第五十一話 地下挟撃作戦➁
ルーシーによれば、本の貸し出し窓口の奥へ行くとそこに関係者用の扉があり、奥は地下室まで繋がっているらしい。
気味が悪いほどに静まり返った図書館。
その中でロランとロータスはランタンを照らし、最深部にある本の貸し出し窓口を探す。
図書館南棟は二階構造になっており、二階はロフトのように一階の半分だけを覆って、吹き抜けになっていた。
「どうやら地下への入り口は二階にありそうだな」
ロータスがそう言い、二階への階段を上ろうとすると奥の方から扉が開く音がした。
その音に二人は警戒を強める。
ほどなくして図書館の奥から聞こえて来たのは聞き覚えのある声。
「おうおうおう。来てたんだ。お前らの所為で俺怒られたじゃんかよ。兄貴がキレてんの久々に見たぜ」
その声にロータスが顔を歪ませた。
「貴様、どの面下げてここに来てんだ」
ロータスが大きな斧を背中から降ろし、両手で持つ。
ルーシーの斧型アーティファクト程大きくはないが、程よい機動力と、十分な殺傷能力を発揮するロータスの斧は、暗闇の中でも禍々しく金属光沢を放っていた。
「ぶん殴ってやるよテメェ!」
ロータスが怒号を挙げ、階段を一段一段昇っていく。
ランタンを持ったロランは慌ててロータスの後を追った。
「気を付けましょう。闇の中では向こうが有利です。僕たちはここに来るの、初めてですから」
二人が階段を登り切った時、不気味に聳え立つ本棚の間を何かの影が通った。
ロランとロータスが背中合わせに警戒する。
夜の静けさの中で、僅かな足音をロランが聞き分けた。
「右、いや、左から来ます」
ロランがそう言って左側を見ると、本棚の陰から何かが出て来た。
「来た!」
ロータスが斧を振り下ろし、それを真っ二つにする。
大きな音を立ててそれが割れた。
「何だこれ!?」
しかしロータスが切ったものは、金属でできた子供用のおもちゃ。
手にシンバルを持った、ピエロの恰好をした猿がそこで真っ二つにされていた。
動力源であろうものは見られず、シンバルの重さでうまく歯車が回って、勝手に歩いて行く仕組みとなっているようだった。
「クソ。こっちの手の内はすべてバレてるわけか」
ロランがそう言った瞬間、ロランの背中に鈍痛が走る。
何かが刺さった感覚ではなく、強く殴られた感覚に近かった。
ロランは咄嗟に避け、後ろを振り向く。
「今確かにヤったと思ったけど、まさか背負ったマチェットに阻まれるとはな」
そこにはアロンがいた。
手で口元を隠してはいるが、緩んだ目の様子から、どうやら笑っているようだった。
ロランはランタンを床に置き、背負っていたマチェットを両手に持つ。
「僕はまだ君が敵であることが信じられないよ」
ロランが真剣な顔をして言う。
ロータスも振り向き、アロンと相対した。
アロンが不敵な笑みを浮かべ、二人を見て言う。
「君達は二人で、俺は一人。そっちずるくね?てかダサくね?」
アロンが如意棒を取り出すと、先の尖った方を伸ばしてロランの方へ向けた。
「たたっ切ってやる」
アロンの挑発に乗り、ロータスが一歩踏み込んで斧を振り上げる。
それに対してアロンが如意棒で構え、そのまま振り下ろされた戦斧を受け流す。
アロンはその如意棒をさらに伸ばし、後ろにいるロランの脇腹を掠めた。
「痛っ」
ロランが流血する脇腹をそのままに、すぐさまマチェットでアロンへと距離を詰める。
ロータスとロランが同時に得物を振り上げてアロンへと飛び掛かるが、アロンはそれを軽々と避け、再び二人の方へ如意棒を構えた。
「俺の如意棒が火を噴くぜ?」
アロンがにやけながらそう言うと、如意棒を横に振って、そのままロータスの脇腹に思い切りぶつける。
脇腹を負傷したロータスは二階の手すり部分にもたれかかり、斧を地面に突き立て、何とか二階から落ちずに踏みとどまった。
ロータスが一階に落ちなかったのを、意外そうな顔をしてアロンが見る。
かなり劣勢でも、ロータスの瞳からは闘志が消えることは無かった。
「クソッ。そういえばそれ、刺すだけじゃなかったな」
ロータスはそう言って、またアロンに飛び掛かった。
アロンとロータスの間で何度も武器がぶつかり合う。
暗闇の中で火花が散り、猛々しい金属音が図書館に響いた。
ロランがそこへマチェットを持ってアロンに切りつける。
ロータスの攻撃を捌くのに必死となっていたアロンは、ロランのマチェットで右腕を深く切りつけられた。
しかしアロンは近づいたロランの体へ蹴りを入れ、逆にロランを吹き抜けから一階へと付き落としてしまった。
スローモーションになるロランの視界。
落ちる途中、ロランがぶつかって砕け散った柵の木片がロランに刺さる。
ドッ
さらに、二階から落ちたロランの体が、重い音と共に地面に打ち付けられた。
ロータスが手すりから一階の方を覗いて、ロランを心配した。
「大丈夫か!」
ロランは骨の折れた痛みを耐えながら、無言でロータスの方へ親指を立てる。
「おいおい、獣人プラス人間 対 人間なのに、こっちが勝っちゃうよ?何か悩んでんのかな?ロランちゃん」
アロンはそう言うと、続いてロータスへと如意棒を向けた。
「次はてめーの番だロータス!!」
ロータスはそれに激怒し、叫び声を上げながらアロンへと立ち向かう。
「うおおおおおおおお!」
アロンは軽々と本棚の上へ乗ると、高い場所から如意棒を振り回した。
ロータスはそれに翻弄されながらも的確にアロンの行く先々へ斧を繰り出すが、なかなか斧は当たらない。
「じゃぁ、こうすんのはどうだ?」
アロンがそう言うと、今度は自分が乗っている本棚を思い切り蹴り飛ばした。
それに連鎖して、次々と本棚が倒れていく。
「クソッたれ」
ロータスはそう言って本棚を避けた。
雪崩のように溢れ出る本が、地響きを鳴らしながら二階を埋め尽くす。
「これじゃアロンに近づけねぇ!」
二階の本棚が全て倒れた後、埃の舞う図書館の中で、ロータスは遠く吹き抜けの辺りに立つアロンを見た。
「どうした?勢いがないぞ」
アロンがそう言うと、懐から一本の杖を持ちだす。
ロータスには見覚えのない武器だったが、ロランにはそれが何か分かった。
鳩小屋での一件で見た空気銃。
「まずいです!逃げてください」
ロータスと反対側から二階へ上る階段の途中で、すぐさまロランはそう言ったが、既に空気砲の一発目は放たれてしまっていた。
不可視の弾丸はロータスの右腕を貫き、肉を円形に削り取る。
「ガッ!痛ぇ!んだこれ、わけわかんねー武器使いやがって」
ロータスは地面に膝を付いて、血の出ている右手を咄嗟に抑えた。
「ハハハハハ。時代遅れの馬鹿ども。残念ながら俺らのアジトも、未来も、てめーらにはこれ以上見せねーよ!」
アロンがロータスにゆっくり近づいていく。
右手に如意棒、左手には空気砲が備えられており、首からはクロノス教団のネックレスが掛けられていた。
「ここで一旦ロータスを殺したいが」
アロンがそう言ったところで、アロンの後ろから声が聞こえて来た。
「待て、そうはさせない」
見るとそこにはロランがいた。
「だろうな」
アロンはそう言うとロランへ向き直る。
ロランは折れているであろう肋骨を庇ってはいるが、先ほどまでとは違い、目が青く光って犬歯が鋭く伸びていた。
ロランが一歩踏み込んだ瞬間、アロンもそれに合わせて動いたつもりだったが、気づくとロランの、右手の爪がアロンの首に食い込んでいる。
アロンと獣化ロランだと、その力の差は歴然だったが、それでもアロンは余裕だった。
「おっと。不殺のオリバー班じゃなかったのか?初めてお前の獣化を見たかもな」
それを聞いたロランがさらにアロンの首へ爪を食い込ませる。
真っ赤な血が爪を伝って流れて来た。
「お前、まだ迷ってんだろ」
アロンがそう言うとロランの力が少し弱まる。
「ウジウジウジウジ、何やってんだ。オリバー班が優しい奴ばっかで助かってんだろうが、そんなんじゃやってけないぜ。この世界は全部じゃんけんで決められるわけじゃない。殺し合いで決めんだよ。それはお前が一番わかってるはずだ。実際、お前の元相棒も復讐の鬼と化してんじゃねーか」
ロランはその言葉に一瞬頷きかけたが、すんでのところでとどまる。
「世の中じゃんけんでみんな決められらんねーのかな。だって暴力、嫌だよな」
アロンがそう言った瞬間、空気砲がロランの方へ向けられた。
ロランが咄嗟に対応するが、既に空気砲の先は、ロランの眉間ど真ん中へ当てられている。
そしてアロンが弾を打ち出そうとした時、直前でロータスが左手で斧を投げた。
さらにロータスが渾身の力で叫ぶ。
「アロン!武器を正確に投擲できんのは、カトレアだけじゃぁないぜ。さぁ来い!」
アロンがすぐさま振り向いた時、投げられた戦斧はすでに目の前まで来ていた。
「テメェ!!!」
アロンはそう言ってロータスに数発空気弾を撃ち込む。
放たれた弾丸は暗闇の中を切り裂いてロータスを襲うが、ロータスには全く見えない。
そのうちの二、三発がロータスの腹部へと当たった。
「ガハッ、ガ、ウゥッ」
吐血するロータス。
ロータスがその大きなダメージに嗚咽を持らすが、アロンの左手にも斧が刺さった。
アロンの左手からは大量の血が流れている。
そして両者は再び睨み合って言った。
「「こんの野郎ォォォォォォォオオオ!!!」」
アロンとロータス、互いの叫び声が図書館に響き渡った。




