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(β版)  作者: 自彊 やまず
第六章 過去編
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第五十七話 異世界転生

 クリス達が軍部に着いたと聞いたエマは、かつてクリスが使っていた部屋を訪ね、ドアを叩いた。


コンコン


「クリス、いる?」


 扉は閉まっており、明かりも外に漏れているが、中からの返事は無い。


「クリス?大丈夫?」


 エマが声を掛けてみるが何の返事もなかった。

 ふと、エマはもしかしてクリスの傷が悪化したのではないかと考える。


 不安になったエマが思い切り扉を開けると、荷物を整え、クロノスを発つ準備をしているクリスがいた。


 慌ててエマはクリスの前に行く。


「待って。行っちゃうの?お母さんとは私が話すからまだここにいてほしい。クリス?」


 クリスはちらりとエマの方を見たが、荷物をまとめる手は止まらなかった。


「ねぇ、待ってってば。私、絶対にお母さんの誤解を解いてくるし、何かあったら絶対に私が守るから!!ごめん!私たちのせいでこんなことに…」


 エマがそう言うと、クリスは悲しそうに笑って答える。


「いや、いいよ。誰が悪いとかじゃない気がする。全部終わっても、多分これ以上ここにはいられないと思う。キリさんに刺されたし、こっちもバーチを殺した」


 クリスは銃を腰に帯び、剣を背に掛けた。


「どっちにしてもダメ!まだ足は完全に治ってないんだよ!」


 エマが手を広げて入り口の前に立ったが、クリスは「ごめん」とだけ言い、その手をどかして部屋の外に出た。

 クリスが夜の軍部を静かに歩き、その後ろをエマが付いて行く。


「クリス!お願い。ここにいてほしいの!何でかていうのは、その、えと、はは」


 エマの顔が赤くなる。


「エマ、ごめん。俺、行かなきゃ」


 クリスはそう言うと地上へ出る扉を開け、入り口の裏に隠してあったバイクに荷物を括り付けた。

 引き留められないと思ったエマは、意を決したようにクリスの袖を掴むと、クリスの目を見て言う。


「私、小瀧夏だよ!覚えてる?…実はね、無線で聞いてたの。クリス、ゆーじ君なんでしょ?」


 その言葉を聞いたクリスは目を大きく開けて驚いた。


「いやいや、そんな馬鹿な」


 しかし、クリスはそう言うとバイクにエンジンをかける。


「待って待って!いっぱい病院でゲームしたよね。楽しかったし、今も鮮明に覚えてる。それに、一緒に海へ行こうって、約束した。あ、あとは、あとはね、とにかくゆーじ君が優しかったの、覚えてる」


 バイクにまたがりかけたクリスだったが、手を止めてエマの方を見た。


 クリスがエマの顔を見つめて言う。


「本当に?」


「うん」


 エマがそう言い、クリスに抱き付こうと手を伸ばしたが、クリスがバイクに跨ったことで手は宙を切ってしまう。

 クリスはバイクに乗ったままエマに言った。


「嬉しい。ほんっっっっっとに嬉しい。いや、マジか。えー。にやけるな。へへへ。うわー!え!?ホントのホントに?」


 エマは目を輝かせてコクコクと頷く。

 しかしクリスはヘルメットを被って言った。


「最後に、前世の親友に会えてよかった。なっちゃん。でも、俺は行くね」


 その一言でエマは二倍のダメージを喰らう。


「えー!ちょちょちょちょちょ、何で!せっかく会えたのに、もう行くの!?」


 エマが肩を落としてガックリとした。


 クリスは根負けしたのか、少し悩むとヘルメットを脱いで、エマに言った。


「俺、クロノスになぜか狙われてるっていうのもあるけど、ロランと離れたいんだ」


 エマはどうして?という風な顔をして見せる。


「ロランさ、今回暴走した後に、俺に何て言ったと思う?いつも君の足を引っ張ってばかりでごめんって言ったんだぜ?俺、嫌だよ。こんなの」


 クリスはバイクのエンジンを消し、右手で口元を押さえて続けた。


「俺、ロランのことは兄弟のように思ってるからさ、俺があいつの隣にいることで、あいつが苦しんでしまうんだったら、俺辛いよ。俺どっか行かなきゃ。この件、昔ロランと一回喧嘩したんだけどね」


 クリスはそう言うと、意味もなく真っ暗になった路地を見つめる。


 エマは俯き、クリスに言った。


「そっか。そだね。私も、自分の大切な人が自分のせいで苦しんでたら、すごく辛い。でも、その人と二度と会えなくなるのは、もっと辛いかも。それだけ仲が良かったら、ロラン君も絶対そう思ってるよ。それに、ロラン君のことを信じることも、大切だと思うよ。クリスはいつも孤独だからさ」


 クリスは闇を見つめ、少し考える。


「いや、ダメだ。ちょっと前までは俺とロランの復讐だったけど、今はそれだけにとどまるような話じゃない。何人も巻き込んで来たし、何人もこの手で殺してきた。何時しか最終目標は復讐から俺の手による“正義執行”に変わり、歪な正義を振りかざして暴力するようになったんだ」


 クリスはバイクから降り、エマに面と向かって言う。


「俺、でももうここまで来たら戻れないよ。ダークヒーローなんてかっこいいもんじゃない。一人で苦しむぐらいがちょうどいいさ。ごめん、エマ。いや、なっちゃん、今までありがとう、もし吸血症を治す方法があったら、また戻ってくるよ。ロランによろしく」


 クリスがそう言ってバイクにもう一度跨ろうとした時、エマの持っていた無線機が鳴る。

 無線機から流れて来た声はルーシーだった。


「はい、そこまでですよ、お二人さん。二人には本部に来てもらうからね」


 二人はここまでの話が聞かれていたことに驚き、さらにフジやリリィではなくルーシーからの無線だということに意表を突かれた。


 クリスはすかさずルーシーに言う。


「すいません。ルーシー先輩。俺はそこへ行けません」


 するとルーシーは冷徹な声で言う。


「いいえ。巻き込んでいるのは貴方じゃない。私達が巻き込んでいるの。簡単に逃がしはしないわ。それに、悪いけど貴方たちは転生なんかしてない。色々残酷な話になると思うけど、来てね」


 二人はその話の意味が分からなかった。


「じゃあ、元々ルーシー先輩は俺達の前世を知っていたのか?」


 クリスはヘルメットを被り、もう一つのヘルメットをエマに渡す。


「本部に寄ってからでもここを離れることができるだろ。ちょっと寄るだけだからな」


 クリスはそう言うとエマを後ろに乗せ、本部へとバイクを走らせた。






 クロノス教本部協会の近くへバイクを止めたクリスは、エマと共に本部へと歩く。


「あ、そう言えばエマ、これあげる」


 クリスはそう言ってポケットに入っていた音楽プレーヤーをエマに渡した。


「え、これ良いの?せっかくクリスが見つけたのに」


 エマがそう言うとクリスはにっこりと笑って顔を縦に振る。


「全然よき。むしろ聞いてほしい。それ、俺らの世界の音楽も入ってるから。俺のおすすめは、イマジン・ドラゴンズの“バーズ”かな。すごくいい曲だよ」


 エマは大切そうにそれをポケットへしまうと、満面の笑みで「ありがとう」と言った。






 クリスが教会の扉を開くと、中央の大広間には軍部のほとんどのメンバーが集まっていた。


 勿論ロランもいる。


「これは、どういうこと?ルーシー」


 皆の中央に立つリリィが怪訝な顔をして言う。


「今から大事な話があって、皆さんには集まってもらいました」


 ルーシーはそう言ったとき、警戒したキリがリリィの前に立つ。


 そこで、前に出て来たキリとクリスの目が合った。


「クリス、まだ生きていたのか」


 キリは片手剣を抜くとクリスへと飛び掛かる。

 クリスはそれを左手の剣で防ぎ、右手でリボルバーの銃口をキリの眉間に突きつけた。


「諦めろ、キリ」


 クリスがそう言うと、キリもニヤリと笑って言う。


「いや、君もまずい状況かもよ?」


 クリスが自分の胸を見ると、キリの持つダガーが心臓すれすれに構えられている。


「あ?テメェは今ここで死ぬべきだ。大人しくくたばりやがれ!」


「君はクロノスの害だ。ここで死んでもらう!」


 二人の怒声が交錯したところで、甲高い声が教会に響く。


「二人共やめて!どうしてそんなことをするの!二人共優しいはずなのに!!」


 エマが今にも泣きそうな顔で二人に言った。


 エマは二人の持つ剣の刃を素手で掴むと、二人の体からその切っ先を離した。

 当然手は切れ、真っ赤な血が彼女の腕を伝っていく。


「キリは私の兄同然の人だし、クリスはすっっごく大切な人。そんな二人が争っているのなんて、私じゃ耐えられない」


 エマは血の流れる手をそのままに、頬を伝う涙を拭った。

 その一言にクリスは少し力を緩めたが、キリはその力を緩めるつもりは無かった。


「すべてはクロノスのために!」


 キリがもう一度ダガーを振り上げたとき、群衆の中からフードを被った全身黒づくめの男が現れる。

 彼はダガーを持ったキリの手を掴むと、そのままキリの手からダガーを奪った。


「落ち着けガキ共。こんな話をするために呼んだんじゃない」


 男はそう言い、ダガーを床に投げ捨てる。


 彼がフードを取ると、白くなった右目と、右耳から眉にかけてできた傷が露わになった。


 群衆が謎の人物の登場にどよめく。

 しかし、二十代前半であろうこの男は、特徴的な姿にもかかわらず誰の記憶にもなかった。


「ジジィ、こいつがクリスだろ?」


 男がそう言うと、群衆の中から白髪で筋肉質な老人とその隣に立つキッドが出て来る。


「そうだ。お前はいいかも知らんが、わしはクリス様と呼ぶからな。久しぶりです。クリス様とロラン少年」


 老人がクリスとロランに向けて会釈する。


 二人共その老人に見覚えは無かったが、クリスもロランも、その声でそれが誰か分かった。

 ロランが戸惑いながらも言う。


「あなたは、僕たちが暗殺組織にいた時、ステティアまで連れてきてくださった、運転手さん?」


「そうだ。二年ぶりくらいか?逞しくなったな。二人共」


 老人はそう言うとリリィの方を向く。

 リリィはその顔を見ると何故か狼狽え、焦り始めた。


「なぜ、貴方がここに…!」


 リリィがそう言うと老人は言った。


「勿論、ゼリクを倒すためだ」


 そこで松葉杖を突いたロータスが皆の前に出る。


「どどど、どういうことだァ!?意味が分からん。アンタらは誰なんだ?今何のために集められてるんだ?」


 ロータスがそう言うと、ルーシーが全員に向かって言った。


「今から、クロノス教と、革命軍は同盟を組みます。最終目標はゼリクの撃破と、新王政国家の樹立。文句はないですね?いや、受け付けません。これからよろしくお願いします。私は革命軍副代表ルーシー。彼が代表のライ・ナスギ。そして直属行動部のキッドとアダム」


 ルーシーがそう言うと、白髪老人のライは皆へゆっくりと手を挙げる。


「ワシは因縁へ決着をつけに来た」


 ライはリリィにそう言うと、全員を奥の講堂へと誘った。

 皆が訳も分からず、全く動けずにいると、リリィが教徒達に彼の後について行くように言った。


 キリとクリスは互いに武器をしまい、目線を合わせることなく奥へと進んで行った。






 講堂にはクロノス教の他部幹部も集め、リリィとライが正面に立った。


「わしから話がある。これはわしらの組織の、今までの話だけじゃない。この世界の真の姿と、吸血鬼と人間との因縁の話だ。獣人種には辛い話になるだろうが、是非聞いてくれ。そしてクリス、エマ。これは異世界の話じゃない。紛れもない、地球の話だ」



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