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(β版)  作者: 自彊 やまず
第五章 革命編
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第五十六話 この世は残酷にできている➁

 ぽつぽつ雨がと降り始めた夜、軍部諜報室のシトラスとアレックスが図書館へと向かう。


 二人の後ろにはクロスボウや短剣を持ったクロノス教徒約三十人が付き、無線がクリス達の非常事態を告げていた。


 アレックスの金髪が濡れ始め、長い襟足から茶色のコートへと水が滴る。


「シトラスちゃん、まずいねこれは。彼、未特定種の獣人だよ。何件か報告はあるけど、どれも何年か前のやつ」


 黒髪のシトラスは眼鏡を服のヘリで拭き、キッチリと鼻の上へ掛けてからアレックスに答える。


「確かにそうですね。でも、それよりまずいのはこれですよ」


 シトラスがポケットから出したのは手配書。


 そこにはクリス、ロラン、ロータス、キリが書かれていた。


「おそらくアロンさんが敵と判断した人物をゼリクに告げ口し(チクっ)たようですね」


 シトラスがそう言うと、アレックスが首を振った。


「いや、多分アロンやカシムはゼリクにも言ったが、警察長官にも言っているはず。この指名手配はその影響だろう。まずいね。警察長官は三大老ではないし、吸血族でもないけど、かなり厄介な人物のはずだ」


 しばらくすると雨が強くなり始め、二人のコートが焦げ茶色へと変色していった。


 シトラスは見た目に似合わず煙草に火を点けると、図書館の正面扉を開ける。


「カトレアが反対から行ってるらしいです。私たちも早く行きましょう」


 アレックスは煙草の煙を手で払うと、シトラスの右側にぴったりと付いた。


「僕は戦うの専門じゃないからね。頼むよ、何か出てきたら」






 ロランがカシムの首を掴んで壁に叩きつける。


「カハッ」


 カシムの脇腹から、聞いたこともない音と共に高温の熱にも似た激痛が走る。


「ウォオオオオオオオオオ!!!!!」


 ロランはそんなことを微塵も気にすることなく、再びカシムの腕を掴んだ。


「グァッ!!僕は負けない!ここじゃ終われない!!」


 カシムがロランの手に電気棍を叩きつけると、バチンという音が鳴り電光がはしる。

 しかし、ロランの手には火傷跡が付いたが、その勢いは全くとどまるところを知らなかった。


「ロラン、やめろ!おかしいぞ!いったん落ち着け!!」


 クリスが立ち上がり、銃を捨てて獣化したロランの背に飛び乗ると、針のように鋭い毛皮がクリスの腕を貫いた。


「ウガァアアアアアアアア!!!」


 ロランはカシムを離し、背のクリスを振り下ろそうとする。

 しがみついたクリスを引きはがそうとするロランは、部屋をぐちゃぐちゃにしながら地下室を暴れまわった。


「やめろ、ロラン!お前もボロボロだ!背に、ガハッ、背に、シャンデリアもぶっささってんぞ!」


 ロランの脳内は“奴”が支配しており、ロランは完全に記憶を失っている。


 クリスがロランと格闘している間、カシムはゆるりと立ち上がった。

 カシムは口元の血を拭う。

 

「痛い…。僕は、一足先に抜けさせてもらう。僕の兵器はまだ完成していないからね。じゃぁ」


 カシムはそう言うと、食堂の奥へと歩いて消えていった。


 クリスは慌ててロランから降り、カシムを追うがロランがそれを許さない。

 鎌のような爪でクリスの足を貫いた。


「ギィ!クソッ、やめろ、ロラン!どうしちまったんだ!お前らしくねぇぞ!目を覚ませ!」


 全身から血がだらだらと流れ、ロランは猛獣のような眼をしてクリスを睨んでいる。


 しかし、そこで一瞬狼の表情が崩れた。


「やめろ、獣!僕を離せ!お前は、誰だ!僕じゃ、ない!!」


 ロランはそう叫び、クリスから離れて地面にへたり込む。

 見る見るうちに獣化が解けていくが、首から上と両手の獣化は戻らなかった。


「黙れ小僧!俺はお前でお前は俺だと言っているだろう!!」


「大丈夫か、ロラン!」


「お前は人を殺し、その血肉を喰らうために生まれて来た存在!」


「ロラン!何が聞こえてる!ロラン!俺の声を聞け!!」


「お前は人為的に作られた存在!普通の人間じゃない。黙って吾輩の言うことを聞けい!!!それに、貴様は―」


「ロラン!俺が助ける。俺の声を聞いてくれ!どれだけを俺を傷つけてもいい!なな、帰ったらルーシーさんに告白しねぇと!好きなんだろ?いや、まだ早いか?な、おい、みんな待ってるって…」


「よし、こいつを殺せ。お前がロデリックの死に際を鮮明に記憶しているのは罪悪感からなどではない!下等種族である獲物を捕らえたいという狼の欲求の表れだ。さぁ、殺せ!やれ!!!」


 ロランが座ったまま呻き声をあげて苦しんでいる時、食堂の奥から二人の男が入って来た。


「誰だ!」


 クリスが叫んでそちらを向くと、そこにはキッドと、その肩にもたれかかったルピナがいた。


「ロラン、無線でロータスさんから聞いたぜ」


 ルピナがロランの側に来て語り掛ける。


「ロデリックおじさん、やったんだってな」


 その一言にロランがより苦しむ。手は地面を抉り、爪と指の間からは血が流れた。


「ありがとう。おじさん、ずっと苦しんでたんだ。やっと終われて良かったんじゃないかと思う」


 ルピナの頬に涙が伝う。


 しかし、それでも“奴”の声は止まらない。


「殺したことは事実。何をいまさら許しを乞うている?自分で打ち明けることもできなかった弱い人間が、このままのうのうと生きられるとでも!」


 ルピナが涙を拭い、さらに続けた。


「ラーラは、生きてるらしい。エマさん達が本部で預かっているらしい。ラオの惨劇を生き延びてオスカルと言う紳士に助けられたんだとよ。なんだか久しぶりの再会で恥ずかしいぜ」


 ロランの握った拳の力が緩まっていく。


「バカめ。ちょっと優しくされたくらいで。すぐにそれに()()()のだ。まぁいい、次吾輩が来たときは、存分に暴れようではないか。覚えておけ?小僧―」


 獣化も段々と解け始め、暫くすると元通りになった。


 ロランは意識を取り戻し、ハッと辺りを見回す。


「ロラン!」


 クリスが叫び、キッドも目を輝かせる。


 ロランは三人を見ると、即座にルピナの前へと座り、頭を下げて言った。


「ごめんなさい。こんな言葉じゃ到底足りないし、正面からちゃんと言えなくて、ごめん。僕、君のおじさんを殺して、君の正体をクロノスにバラしてしまった。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい!これから、どうにかして…償っていきます」


 ルピナは怪我した部分をさすりながら、ニコリとして言う。


「いいよ。許す。俺が、許す。償いもいらない。だって親友だろ?しかも、クロノスにハーフってバレたけど、誰も俺のことを白い目で見なかった。今まできもいと思ってたけど、意外と悪くねぇぜ。あの団体」


「聞こえてるよ。無線入れたままになってるからね」


 エマが無線から怒った声を出す。


 それからロランはクリスに向き直り、同じように頭を下げた。


「ごめん、クリス。僕、いつも君の足を引っ張ってばかりだ。助けるはずが傷を負わせてしまった。ごめん。今回も助けてもらって、ありがとう」


 ロランがそう言うとクリスは少し照れて言う。


「おう。いいよ、んなこと。ったりめーよ。それよりもお前が死ぬんじゃないかとひやひやしたぜ」


 クリスはロランに肩を貸してもらい、ゆっくりと立つ。


「カシムは逃がしたが、こっちの裏切り者と敵幹部は一人やった。少しずつゼリクに近づいてはいるぜ。お、これは…?随分ボロボロだが、懐かしい!カシムが作ったのか」


 クリスはそう言い、床から何かを拾った。


 ロランはそれに構わずクリスの足を心配している。


「さ、帰ろう。オリバーにも会いたいし、な」


 ルピナはそう言うと再び帽子を被り、キッドの肩を借りてゆっくりと立ち上がった。






 その後、彼等は他のクロノス教徒達と合流し、顛末を話してから、馬車で軍部救護室へと向かった。






 クリスとルピナ、ロータスは医務ベッドに横たわって馬車に揺られていた。


「まさかお前がロランの幼馴染クリスだとはな」


 ルピナはそう言い、クリスの方を見る。


「まさかお前がロランのチームメイトとはな」


 今度はクリスがルピナに言った。

 二人は顔を見合わせ、フッと笑うとそれぞれ馬車の天井を見る。


 その後しばらくの沈黙が続き、クリスはポケットから小さな四角い機械を取り出した。


 それにロータスが気づく。


「クリ坊、それ、なんだ?初めて見たな」


 ロータスの質問にクリスは嬉しそうに答える。


「たーぶんこれはカシムの発明なんですが、異界から来た設計図を見て作ったかも。どおりで奴が電気を使えるわけですよ。さてさて、これは使えるかな?」


 クリスがいくつかボタンを押すと、小さな機械から急に爆音が流れ始めた。


「うるさい!!!」


 急な音にびっくりしたルピナがクリスに怒る。


「悪ぃ悪ぃ。イヤホンなしの直スピーカーに改造されてるとは思わなくてよ」


 クリスがそう言って少しボタンをいじくると、音が小さくなる。


 そこから流れてくるのはカシムの声だった。


「テステス、このスピーカーをアーティファクトの胴体に入れて、いずれ彼が喋れるようにしようと思う」


 ロータスは小さな機械に驚いた。


「何だそれ!過ごすぎる!どういう仕組みだ!小人がその中に居んのか!?」


 クリスは自慢気に質問に答える。


「まぁ、スピーカーですかね。見た目的に、音楽が鳴ると思ったんすが…」


 クリスがさらにいくつかのボタンを押すと、メニューが表示されて曲名の一覧がずらっと並んだ。

 その一番上を押すと、音楽が流れ始める。


 クラシックが馬車の中を流れ始めた。


 ロータスがもう一度食いつく。


「今度は何だクリ坊!その中に小さいオーケストラがいんのか!?」


 クリスは満足げに答えた。


「だから違いますって!へへん。これはウォークマンっていうんすよ。すごくないスか!俺が元いた世k…じゃなくて、本を読んで知ってたんす!」


 クリスはロータスにそう言うと、すらすらと曲を変えながら様々な音楽を聴く。

 すると、急にイントロに聞き覚えのある曲が流れて来た。


「これ、あれか?」


 暫くすると、聞き慣れたボーカルの声がすんなりとクリスの脳に響く。

 その曲はクリスが生前、佐藤雄志として生きていた時によく聞いた曲。


 洋楽で、佐藤雄志は歌詞の意味が分かっていなかったが、何となくの雰囲気でその曲を楽しんでいた。


 それから次の曲にすると、また聞いたことのある曲が流れて来た。


「これも、……これも!」


 それだけじゃない。さらに進むと、他バンドや他歌手の歌でも聞き覚えのある曲が流れて来る。


「懐かしい!そうそう、前から、こういう壮大な世界観の歌が好きだったんだ!」


 クリスは興奮し、急に鳥肌が立つ。


 さらにウォークマンについたボタンをいじくってみると、急に“■生間▲信●”という文字が画面に出た。


 クリスはそれに驚く。


「日本語!?え、じゃぁ、これはカシムの発明じゃない。多分、向こうの世界から来たものだ!いや、絶対そうだろ!」


 クリスが大きい声でそう言うと、ルピナがクリスの頭を叩く。


「はい、静かにします」


 クリスはそう言い、再び画面に目を移すと、そこには邦楽がずらりと並んでいた。


 そしてクリスは思わず叫んでしまう。


「すげぇ!!!久々の日本語だ!!!」






 ルピナに殴られたところをさすりながら、クリスは三度(みたび)ウォークマンに目を移した。


 そこにはあらゆる曲があり、項目を変えればどんな言語の曲だって入っていた。

 クリスは迷わず日本語を押し、曲名を眺める。


 クリスは暫く曲一覧を見つめた後、ニヤニヤして一つの曲を選んだ。






 前奏のドラムが鳴り始める。


「あーこれこれ。クソ、懐かしいな」


 ドラムだけが響く中で、だんだんとAメロに近づく。

 歌が始まると、クリスはごく小さな声で口ずさみ始めた。


「わたし、ち―」


 ロータスとルピナが驚き、ロータスが聞く。


「クリ坊、初めて聞く言葉だな、それ。地元の言語か?」


 クリスは二人の方を向いてにっこりと笑うと、途切れることなく歌い続ける。






 クリスと繋がれた無線機から流れる曲を口ずさみながら、パソコンの画面をじっと見つめるエマ。


「ルーシーさん、この”パソコン”、どこで手に入れたんですか?」


 エマが聞くとルーシーは悩んでから言う。


「多分すぐにわかるよ。やっとここまで来たんだから」


 ルーシーは意味深なことを言うと、静かに部屋を出て行った。

 エマは一人になった部屋で歌を口ずさみ続ける。


「ふふふふん」






 クリスは目を瞑り、前世の記憶を辿っていた。


 仲の良かった少女にいつも病床で聞かせてたこの歌。

 くじけない気持ちを与えてくれる、暖かいこの歌。


 何となく、この歌を歌っていればもう一度彼女と会えるのではないかという気持ちになる。


「ロータスさん、これファイト!って曲です」


 クリスの頬を一筋の涙が流れ、彼は一番を歌い終わった。


 そしてクリスは目を擦りながら言う。


「思い出した。俺、ゆーじだ。前世の名前、雄志だ。で、あの子はナッちゃん?なっちゃん、夏ちゃんだ!ハハハ。何か、久しぶりに会えたみたいで嬉しいな」






 エマは無線から流れる曲を無意識に歌っていたが、それが前世で何度も聞いた曲だと分かる。


「ファーイト!!」


 そして無線機から流れるクリスの声。


“夏ちゃんだ。ハハハ。なんだか、久しぶりに会えたみたいで嬉しいな”


「え、い、今何て?―なななななっちゃん?ゆーじ!?」


 エマは愕然とした。


―どういうこと?


 まずその疑問が来たが、彼女の脳内には、程なくして暫く思い出すこともなかった、セピア色の記憶が流れ込んで来る。

 それと共に包まれる懐かしさ、感動。


 すぐにエマは納得し、改めて確認した。クリスに惹かれる理由と、これまで感じていた違和感。バイクを知っていることだってそう。


 そして佐藤雄志、つまりクリスに会いたいという気持ち。


 エマはパソコンだけが照らす暗い部屋の中、一人で笑いながら泣きじゃくっていた。


「「ファーイト!!!」」


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