第五十三話 忠実なる家族➁
ロータスの腹部には複数の穴、アロンの左手には大きな裂傷。
満身創痍の二人だったが、互いに睨み合っていた。
ロランは半獣化しているが、アロンの言葉に惑わされて消沈している。
「てめーら二人で寄ってたかって俺をいじめやがって。どんだけ雑魚なんだよ」
アロンがそう言うと、ロランが睨む。
「特にお前、ロータス。お前何の才能も無いだろ。ただちょっと斧が上手いだけで、吸血鬼でもないし、頭が良いわけでも特別な技術があるわけでもない!この世界を舐めるな」
アロンが挑発してもロータスは一つも顔色を変えなかったが、明らかに拳を握る力が強くなっていた。
アロンが目ざとくそれを見つけて言う。
「人ってな、自覚している弱点を、わざわざ正論で突かれるのが嫌なんだぜ?知ってたか?」
ロータスが睨みながら言い返す。
「黙れ。お前、それマジで言ってんのか?クロノスではもっとバカだったろ。こんな腹の立つガキはかわいくないぜ」
アロンはニヤリとしてそれに返す。
「残念。お前は俺より弱い。それは事実だ。だがまぁ年齢に関して5,6歳は盛ってっけどな」
ロータスは苦笑いでそれに返した。
「うげ。俺とそんなに年齢変わらなそうだな。クソガキから“大人なのにガキ”へ昇格だ。いや、降格か?」
アロンがそれに笑った。
「俺は俺の好きなことをやってるだけだ。俺の親父が死に際に言ってくれた言葉でね。生まれてずっと不自由だったお前は好きに生きろって」
そこでロランが背後からアロンを刺そうとしたが、簡単に如意棒で阻まれる。
「待てロラン!こいつは俺がやる」
ロータスがロランに言った。
「馬鹿言うなボケカス。お前に俺は倒せねぇよ」
アロンがそう言ってロータスへと歩いて近づく。
ロータスは斧を構えてアロンに言った。
「多分お前、幼少期に何か辛い思いしたんだろう?んで世の中は不平等と気づいた。神もいないってな。そんな時に言われた父の言葉。それでこのありさまか。まるで昔の俺を見ているようだな」
アロンがロータスのすぐ前まで来て、顔を近づけてアロンに怒鳴る。
「うるせぇ!テメェに何が分かんだ!」
ロータスはアロンの目をまっすぐ見て言った。
「俺はフジさんに感謝しねぇといけねな。ロータスっていう馬鹿をここまで成長させてくれた。そして、アロンってやつに巡り合わせてくれた」
アロンが首を傾げる。
「何言ってんだ。俺の邪魔はさせねぇぞ」
ロータスがアロンと距離を取って続けた。
「俺はお前に分からせる!この世の中は超不平等で、みんながそれでももがき続けてるってことを。みんなで一緒に、一生懸命もがき続けるってことを!!!」
ロータスは斧を大きく振り上げ、アロンの頭上に落とす。
しかしアロンは如意棒でそれを流し、そのまま如意棒の逆側でロータスの腕を強打した。
「バカ。俺に勝ってから言え」
アロンはそのまま追撃し、何度もロータスの体を殴打する。
「ロータス先輩!」
ロランが心配するが、それでもロータスはロランを加勢させなかった。
「来るな!お前はカシムのために力残してろ!こいつは全部から逃げてんだよ。逃げて逃げて逃げて、逃げまくって来た。それを元の軌道に戻してやる!!」
するとアロンの殴打が少し遅くなり、代わりに一撃一撃に力が入り始めた。
ロータスはほとんどを体で受けているが、それでも顔は笑っていた。
「どうやら自覚してる弱点を突かれたようだな。アロン!!」
ロータスはそう言うと斧で足を掬って、アロンを一度引かせた。
今度はアロンが空気銃を出す。
「勝ってから言えってんだろ、ボケぇえ!!」
アロンが空気弾を放つとロータスはそれを斧の側面で弾く。
しかしロータスの体はボロボロで、既に立っているのがやっとであった。
「それがいつまで続くか」
アロンはそう言って空気銃を連射する。
ロータスは依然前に出れず、むしろ後ろに押されていた。
ロータスの片足が吹き抜けの柵にかかる。
すると急に空気銃が一旦止み、図書館に静寂が訪れた。
アロンは冷酷な面持ちで如意棒を構えている。
「これで終わりだ、ロータス。カッコつけなければまだチャンスはあったはずなのにな!」
アロンはそう言うと、如意棒を伸ばしながらロータスの腹へ突っ込んでいった。
全力でアロンが迫り、ロータスは防御の耐性に入る。
「来い。俺は逃げねぇぞ!!!」
勿論ロータスはそれを避ける体力や余裕などはなかったため、ド正面からアロンの如意棒を斧で受けて、二人共二階の柵を突き破って一階まで落ち始めた。
二人の雄叫びが重なる。
「「がぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ!」」
武器がかち合って鳴り響く金属音。
そしてすぐに二人が地面へ激突する音。
ドカッッ!!!!!
ロランは慌てて一階を見た。
粉塵の舞った一階に見えるのはロータスと、その上で馬乗りになったアロン。
「先輩、大丈夫ですか!」
ロランは一目散に一階へ降りて、ロータスとアロンに近づいた。
アロンの目は閉じ、ロータスはうめき声をあげている。
「先輩!」
ロランが言うと、ロータスは口から血を流しながらにこりと笑って、気絶したアロンを体の上から退けた。
「大丈夫。俺の足はもう使い物になんねーかもだが、アロンはキッチリと絞めたぜ」
ロータスの横に倒れたアロンの鳩尾には、自身の如意棒が食い込んでいた。
恐らくロータスは、アロンの如意棒を掴んだまま離さずに一階まで落ちたため、落下の衝撃が直に如意棒を伝って、アロンの鳩尾へと強撃を入れることができたのだろう。
ロータスは横になったままロランの手を掴んで言う。
「こいつは俺が縛っとく。すぐにクロノスから応援が来るから、お前はカシムが逃げる前に奥へ行け。いつも鍛錬してきたの、知ってるから。発揮するときが来たぜ」
ロランは覚悟を決めた顔でロータスに返す。
「分かりました。迷わず、行ってきます!ロータス先輩の為にも!」
ロランはそう言うとマチェットを握り直して奥へと進んでいった。
気絶したアロンと二人だけになったロータスが、天井を見てボソリと言う。
「悪ぃ、オリバー。俺、裏切り者だったとしても、アロン殺せねーや」




