第五十話 地下挟撃作戦➀
ロランとロータスはステティアの中心部まで来ていた。
人通りの多い中心部とはいえ、時刻はまだ夜三の刻。
昼間は人々でごった返す繁華街も、辺りにはしんみりとした空気が流れていた。
「なぁ、オリバー、死んじまったな」
ロータスが小走りでアロンの跡を追いながら言う。
「そうですね」
ロランがぼそりと言った。
「僕って、疫病神なんですかね」
ロランがロータスの方を向いて言う。
「そんなこたねーだろ。たまたまアロンが裏切って、たまたまオリバーがやられただけだ」
ロータスは泣きそうなロランをなだめるように言うが、ロランの表情は曇ったままだった。
「でも僕、それだけじゃないんです」
「どうした」
ロータスが一度立ち止まってロランと向き合う。
「僕、ルピナの冤罪を救えなかったうえに、ルピナの家族を殺してしまったんです」
「家族?」
「はい。ラオで、ブルートの配下だったんです。革命軍軍部長のお父さんの仇で、人質を取られてブルートに従ってたらしいです」
「そりゃきついな。友達の家族殺し、か」
「相手も、最後の力を振り絞って僕の命を奪いに来て。僕たちで咄嗟に倒したんです」
「ま、彼も、とどめを刺してほしかったのかもな。こればかりは俺も分かんねーけど、お前は、まぁ、悪いことかもしれんが、正当防衛というか、仕方なかった部分はあるんじゃないか?」
「いえ、やっぱり仕方ないとは思えないです。結局命を奪ってしまったので」
しかしそこで、ロランの脳裏にふとロデリックの最後のセリフがよぎる。
“貴殿に、三つ、忠告しておいてあげましょう…。
一つは、貴方の、その力は、貴方が思うよりも、大きな、危険な力を秘めているということ。
もう一つは、貴方には、“覚悟“が足りていないこと。自らでは、腹を括ったつもりでいるのでしょうが、あまりに敵に情けを持ちすぎています。
そして最後に、奇襲に気を付けることです!”
ロータスにそう言われると、確かにロデリックが全てを終わらせようとしていたふうにも思える。
ロランがぼーっとしていると、ルーシーから無線が入る。
「ほら!何してるの!今はアロンを追うことに集中して。まったくもう。過去は変えられないのよ。でも、未来ならいつでも変えることができるわ」
それを聞いたロランとロータスが、再び顔を見合わせて走り出す。
「心配すんな。俺がオリバーの仇討って、カシムもやる。俺は俺でフジさんに拾ってもらった恩を返すだけだからな」
ロータスがそう言うと、ロランは無言で頷いた。
「クリス!無事だった!?すごく心配だったの!良かった、何事も無くて」
エマが無線越しでクリスに言う。
「あぁ。大丈夫」
一度足を止めていたクリスが返事し、それを聞いたルピナがクリスに文句を言う。
「ケッ。戦う前ってのに女とイチャイチャしやがって」
クリスがそれに反応する。
「バカ。こいつは俺の盟友だ」
無線越しにエマが泣いた。
「とにかく、ルーシーさんにパソコンの使い方は教わりましたね?」
キッドが聞くとエマが返事をする。
「準備万端よ」
クリスは未だに、あまりの急展開についていけてないようだった。
「何で、パソコンを、ていうか、結局キッドとルーシーさんは何者なんだ?」
クリスが聞くとキッドは苦笑いした。
「えと、この中でパソコンというものを知ってるのは四人になりますね。ま、話は全て終わって、軍長の許可があったらします」
キッドがそう言うとクリスはますます頭がこんがらがる。
「とにかく、アロンを追いますよ。ここで、出来ればバックにいるカシムも叩ければいいのですが」
キッドがそう言って、クリスとルピナを置いて歩き始めた。
ここでロランサイド、クリスサイド双方の無線に情報が入る。
「「ステティア中央部の市立図書館、その地下へアロンが入っていきました」」
「クリス達は北口から」
「ロラン達は南側から」
キッドがランタンを持って先頭を行く。
三人は図書館までたどり着き、北側のドアを開けた。
図書館の中は暗く、黒い絵の具をそこら中へぶちまけたような闇が広がっていた。
「暗いな。足元気を付けろ」
ルピナが言うと、キッドは頷き、クリスは無視する。
「誰の気配もねぇぞ?」
図書館に並べられた本は紙の匂いを漂わせ、独特の空気感を放っていた。
古書のコーナーにはボロボロの本がそのまま置いてあり、本当にこれでよいのかと思うほど乱雑な扱いが為されている。
クリスはその中の一冊を手に取り、タイトルを読んだ。
「ゴールデン、スランバー?」
クリスの頭にはビールトズの曲が思い浮かぶ。
前世、親の影響で洋楽が好きだったクリスは、かの有名な横断歩道で、メンバーの四人が一列になっているアルバムジャケット“アビィロード”を思い浮かべる。
「ほら、行くぞ」
ルピナに呼ばれ、はっと我に返って図書館を進むクリス。
クリスが再び本を置き直した本棚には、古代語による未解読書物と書かれていた。
三人は奥へと進み、地下への入り口を探す。
図書館は北棟と南棟で分かれており、ロラン達とは地下で合流するようになっている。
ルピナがくまなく図書館の内部を回り、キッドも鼻を利かせて探すが、どうしても地下通路は見つからなかった。
「はぁ、疲れた」
クリスが捜索をさぼり、ボロボロで年期の入った本棚へもたれ掛かったところで、急にキィという音が鳴った。
クリスが振り返って見ると、本棚の位置が少しずれている。
「見てみろ!ここじゃないか?」
クリスが二人を呼び、すぐさま本棚を奥へ押す。
すると本棚全体が奥へとずれ、その先に真っ暗な地下への階段が続いていた。
「いっつも地下と夜だな」
クリスが悪態をつき、何の警戒もなく先へ進み始めた。
ルピナは“たまにはやるじゃないか”とでも言いたげな顔をしてクリスの後を付いて行く。
キッドもランタンの火を上に掲げながら、クリスの横へ追いついて先へ進み始めた。
ランタンの火が揺らぎ、天井からつるされたパイプの中から、何やら複数人の声がする。
それを聞いたカシムが驚き、マンナズを呼んだ。
「アロンが久々に帰って来たようが、誰だ、彼等は」
マンナズはその声を聴くが、全く持って心当たりが無い。
「おそらく、追っ手かと。南棟にも侵入者の音が聞こえるそうです」
マンナズは淡々と報告し、情報を分析する。
カシムがしばらく悩んだ後、マンナズに言った。
「あのバカ、帰って来た時に、位置がばれてるな。まぁ、博識者にやられたのなら仕方がない。彼女、いや、彼らはゼリク様、ブルート様のみ知る知識を持っている。アロンは叩き起こして南に、君は北だ。執事たちを盾に使ってもいいぞ」
“博識者”という言葉にマンナズが反応する。
「了解です。敵は簡単に倒せるでしょう。しかし、相手はたとえ奇跡でもブルートを倒した男。警戒すべきです」
それを聞いたカシムは一瞬悔しそうな顔をしたが、スッと真顔に戻る。
「そうだな。やはり彼らは侮れない。僕も一応避難しておくか?いや、もしここまで来れたら、強化版アーティファクトをぶつけてみようじゃないか」
カシムはそう言うとコートを羽織った。
マンナズを引き連れて自分の部屋を出て、食卓を目指す。
地下室の食堂には何十人もの人が座れるようなテーブルがあり、その部屋の入り口に、クリス達が列車で戦ったものよりも一回り大きい、新型のアーティファクトが置いてあった。
「せっかく兄様に内緒で博識者のことを調べていたのに。何としてでもここは守らせてもらうよ」
カシムは食卓に置いてあった、黒い警棒のようなものを持ち、その真ん中に着いたボタンを押す。
するとそれは青く光り出し、バチバチと電流が流れ始めた。
「水蒸気の時代は終わりだ」
そう言ってカシムは、電流の流れるその武器をぺろりと舐めた。
バチッ
「痛った」
「カシム様?」




