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(β版)  作者: 自彊 やまず
第七章 警察編
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第六十五話 恋のパワーは強力で残酷➁

 クリスは岩陰から、辺りに誰かいないかと周りの様子を窺う。


「どこからこの鉄くずが降って来たかだ。空からとしても上には何もない。自然発生?そんなわけがない」


 クリスはアレックスにここで待っているよう言うと、一人砂漠へと歩き出した。


 何もない、だだっ広い砂漠の中、空中に金属が発生するのを待つクリス。

 

 クリスはバイクに近づきヘルメットを回収すると、再び岩陰へ戻ろうとする。

 しかしその時、クリスの視界に何か光るものが映った。


「まずい、今度は何だ!」


 クリスは咄嗟に除け、ギリギリで衝突を避けた。


 降って来たものはドンと大きな重底音を鳴らして地面にめり込み、砂埃を巻き上げる。

 思わずむせるクリス。


 砂埃の中、クリスは防砂ゴーグルをして落ちたものを確認した。


「な、なんだ、これ」


 それは、およそ三メートルもある巨大な鉄骨であり、とても人間の力では投げたりすることはできない代物だった。


 クリスが砂埃の中でそれを見ていると、不意に空から何かの気配を感じる。

 クリスはそちらを向いたが、その時は既にそれが目の前に迫っていた。


 それは空から降って来たであろう鉄の鉤爪。


 クレーンの先についているような巨大な鉤が目の間に迫っていた。

 クリスはそれを避けることができず、左手に鉄の塊が衝突する。


―ブチッ


 鈍い音と共に肉が引き裂かれ、左手を全て砂の中へ持っていかれた。


 それと同時に、途轍もない衝撃で地面に叩きつけられる身体。

 肩から先が千切れ、血みどろになった上半身。


「がぁあああああ!!!」


 再生能力があるとはいえ、左手を失った痛みは想像を絶するものだった。


「ハァ、ハァ、いや、ゼリクの時と比べればこんなもの!」


 それでも自らを奮い立たせて立ち上がるクリス。


「大丈夫か!クリス!叫び声が聞こえたぞ!」


 アレックスの声が聞こえる方にゆっくりと進むと、最初に隠れた岩が見えてくる。


 クリスはそこに転がり込み、アレックスへ状況を伝えた。


「左手は、持ってかれたが、25分あれば戻る。ハァ、分かったぞアレックス。敵はいる。これは攻撃だ。上空からの、攻撃だ!」


「そんなことより、止血と消毒を!砂を巻き込んだまま回復してしまったらどうするんだ!」


 アレックスが腕を水で流し、包帯で汚れと血を拭き取る。


「がぁああああああ!!!」


 痛みに絶叫するクリス。


 しかし、その目は勝ちを確信し、相手の息の根を止める準備ができた目だった。


「アレックス、おそらく奴はフィシニアにいる。フィシニアの鉄塔の上だ。二百メートル以上はあるだろう鉄塔の上から、建築材料をここへ落としているんだ。それがこの不思議な現象を可能にしている。種が分かればこっちのもん。行くぞ、アレックス、塔の真下まで行く。近づけば近づくほど奴の攻撃は当たりやすくなるが、こっからは技術勝負だ。バイクに乗って…奴の目の前まで!」






 薄暗い部屋の中で、エクスとカシムがテーブルに座っている。


「良いか?エクス」


「はい。承知いたしました。本部を強襲するということですね。勿論大丈夫でございます。賊徒を一網打尽にしてください。カシム様」


 カシムは赤い液体の入ったワイングラスを口へ運び、そのドロドロとしたものをぐいっと飲み干した。


「美味だな。10歳以下北方種じゃないか?これ今度僕にも教えてくれ。」


 カシムがそう言うと、エクスはハハハと笑った。

 そしてエクスは腕時計をちらりと見ると、カシムの顔を覗き込んで言う。


「素晴らしい。大正解です。では、私はお先に失礼します。会議が控えているので」


 エクスが部屋を後にし、カシムが一人になった。

 カシムは苦い顔をし、拳を握りしめる。


「今度こそ僕の発明で仕留めて見せる。準備は整った。ロランとやら、アレンを返してもらおう」






 砂埃の中を駆け抜け、クリスとアレックスは一目散にバイクまで走り、そのまま二人で素早く乗り込んだ。

 バイクに跨り、スカーフで口を覆ったクリスが言う。


「敵がいるのはおそらく一番手前の鉄塔だ。近くまで行けば、バイクは乗り捨てる。お前はそこで待ってろ。俺が守ってやるから、いいな?」


 そのままクリスは右手でアクセルを回し、フィシニアへと走り出した。

 バイクは時速100キロメートルを超え、クリスとアレックスに砂交じりの風圧を押し付ける。


 そしてさらに砂埃の舞っている一帯を走り過ぎると、正面にフィシニア市街への入り口と、掘削機や取水機のついた鉄塔が待ち構えていた。


 それが見えると同時に、アレックスの視界に何かが映る。


「まずいクリス、また来たよ!10メートル先1時の方向、30メートル先10時の方向!」


 空を見上げるアレックスが鉄塊の落ちてくる方向を言い、クリスがそれを避ける。


「了解!続けてくれ!」


 クリスはそう言うと右手だけでハンドルを切り、攻撃を避けながら進む。


 疾走するバイクの横に次々と落ちてくる塊。

 それは鉄パイプや鉄鋼だけでなく、木の板や、アルミ製のワイヤーなど様々だった。


「次は真正面12時にすぐ落ちる!」


「了解!」


 クリスが思い切りハンドルを切るとバイクが地面すれすれまで傾き、そのオフロードタイヤで砂を巻き上げながら、落ちてくる鉄塊を次々と避けていった。

 正面に落ちて来た鉄の塊はバイクの右すれすれに落ち、衝撃でクリスとアレックスの体を震わせた。


「あと少しだクリス!そのまま街へ!!」


 クリスはそのままスピードを上げ、すんなりとフィシニアの街へ入った。

 荒廃した町と誰もいない家屋。

 暫く進めば人の住んでいるような中心街があるのだろうが、ここら一帯はあまり人が来ないらしい。


 クリスはそのままバイクを脇に止め、降りて鉄塔を見上げる。


「ほらどうした、投げて来いよ!!」


 クリスがそう叫ぶと、鉄塔の上から何者かが下を覗いた。


「あいつだ」


 クリスはそう言って右手だけで鉄塔を登り始め、屋上にいるであろう刺客の元を目指す。


 損傷した左手の回復量は約60%。既に肘のあたりまでは伸びていた。


 鉄の柱に右手と足を掛け、着実に登るクリス。

 しかし、敵にとって最大のチャンスであろう今、相手がなぜ攻撃を仕掛けてこないのか疑問に思った。


 その瞬間、当然の如くクリスの頭に浮かぶもの。


 それは「罠」。


 クリスは、これは巧妙に仕掛けられた罠なんじゃないかと思った。

 しかし、だとしたらどういう罠なのか見当もつかない。


 そんな疑念を抱きつつも鉄塔を登るクリス。


 やがて鉄塔のほとんどを登り終え、ふと後ろを振り返ると、フィシニアの街並みがまるでミニチュアのように小さく見えるほどの高さに到達していた。

 風はクリスの恐怖を煽り、一度手を滑らせれば即死の高度に足が震えるクリス。


「クソ、ここまで来れば、テッペンまで行ってやるぜ。待ってろ賞金稼ぎめ」


 そして遂にクリスが鉄塔を登り終え、右手を頂上の鉄板に乗せた。

 クリスは片手で体を引き上げ、超高層鉄塔の頂点に辿りついた。


 そこはほんの小さな足場となっており、金網で作られた不安定な足場からは地面が見えている。

 そこでクリスが目にしたものはただの案山子だった。


―騙された。


 そうクリスが思ったとき、後ろの方から声が聞こえて来た。


「クックックッ。ざまぁねぇな。クリス君。やっぱり殺人鬼は所詮殺人鬼。警戒しろと警察から言われたが、クリスもただの気が狂った一般人だった」


 クリスがそちらへ向くと、彼が立つ取水塔の隣にある少し高い給水塔の上に、全身を砂色のスカーフで包んだ男が立っていた。

 その瞬間、風が吹いてクリスの足元がぐらつく。


 取水塔はグラグラと揺れ、きしむ音が恐怖を掻き立てた。


「俺は自由活動匿名公安所属、優生吸血族組織裏代表ミラーだ。政府の人間だよ。賞金稼ぎなんかじゃない。政府の為、いや、優生種吸血族の為に、お前を殺しに来た」


 地上数百メートルで睨み合う二人。

 互いの髪やローブは風になびき、鉄塔は笛を鳴らしながら揺れていた。


 クリスが右手で腰のリボルバーを出し、ミラーへと構える。


 しかしミラーは逃げるだろうと予想していたクリスの考えとは反し、近くにあったバルブに手を置いた。

 銃を知らないミラーにとっては得体のしれないであろう“ハンドガン”が怖くないのか?


 クリスがそう思った時、ある予想がクリスの中で立つ。

 そこまで来て、やっとクリスがこれまでの攻撃の意味に気が付いた。


 退くに退けないクリスはリボルバーを握りしめ、ミラーを睨む。


 クリスはミラーに、吐き捨てるように言った。


「まずいな。あぁそうだクソまずい。


 最初からお前の狙いは俺をここに呼ぶことだった。


 ここに来るまでに降って来た鉄塊も無作為に落としたもので、俺を狙ってやったんじゃない。

 すべては俺をここに招き、塔ごと崩壊させて、その瓦礫の中に俺を封印することだった。


 投げ方は無作為だったが、砂漠に放り投げられていたのは今俺が立っている鉄塔の大事な支柱やネジ。

 そしてお前がそのバルブを捻って放水すれば、地上に落ちる水はこの脆くなった塔を直撃してあっという間に鉄塔を飲み込み、崩壊していく塔の中に俺が閉じ込められるというわけだ。

 

 クソッたれ。まんまとやられたよ」


 ミラーはそれを聞くと満足そうにして言った。


「もう遅い」


 ミラーがバルブを捻ると、給水塔に溜められていたフィニシアの生活用水が一気に放水され、その濁流がクリスのいる鉄塔へと襲い掛かった。


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