、お兄ちゃんでもいいぞ」
突然のアダムの提案に唖然とするクリス。
「は?」
クリスが困惑していると、アダムがさらに喋り出した。
「おいおい、待て待て。俺は前世の記憶持ちだが、完全にアダムの人格ができてから記憶を手に入れた。心配しなくても、」
そこでアダムは誰もいなテントの中をきょろきょろと見て、クリスの耳元に顔を近づけて言う。
「小瀧夏改めエマ君のことは狙ってない。頑張れ!クリス、君ならできるよ!!ユーキャンデューイッとォ!!!」
さらにさらに困惑するクリス。
経った三分前まで真剣にこの戦いの意義や王の存在について語っていた男とは思えないような豹変の仕方。
クリスはアダムを耳元から引きはがし、おどおどするアダムに言った。
「まず第一、俺にアンタの記憶は無い!小さすぎて覚えてないんだ。急に兄だと言われても困る!」
少し涙目になるアダム。
「それに!エマのことが気になると言った覚えもない!うるさいな!」
涙を拭うアダム。
アダムはライの駒だった。
いかに幼少期のアダムにゼリクへの復讐心があろうとも、少年が軍人直々の厳しい訓練を乗り越えられるわけがない。
全ては忠誠の名の下、愛の無い生活を強いられた。
ジョージ国王とライ、二人だけで見れば主君と家来、信頼関係の作り出した美談かもしれない。
しかし、その犠牲になった人々がいる。アダムもその一人だった。
そんな彼にもたった一人、自分のことを慕ってくれる家族がいた。
それが幼子クリスだった。
彼にとっての“愛”は、こうした形でクリスへと届けられているのだ。
勿論、ルバモシの王のため戦ってきた。そして彼は同時に、唯一の家族の為に戦ってきたのだった。
「とは言えキモいわ!」
そこでクリスの大声に驚いたシトラスがテントの入り口を開けたが、アダムは何事もなかったかのようにテーブルでふんぞり返っている。
アダムがクールぶってシトラスに言った。
「どうした?シトラス。問題はないぞ」
アダムがそう言うと無言でテントから出て行くシトラス。
シトラスが出て行くと、再びアダムは満面の笑みをクリスに向けた。
「心配すんな。俺に任せとけ。エクスなんて一捻りよ」
しかしクリスが心配しているのはその事ではなかった。
とその時、クリスのポケットから声が聞こえて来た。
「アレックスだ。地図はできた。一時は危なかったが、後は作戦を始めるだけ。ベースに戻るよ」
「バカだな、のこのこと。役に立とうとでも思ったんだろう。自ら墓穴を掘るとはね」
海沿いを馬車に揺られているカシムはそう言い、エクスに電話を掛けた。
暫く電話を耳に当て、傾いた陽を反射してキラキラと輝く海を車窓から見ているうちに、ガラケーへ通話中の文字が表示された。
「どうされましたか?カシム様。エクスでございます」
「来たぞ。人間兵器が。未教育のものだったが、あれは確かに僕のだ」
「ええ。気づきましたよ。一応声を掛けましたが、”間違えました”とか抜かして逃げていきました。バレバレなのにですね」
「じゃぁ、こちらも同じものを出そう。これで革命軍とやらとの情報戦は一枚上手だ。健闘を祈るよ。エクス君」
「了解でございます」




