第五十四話 忠実なる家族➂
マンナズは急いで保管庫の棚に隠れる。
貧血状態の吸血族且つ獣化、しかもハイイロオオカミ種の上位能力持ちというルピナは、ギラギラとした目を輝かせてマンナズを探していた。
「出てこい!ここまで俺にやったこと全部覚えてるからな!全部味わわせてやる」
マンナズは本棚の陰に隠れて頭をフル回転させた。
「あぁ、あれはやべぇ。ゼリク様が一族を消すはずだ。強すぎる。どうにかしなきゃまずいぞ」
しかしマンナズの犬耳と尾は垂れ下がり、完全に恐怖で支配されている。
ルピナがどこか遠くの本棚をなぎ倒すと、辺りに凄まじい音が響いた。
マンナズは元々孤児院出身である。
クリスやロランと同じようにそこで幼少期を過ごし、引き取られることなく育ってきた。
しかし、彼が過ごした孤児院は、クリス達のものとは大きく異なった孤児院だった。
「おい!お前ら並べ!残ってんのを食え」
冷酷な目をした吸血族が、マンナズの首を掴んで寸胴鍋の近くに投げる。
マンナズが調理テントの元へ投げ飛ばされた後、数人の獣人族が同じように無理やり連れてこさせられた。
子供たちは地面に座り、自分たちの前に鍋が来るのを待つ。
ここは炭鉱のすぐ近く、大きく口を開けた坑道のすぐ側だった。
「マンナズ君。大丈夫?」
マンナズの隣に座る少女が言う。
鍋の中には様々な残飯が混ぜられ、スープのようになった食べ物が入っていた。
マンナズは無言で頷き、冷め切った残飯を手ですくって口に運ぶ。
恐らく吸血族が嫌がらせで土か何かを入れたのだろう。じゃりじゃりとした口触りが不快感を増させた。
獣人族によって掘削が進められている炭鉱では、親を事故で亡くした子供達はすべてここへ連れてこられていた。
マンナズもその一人。
両親の顔など覚えていないし、ましてや孤児院という地獄の外すら見たことがない。
マンナズにとってのこの世界は、吸血族に虐げられるだけの苦痛に満ちた世界だった。
そんなある日、炭坑を視察しに、一人の技術者が孤児院を訪ねることとなる。
マンナズが照った日差しの中、井戸で労働者の服を洗っていると、後ろから声をかけられた。
「君、その量の服を一人で洗っているのか?」
男は赤い目に片眼鏡、スーツと炭鉱には似合わぬ姿をしている。
「はい」
マンナズが答えた。
「いやいや、無理だろう。君のその小さな手では効率が悪い。君はこの仕事を辞め、他の大人に変わりたまえ」
男がそう言って立ち去ろうとしたが、マンナズはそれに物怖じすることなく答える。
「いえ、支配者層の人達は、いつも僕に終わらない仕事を押し付け、罰として僕を殴っているんです。だから無理です」
マンナズが手を止めず、こちらも見ずに言ったのを見て、男は奴隷の子供が鉱夫に比べてひ弱そうな自分を舐めているのだろうと思った。
吸血鬼の男は意地悪そうな笑みを浮かべてマンナズに言う。
「ほう。生意気なクソガキだ。吸血鬼である僕が君を殴るとは一ミリも思わなかったのかな」
マンナズはそれでも男を見ずに言った。
「恐らくあなたは今日視察に来た技術者の方でしょう。その綺麗なスーツに血が付くようなことはしないだろうと思って発言しました。それに、職人として手が大切であろう貴方が、そんな簡単に私を殴るわけがない。これだけじゃ不十分です?それと僕はマンナズです。クソガキじゃない」
男はこれだけ利口な奴隷の子供がいることに驚いた。
それに彼が考えていることは全て当たっている。
「素晴らしい。君は非常に頭が良いのだな。君はもっとその才能を役に立たせるべきだ!僕はカシム。よろしく」
カシムは振り向いて、笑顔で言った。
一方マンナズは、怪しげな吸血鬼の男が、先ほどまでとは打って変わって、自分へ友好的な態度をとったことに警戒する。
しかし、今まで人として扱われてこなかった彼にとって、自分に対して使われた才能という言葉は、大きな興味を示す理由として十分なものだった。
「僕に才能があると?」
マンナズはやっとカシムの方を向いて聞いた。
カシムはニコニコとしてそれに答える。
「あるよ。でも、人生で才能を持っていても、その人生の内で生かしきれない人々は大量にいる」
カシムは躊躇せず地面に座るマンナズの隣へ腰かけ、そのまま続けた。
「しかし、僕はそんな彼等にも平等なチャンスがあると思う。そのチャンスを掴めるかどうかの差は、執念だよ。自分で一歩を踏み出せる奴さ。それも大きな一歩。ただの一歩じゃないぞ。それ以外は雑魚だ。少なくとも僕の眼中には無い」
カシムは身振り手振りを使ってマンナズに語りかける。
マンナズはカシムの言っていることがよく分からなかったが、この熱く語る男が、自分がこの地獄から出て行くきっかけとなるのではないかと薄々感じていた。
「執念は大きなエネルギーの塊だ。それが他人に増減させられるようじゃダメ。おそらく君は今すぐそれをコントロールできるわけじゃないだろう。しかし、今日、君の大きな一歩目を踏み出さないか?僕が協力してやろう。ただし実際に踏み出すのは君だけどね」
その夜、マンナズは吸血鬼の監視三人、全員寝首を掻いて孤児院を出た。
そして孤児院の外で一人の男と合流する。
「どうだ?良い一歩を踏み出せたか?これからは君の好きなことをすると良い。少し僕の研究や仕事に協力してくれれば、君を全力でバックアップしてあげよう」
カシムがそう言ってマンナズの手を握った。
マンナズは白い耳をピクつかせながら言う。
「はい。俺があなたの右腕になりましょう」
本棚の陰でマンナズが覚悟を決める。
「俺が、大きな一歩を踏み出す時が来たのか。俺の好きなことの為じゃない。カシム様のために。まさかここまでカシム様を慕っているとは、自分でも驚いたな。ハハ」
マンナズはそう言うと、ぬるりと本棚から姿を現す。
数メートル先には両手にアイアンクローを持って、且つ獣化で爪が鋭く伸びたルピナがマンナズを探していた。
マンナズは右手にダガーを持って、ルピナの背中へ走り出した。
マンナズはなるべく静かにしたつもりだったが、ルピナがすぐに気づき、裏拳でマンナズを吹き飛ばす。
ルピナがマンナズの飛んでいった方向を見ながら言った。
「ネタが、いや、タネが尽きたか?そんなもので俺を倒せると思うな!さぁ、ハティかアロンについて知っていることをすべて喋るんだ!」
ルピナがそう言うと、マンナズは叩きつけられた本棚からゆっくりと立ち上がった。
衝撃により体の複数個所が切れ、本棚の破片も体に刺さっている。
「黙れ!その情報は渡さないし、ここを通すつもりもない!俺が貴様をここで潰す」
マンナズがそう言い始めると、見る見るうちにマンナズの体が毛深くなってきた。
顔つきも狼に近づき、手がどんどん狼へと変化していく。
それはハイイロオオカミやハティ族の人狼的な獣化とは違い、目と口だけが出た、狼のマスクを被ったような姿、さらには背や尾の毛も伸びて、まるでコートを着た姿へと変貌した。
「ここに来て獣化の覚醒か?勘弁してくれ。こっちは血が足りてねぇんだ」
ルピナはそう言うとアイアンクローと爪をマンナズへと振りかざす。爪は毛皮で躱し、そのままマンナズがルピナの鳩尾を殴った。
ルピナが吐血する。
マンナズが一度引き、軽くステップを踏みながらマンナズに言った。
「どうやら俺の毛皮はあったかいだけじゃなかった。クソ硬くもあるようだ」
マンナズが拳をルピナへと突き出し、ルピナがアイアンクローでそれを遮る。
拳と鉄がぶつかり、金属音と共に火花が散った。
ルピナが肩で息をしながら言う。
「お前の毛、金属並みに硬ぇじゃねえか」
ルピナがマンナズの頭上から鉤爪を振り下ろし、マンナズはそれを避けたり受けたりしながらカウンターへ繋げる。
マンナズの全身についた傷からは血が出て、ルピナの口や左手からは乾燥して黒くなった大量の血がこびりついていた。
何度も攻撃を当てあう二人、ギリギリで立っている二人。
互いに防御することもなく、ルピナがアイアンクローをマンナズの体に当て、マンナズが鋼鉄の拳をマンナズの体へ当てる。
「うおおおおおおお!」
「そろそろくたばりやがれ!」
互いの打撃音がバシバシと鳴り響き、互いの武器が重なった時は金属音と火花が散る。
「家族のために!!」
「カシム様のために!!」
連打を繰り出す二人はボロボロになっていたが、遂には全ての力を振り絞って最後の一撃を繰り出す。
「諦めろ手品バカァア!!!!!」
「くたばれハーフ野郎ォオ!!!!!」
全力の攻撃が丁度真ん中でぶつかり合い、爆発にも似た炎と、衝突による爆音が保管庫の中へと広がった。
二人は吹き飛び、保管庫の床へ倒れる。
辺りに煙が立ち込め、部屋が静まり返った。
周りには少し焼けた本が散らばる。
煙の中で立ち上がったのは一人。
―ボロボロになったルピナだけだった。
左頬にはマンナズの一撃をわずかに掠った跡があり、気絶したマンナズの右頬にはアイアンクローによる一撃がくっきりと跡になっている。
毛皮のおかげでアイアンクローが刺さりはしていなかったが、強烈な一撃による衝撃には耐えられなかったようだった。
ルピナはアイアンクローでわずかに相手の右ストレートをずらし、逆に自分はその内側から攻撃を当てた。
「戦闘経験の差だ。なかなか根性のあるやつだったぜ」
ルピナはそう言うと、クリスの足へアイアンクローをぶすりと刺す。
寝ていたクリスは慌てて飛びあがった。
「痛ぇ!てめ、よくもやってくれ、あれ、ルピナじゃねぇか。敵はどうなった!それに、な、大丈夫か!」
ルピナは朦朧とする意識の中でクリスに言う。
「奴はやった。お前は先へ進め。カシムは奥にいる。逃げる前に、早く行くんだ!」
「バカ!喋んな!全身から血が吹きでてんぞ」
クリスはそう言うとそのまま倒れそうになったルピナを支え、地面に寝かせる。
そのままキッドを起こし、二人でルピナの側へと駆け寄った。
「何してんだ。早く行け!俺のことは心配するな」
クリスは瀕死状態のルピナが気がかりだったが、ルピナの言葉を胸に、奥へ進むことを決意する。
「行こう。キッド。そろそろ他の奴らも来る。治療は彼ら任せだ。俺の後ろ、頼んだぜ!」
クリスがそう言いい、次の部屋の扉へと手を掛けた。
キッドが深刻そうな顔をして言う。
「そうですね。僕は残ります。ルピナさんは血が足りてません。僕の血を分けましょう。クリス先輩は一人で行ってください」
それにクリスが答える。
「よし、二人で奥へ進もう。罠があるかもしれねーから注意しt、うぇ!?キッド残んの!?」
ルピナとキッドが当然だろ?という風にクリスを見た。
「いやいやいや、あのカシムに対して俺一人!?マジで言ってる!?」
キッドはニコリとして言う。
「先輩ならいけます!余裕っすよ」
ルピナもニコリとして言った。
「まぁ俺は最悪お前が死んでもいい」
クリスがイラっとした表情でルピナを見る。
「お前マジ敵だったらボコボコにしてるからな?....体休めとけバカ」




