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異世界転生2257  作者: 自彊 やまず
第一章 旅立ち編
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第六話 初任務➁

 指定された住所には、庭にヤシの植えられた豪邸があった。一番外には白い外壁、中央の門には警備員。どうやらベネックと言う男は相当な金持ちであるようだった。

 クリスとロランは、そのベネック邸の隣にある建物の屋上からその様子を見下ろしていた。


「どうする?二人とも潜入するか?」


 クリスが冷静にロランに聞いた。


「この広い屋敷でベネックを探すには二人いたほうが良いと思うよ」


「了解。じゃあ5の刻までにここで落ち合おう」


 クリスはそう言うと、ズルズルと壁を伝って屋敷に潜入していった。後を追ってロランも屋上から庭へ飛び降りる。


 まずクリスが警備員の目を盗んで侵入したのは書斎だった。屋敷の中には給仕や、おそらくベネック奴隷商会の社員であろう者たちもいたが、クリスは細心の注意を払い、足音1つ立てずに書斎へと滑り込んだ。

 書斎の北側の壁一面に置かれた本棚には、商会の契約歴から商売の指南書、啓発本まで置いてある。


 クリスは慎重に書斎の戸を閉め、その中を物色し始めた。

 机の上に置かれた帳簿には誰かの名前と金額が書いてあり、その横にはいかにも高級そうな腕時計が無造作に置かれていた。


 しばらく屋敷の地図や鍵がないかと探していると、廊下から足音が聞こえてきた。クリスは、隠れられる場所が部屋の奥にあるソファの裏にしかないことを確認すると、慎重にそこへ身を滑り込ませた。

 誰かが部屋に入ってくる。その人物は革靴の音をコトコトと鳴らし、真っ直ぐ部屋の中央へ歩いて行った。何かを机に置いている。


 クリスは息を潜めて入ってきた人物の方を見た。

 部屋に入ってきた人物は小太りの禿男だった。手にはルビーのはめられた杖を持っており、彼がソファの方へ向かってくるのを見ると、クリスは慌てて首を引っ込める。


「もうけ、もうけ、ガハハハハハ。あの犬耳が200ゴールドで売れるとはな」


 彼はいかにも悪徳商人のようなことを言ってソファに座ると、その瞬間にクリスが背後から男の首元へナイフを当てた。

 彼は驚き、すぐにその手とナイフを振りほどこうとしたが、クリスの手は全く動かなかった。


「誰だっ!俺はここの主人だぞ!」


「動くな。動くと切るぞ。俺はジョンベネックに用がある」


 クリスが耳元でささやく。


「まさか、奴隷商管理組合か!今月の金は来月まとめて出すから許してくれって言っただろ!」


「なるほど、お前がジョンベネックだな?」


「何?お前、組合じゃないな?誰だ!いや、ち、違う!とにかく俺は社員だ、逃がしてくれ!」


 その時、ドアをノックする音が聞こえて来た。クリスが追い返すように促す。


「今忙しい」―男が答える。


「騒がしかったのでどうされたのかと、」


 男は自分の名前が呼ばれないかヒヤヒヤしていたが、呼ばれなかったことでニヤつきが抑えられない。

 また男が命乞いを始めようとしたとき、ドアの外から声がした。


「何かあればお申し付けを、ベネック様」


「馬鹿たr!!!」


 言い終わる前にクリスのダガーがのどを捌く。鮮血が吹き上げ、カーペットが血に濡れた。


「往生際の悪い野郎だったな。…初任務完了」


 返り血一つないクリスが、動かなくなったベネックを見下ろす。






 一方そのころ、ロランは堂々と屋敷内をうろついていた。彼は背負ったバイオリンケースのおかげで、ベネックが勝手に呼んだ音楽家だと思われているらしい。


「あの~すみません、ベネックさんってどちらにいらっしゃいますか?」


 ロランが廊下を歩くメイドに聞いてみる。


「おそらく書斎だと思います。案内いたしますよ」


 優しそうな中年のメイドが歩き出した。赤い絨毯の敷き詰められた長い廊下に、靴の音がキュルキュルと心地よく響く。踊り場にある花瓶の花もしゃんとして手入れが行き届いていた。


 ロランがメイドと共に中央階段を降りようとすると、見覚えのある男が階段から登ってくるのが見えた。

運の悪いことに、それに先に気づいたのは相手の方だった。


「あらららら、これはこれはさっきのクソ犬じゃあないですか」


「君は…!」


 鉄パイプを背負ったハキがこちらを見上げる。


「いくら客人とはいえ、うちの商売を邪魔した奴は許せねぇよなあ?」


 そう言うや否や襲い掛かってきた。ロランも咄嗟のことで逃げるしかない。何が起こったのかわからずに唖然としている給仕をよそにして、ロランは上の階へ逃げた。


「待てやゴラァぁ」


 屋敷内は騒然としていた。ロランが人をかき分けて進み、ハキがその後を追う。

 遂にロランが屋上入り口まで来たとき、屋上への扉は閉まり、残念ながらその先は行き止まりになっていた。

 鉄パイプがロランの足を払う。


「ぐあっっ」


 ロランは勢いよくこけてしまった。バイオリンケースも開いて、その中のマチェットが外へ飛び出す。


「カカカ。最初から狙いは俺たちの命だったっつーわけか」


 ハキが鉄パイプにもたれかかりながら言う。


「お前の暗殺計画は失敗だ坊ちゃん、ここで大人しく死ぬんだな」


 ハキが大きく鉄パイプを振りかぶったその時、ロランが懐に入れていたペンをハキへ投げた。その鋭利な先端がハキの右腿に突き刺さる。

 思わずハキが足を抑えるが、ロランはその隙をついて二本のマチェットを手に取った。


「やっと僕にも武器が使える時が来たな」


 ロランがハキへとマチェットを向けて言う。


「このクソ犬ガァぁ、小賢しい真似しやがって!!」


 ハキも鉄パイプを構えて戦闘態勢へと入る。


 先に動いたのはロランだった。左のマチェットを右肩側から袈裟切りに振り下ろし、右のマチェットはハキの腹へ突き出した。

 ハキはそれを一本の鉄パイプで軽くいなし、そのままロランの頭上へ振り下ろす。

 ロランもハキの攻撃を二振りの刀で抑え、丁度ペンが刺さった辺りへ蹴りを入れようとするが、ハキはそれを避けて、鉄パイプのマチェットと接している先と逆の側でロランの腹へ殴打を入れる。

 ロランは一発だけ喰らい、すぐにハキから距離を取って、互いに一定の距離を取った。


「お前に勝算は無いぞ犬公、貴様らの種族は人類より下等なのだからな!!」


 ロランは口元の血を拭い、それに答える。


「無駄口叩く暇があったら手を動かすんだな」


 もう一度ロランが距離を詰めた。今度はロランの振り下ろしたマチェットがハキの鉄パイプを圧倒する。早い振りと多角度からの攻撃に思わず後ずさるハキ。


 遂にロランの放った一撃がハキの肩を掠った。ハキが呻いて一瞬動きが鈍る。ロランはそこを見逃さずに追撃し、最後の一撃を振り下ろした……はずだったが、思いがけず、ハキが負傷した方の腕でロランのみぞおちにアッパーをくらわした。

 互いによろめき、相手の顔を睨んだ。


「やるじゃねえか、まさか当てられるとはな。戦略としては俺の方が一枚上手だったようだが」


 ロランは腹を抑えたまま、だらだらと口から血を流していた。どうやらあばら骨が何本か折れているらしい。

 ロランは歯を食いしばってさらに前へ踏み込む。

 何度も何度も刃とパイプがぶつかり合った。ハキの鉄パイプももうへしゃげた形をしていた。 

 不意にロランの蹴りがハキの脇腹へ入り、ハキの鉄パイプがロランの左肩を強打する。

 もう二人とも限界が近かったが、目から闘志の炎は消えていなかった。


「僕らは下等種族じゃない、今すぐ証明して見せる!!」


「いい加減くたばれ!そろそろ降参したらどうだ」


「弱気になったか?また詰めるぞ!」


 どちらの身のこなしも素晴らしかった。ロランが攻めに転じたかと思うとハキが攻め、徐々に二人の傷が増えていく。

 その中でついにロランが左手のマチェットを落とし、ハキの膝蹴りにより膝をつかされた。


「クックック、ハッハッハッハッハッハッハ!所詮犬の成り上がり、俺には勝てねえよ!」


 ハキが鉄パイプを構えたが、もうロランはそれに反応できるほどの体力がなかった。ハキがついに凶器を振り下ろすとき、ロランの頭の中で低い、大きな声が響いた。


「イツまで手加減しテいるつもりダ。そんなに人ヲ殺したくないのカ?本能のママに生きよウじゃナいカ…」




 その時、急にロランの五感が鋭くなった。鉄臭い匂い、パイプか、血の匂いか、向かって左から振り下ろされる音と風圧。まるで世界が遅くなったような感覚。

 ロランの犬歯が鋭くなり、目が獰猛な光を見せる。爪も伸びて、耳も大きくなっていった。

 スローモーションの世界で、ロランの意識だけが覚醒して、目まぐるしい勢いで回転する頭と世界。

 ロランは気づくとハキの喉へ狙いを定めて己の爪を横に振っていた。


「何だ、これは、はy」


 ロランの鉤爪が、ハキに見えない速さで横一文字を描いた。

 ハキの喉から血が流れ始め、その後すぐにハキが地面に倒れる。

 ハキが地面に倒れた衝撃が床を伝ってロランに伝わり、自身が勝ったことを確信する。


 しかしロランの意識は、それを最後に暗闇の中へ溶けていった。


 倒れたハキは、かすれる声で最後の一言を呟く。


「伝説は――存在したのか――」


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