第五話 初任務➀
運転手の男の顔利きにより、クリスとロランの家はすぐに決まった。
新居の場所は町の西、廃材置き場の近くの大きな屋敷だった。壁にはツタが巻き付き、中は埃だらけ。
見てわかる通り、屋敷はもう長らく使われていないらしいく、立地や手入れの難しさからもわかるように、家賃は激安だった。
「ありがとうおっさん。何もかもしてもらって恩に着る」
「本当にありがとう」
運転手の男との別れるとき、クリスとロランは丁寧に、深々と頭を下げた。
「いい事よ。どうせすぐ使わなくなるだろうし。簡単に死ぬんじゃないぞ。あ、そっちの坊主にこれを渡してなかったな」
そう言って彼は、ロランに渡したものと同じ模様の布をクリスに渡した。
ボロボロの布に、金色の三角型をした刺繍をした例の布。
「なんだこれは?」
クリスは困惑しながらも布を畳み、それをそのまま右ポケットに突っ込んだ。
「まあもらっとけ。いずれ役に立つさ」
優しい笑みを浮かべている彼はどうやら上機嫌なようだった。
「ありがとう」
もう一度クリスが礼を言う。
その後、運転手の男は一度も振り返らずに屋敷を出て、馬車で去っていった。
翌朝、ついにステティアでの新生活が幕を開けた。暗殺依頼は勝手に屋敷のポストに入れられる。どうやら初依頼がすでに投函されていたらしい。
「おーいクリス、初任務来たぞ!Mr.K,R様宛だって」
朝日漏れるダイニングのドアを開けながらロランが言うと、マッシュポテトを口に入れたままのクリスがサムズアップした。
「僕的には今まで稼いだ金で装備をそろえたいんだけどね」
「え~後でいいじゃん。俺ここの飯うますぎて食費に全部あててもいいかな~とか思ってるけど」
口いっぱいに焼き立てのソーセージを詰めながらクリスが言う。パリパリという音と、肉肉しいワイルドな香りがロランの食欲をそそった。
「うまそ」
「んで、どこの誰を殺せって?」
ボロボロになって、穴の開いてしまったナフキンで口をふきながらクリスが尋ねる。
ロランが送られてきた手紙を開け、そこに書かれた文章を読む。
「ジョン べネックだって。はじめての依頼だからか相手は一般人らしい。なぜこの人を殺すのか理由は知らされないようだけど」
「ふーん。俺が組織内で成り上がってゼリクと会うための犠牲になってもらおうか」
「....」
クリスが食卓から立ち上がると、ロランの方を見る。ロランはすでに仕事服に着替えて準備をしていた。
「できれば殺さない方向で行きたい」
「俺が善人だと判断したら殺さないのもありかもな」
そう言ってクリスはナイフ、フォーク、皿を流し台に置いてから着替え始めた。
「クリス、指定の住所に行くまでに一つスーツベストを買わない?さすがにこの田舎者丸出しの衣装じゃ目立ちすぎる」
ロランがバイオリンケースにマチェットを入れながら聞く。
「買うかぁ。血が目立たないように黒買おうぜ」
「そうしよう」
そう言っている間に二人の準備が終わる。ロランが玄関のドアを開け、二人は晴れやかな青い天の下町へ繰り出した。
しばらく道なりに進むと小綺麗な仕立屋があり、二人はそこで服装を整える。すっかり両人とも都会人の装いになって店を出てくると、二人は何も言わずに互いを見て、グータッチをして感動を分かち合った。
そうやってやっと標的の元へ歩き出そうとした時、一人の子供がクリス達の元へ走ってきた。
「お兄さん、助けて!後ろに隠してもらうだけでいいから!!」
薄汚れてボロボロな服を着た獣人の男の子が、手枷のついた小さな手でロランのスーツベストの裾を掴む。
クリスとロランは黙って顔を見合わせた後、ロランがにっこりと笑ってその子を自分の後ろに引き寄せた。
丁度その子が隠れてすぐに、身長の1.5倍もある鉄パイプを持った男がクリスとロランのもとへ来た。
「おい、そこの金髪野郎、このくらいの犬小僧を見なかったか?」
「金髪野郎とはなんだ、失礼な奴だな。彼ならこの道を走っていったよ」
クリスが答えると、その男は礼もせずにまた探しに走っていった。ロランは後ろに隠れていた子供に彼が去ったことを伝える。
「ありがとうございましたお兄さん達。獣人の人とは言え、まさか奴隷であるぼくを助けてくれるとは思いませんでした!」
クリスとロランは奴隷という言葉を聞いて驚いた。
「君は、奴隷なのかい!?」
「はい。ステティアの一部では獣人の奴隷が合法化されてるんです」
「そんな、馬鹿な」
二人とも開いた口が塞がらなかった。続けてその子供が言う。
「お二方は知らなかったんですね。残念ながらこの国では、獣人に対して非常に冷たいんですよ」
少年は辺りを見回し、近くに先ほどの男がいないか確認してまた町へ出ようとした。
それを見たクリスが、この可哀そうな少年に言う。
「ちょっと待て、これから行く当てはあるのか?」
ロランも心配そうに彼を見る。
「はい。もしばれたらいけないので場所は言えませんが、安全なところがあります。下水道を使って行けば、絶対にばれることもありません」
安堵したのか、クリスがほっと溜息をついた。
「じゃあ、そこまで気を付けな。俺たちはクリスとロラン、またもし何かあったら言うんだぞ」
「ありがとうお兄さん達。僕の名前はキッド。いつか恩返し出来たらするよ!本当にありがとう」
そう言うとキッドは路地裏へ走り去っていった。
「まさか未だに奴隷があるなんてな。それも獣人だけとは」
少年の背を見ながらクリスが言う。クリスは前世が平和を噛み締めてきた日本人であるだけに、より大きな衝撃を受けた。
丁度キッドが見えなくなったあと、反対の路地から鉄パイプの男が戻ってきた。
「おい、てめぇら!!」
追っ手の男は鉄パイプをこちらへ向けながらこちらへ歩いてきた。
「どういうことだこの野郎!そこの貴婦人に聞いたらそこの犬カスがうちの商品をかくまったって言ってたぞ!」
「僕はクズとはまともに話せないもんでね」
ロランが冷淡に答える。
「あらそうですかぁ、じゃあお前らに刑を執行してやるよ!この俺、ハキ様に逆らった罪でな!!」
言い終わると同時に鉄パイプを喉元へ突き出してきた。すれすれでロランが避け、クリスがハキの脛めがけて蹴りを入れるが、右足で軽くいなされてしまう。
「なぜ俺が鉄パイプ使ってるかわかるか?こいつがあればリーチが広いからだよ。今まで何度も1対多で戦ってきたが、一回も負けたことねえんだ。人呼んで竜巻のハキ様だ」
クリスとロランはその自己紹介にクスリと笑い、臨戦態勢を構える。
「ハキさん、だせぇ自己紹介をありがとよ!」
クリスはそう叫び、再びハキへの接近を試みた。しかしハキの牽制に阻まれ、クリスの足は前に進まなかった。
今度はハキがクリスの足元を掬い、それをジャンプで避ける。振り抜かれた鉄パイプがそのまま壁にめり込んだ。
ハキが鉄パイプを抜く隙にロランが上段蹴りを仕掛けるが、見ずに避けられる。さらに抜いた鉄パイプを大きな円状に回し、まさに竜巻ともいえる攻撃がロランとクリスを同時に襲った。
間一髪のところでクリスは避け、ロランはバイオリンケースで受け流す。クリスとロランは手も足も出なかった。
最初はただの喧嘩だと思っていた聴衆も騒ぎ始める。
丁度その時、警察官が笛を鳴らしながら止めに来た。
「こら!君たち何をしているんだ!」
「チッ。ご主人に喧嘩したのがばれるとまずい。この勝負はお預けだな」
そう言うとハキはそのまま走り去っていった。クリスとロランも慌てて警察官から逃げる。
するとハキの去り際、二人は警官がこんなことを言っているのを聞いた。
「こら、また君か!ベネックのとこの用心棒」
ロランがベネックという名前に反応する。
「もしかして、ターゲットじゃないか?」
「ほう、なるほど。どうやら今回のターゲットは殺してもよさそうなんじゃ?」
クリスはコートの襟を正しながら、ロランへ不敵な笑みを向けた。