第五十九話 これからどうすると?➀
クリスはジョージに似て、逞しい目を持って生まれた。
ライはその目を見る度、ジョージの息子クリスへの忠誠を再確認していた。
ジョージ、ライ、ハンス、ランファンが職務を終え、ジョージの家に戻ると妻アリスがクリスをおんぶして料理を作っていた。
「ありがとう。アリー。彼等に君の美味しい料理を食べさせてやってくれ」
ジョージはそう言い、コートを家のクローゼットに掛ける。
国王であるジョージの家は、広大な城でもなんでもなく、ただの平屋だった。
普通の家に普通の家具。
家の周りは王宮警察が警備していたが、一般市民と変わりない生活をしていた。
「あら、新しい大臣さんが来たのね」
アリスがそう言い、ライの方を見る。
「はい。軍事担当のライ・ナスギと申します。これからよろしくお願いいたします」
ライはそう言うと、深くお辞儀をした。
それを見たハンスはにっこりと笑うと、先に食卓へ座って言う。
「安心してライ。これは大臣になった者の通過儀礼だけど、そんなに緊張することは無い。歓迎会さ。ジョージはむしろフレンドリーに接してほしいはずだよ」
政治補佐のハンスはライと同い年であるが、幼い頃からジョージと仲が良く、昔から政経大臣をしていた。
彼の手腕は天才的で、国民からの信頼も大きい。
そんな彼をライは尊敬していた。
そこに、トイレへ行っていたランファンが戻って来る。
「やったね!今日アリス様の手料理が食べられる日!私にとって一年で最高の日よ」
獣人のランファンは外務大臣であり、快活な性格の中年女性だった。
そんな何も考えてなさそうな彼女だが、国王に心酔しており、ジョージ、アリス夫妻の言うことは絶対、さらにその天才的な頭脳で数々の外交を成功させてきた。
こうして六人で食卓を囲んでいると、一人の男が玄関を叩いた。
ハンスが玄関まで行き、ドアを開ける。
リビングからは真っ直ぐな廊下で繋がっており、ジョージ達にも玄関が見えていた。
「国王!エクス軍がルーモン城を出発しました!密偵によると、おそらく目標はここ、ルバモシ」
それを聞いたライ達は驚き、警備もざわめき始めた。
そんな中でもジョージは冷静に考え、丁寧に分析する。
「そうか。隣国のフックに備えて軍を編成したのが間違いだったか。ビサがそんなにも軍事力を持っているとは思わなかった」
ランファンがさらに情報を加える。
「そうですね。おそらく彼等は元々ルバモシ、フック、イストパレスへ侵攻する予定だった。…しかし、島国であることと、各国が軍を持たないことを理由に進行してこなかったのでしょう」
「ふむ」
「そして現在、我々が軍を配備したことによって、ビサは北方征伐の潮時とした…ってところですかね」
ライがそれに加え、さらに言った。
「はい。このまま三国落としきるつもりなのではないかと思います。相手は何万単位の兵力。こちらは約五千。とても相手になるような戦いでは…。」
ランファンがそれに怒る。
「何を!こちらはジョージ様の統治いたす御土地。それを易々と諦めろと言うのか!」
ランファンがライの襟を掴み、腰に帯びた太刀がテーブルにぶつかった。
「よせ!アリス様もいらっしゃるのだぞ」
それをハンスが止め、二人を座らせる。
ジョージは落ち着いたまま、腕を組んで伝令兵に尋ねた。
「ここまで、どれくらいで来る?」
伝令は息を整え、ゆっくりと言った。
「ここまで、十日ほどかと」
それからの九日間は途轍もなく長かった。
毎日会議を重ね、国民にも侵攻について知らせた。
国外逃亡するものはほとんどいなかったが、対抗できるほどの義勇兵が集まることも無かった。
国民はジョージの判断に全てを委ねる。
彼等の未来は、一人の男に託された。
最終的に、ランファンがエクス軍まで交渉しに行くこととなった。
ジョージがランファンを通して伝えたことは三つ。
1、降伏すること。
2、国民に一切手を出さないこと。
3、政治に関しては変わらずブレイブハート一族が行うこと。
―思いの外、この交渉はうまくいった。
エクス軍副将アオイは承諾すると、ランファンに大将エクス直筆の書状を渡して、ルバモシを正式にビサ領ルバモシ地区とした。
侵攻はこれで終わった、と思われた。
だが、現実は違った。
ビサ軍はそのままスカンディナビア半島付近まで来ると、諸島国への足掛かりとして、ルバモシへと軍を駐留させたのだ。
みるみるうちに食料は底を尽き、ルバモシの犯罪率は大幅に上昇。
そして、ジョージ国王にも魔の手が伸びていた。
「ジョージ様、今夜も各大臣の家々に怪しい人物が。もはや隠す気もないようです」
ライがそう言うと、ジョージが議会の廊下を歩きながら言った。
「そうだな。やはりルバモシでの私たちの統治は許さないらしい。あと、私にはタメ口でいい。ハンスもだからな。ランファンはまぁ無理だろうが」
ライは辺りを見回し、ジョージに言った。
「今夜、逃げませんか。戦略的撤退です」
しかし、ジョージはそれを聞き、顔を顰めた。
「駄目だ。私が逃げてどうする。国民が私を頼っているのに、それを置いて逃げることなどできない」
ジョージが少し先を歩く。ライはそれに小走りで追いつき、さらに耳打ちした。
「いえ、再起を図るんです。貴方はこの国の希望。貴方さえいれば、ルバモシは不滅です!!!」
ジョージは何か言いたげな顔をしたが、首を横に振ると議会の玄関から外へと出て行った。
事件はその夜起こる。
何者かがジョージの家に火を放ったのだ。
「国王陛下!!生きておられますか!国王陛下!!」
大臣の三人や警備兵が駆け付けたが、既に木製の家屋は炎に飲み込まれていた。火の手は天にも昇る勢いで、燃え盛っていた。
黒煙が空高く立ち上り、辺り一面に炎の熱気と焦げた木の臭いが立ち込めている。
火の音は轟音のように響き渡り、時折木材が爆ぜる音がその中に混じっていた。
大臣たちはその光景に一瞬呆然と立ち尽くしたが、すぐに火消しを指示し始めた。
ランファンが真っ先に家へと入り、火傷も厭わずにブレイブハート一家を探す。
「陛下!どちらにいらっしゃるのですか!」
ランファンがそう叫ぶと、奥からジョージの声が聞こえて来た。
「ここだ。こっちへ来てくれ」
ランファンが書斎へ行くと、業火の中でジョージ、アリス、クリスが床に伏せている。
さらに近づくと、ジョージの足には焼け落ちた家の梁がのしかかっており、アリスはすでに気を失っていた。
「ランファン。すまない。私はこれまでのようだ」
パチパチと炎が弾ける中でジョージがそう言うと、クリスをランファンの方へ差し出す。
「そのようなことを仰らないでください!!まだ希望はあります!私がお救い致しますので!!」
しかしジョージは優しそうに笑うと、ランファンにクリスを託し、一つの巾着袋を渡した。
「こうなった時のために、一つ考えておいた。家に火が放たれることは想定内。城を建てられるほど金がないのが、ここで裏目に出るだろうと、な」
そしてジョージは、おそらく既に一酸化炭素中毒となっているであろう、意識を失ったアリスの頬を撫でた。
「すまない、本当にすまない。アリー、クリス。君らを守れなかった。国民を優先せずに、君たちの命を優先すればよかった。これが私の最大の後悔だ」
ジョージは小さなクリスの手を握り、目を瞑って言った。
暫くして、意を決したように目を開く。
そして言った。
「しかし、ここまでくれば、私は私の役割を全うするのみ。行け!ランファン!君はライ、ハンス、そしてリリィを頼り、生きろ!!そして、我がブレイブハート家を、ルバモシの地に、再び返り咲かせるのだ!只今から、ルバモシ国王を、このクリス・ブレイブハートとする!!!」
ジョージはそこまで言うと、クリスの手を離し、ランファンを押して書斎から突き飛ばした。
「国王―!!!!!!!!!」
ランファンの悲痛な叫びがこだまする。
それと同時に書斎の壁が崩れ、燃えるブレイブハート邸は一瞬で半壊した。
クリスを抱えたランファンは家から脱出し、倒れたところをライとハンスに支えられる。
「ランファン!無事か!」
ハンスが心配そうに顔を覗き込む。
煤にまみれたランファンは、か細い声でライとハンスに言った。
「ジョージ上皇は…クリス陛下に譲位なされた」
それを聞いた二人はぐっと涙を堪え、すぐにクリスの小さな手の甲へと口づけをする。
そして言った。
「「陛下。この命に代えて、貴方をお守りいたします!!」」
近くでは国民が集まり始め、たくさんの人々が悲しみに打ちひしがれている。
ブレイブハート邸が燃えるその様は、国民の目に、痛いほどに焼きつけられた。
三人がジョージに渡された巾着を開けると、そこには四枚の紙があった。
一枚はこれからすること。
後の三枚はそれぞれへの感謝や、長所短所がまとめられており、これから三人がどんな風に生きてほしいかが綴られていた。
ハンスが指示書を広げ、最初の部分を声に出して読む。
「まずは国民に譲位したこと、暫く亡命することを伝えなさい。そしてすぐに南の波止場にいるリリィと合流せよ。このとき、リモン、ウラギに誘導されても乗ってはいけない。どちらがエクス軍と通じているかはわからんが、どちらかがいつか私の家に火を放つはずだ。それまでにエクス軍との交渉が済んでいることを願おう」
ランファンはそれを聞き、ゆっくりと幼子クリスを天に掲げた。
「この方が、ルバモシの王、クリストファー・ブレイブハート様である!私たちは一度亡命し、再びこの地へ戻ってくる。それまで、どうか、耐え忍んでくれ!私たちは常にルバモシのために行動すると誓おう!!」




