第四十七話 数奇➂
「おい、ルーシー曰くクリスが牢獄に連れてかれたって言ってるぞ」
若い黒髪の長身男は、ガラケーを耳に当てたまま近くの椅子に座る初老の男へ言った。
「そうか。坊主を行かせろ。そっちの方が信頼してくれるだろうからな」
殺風景な部屋の中で初老男が答える。
長身の男は電話越しの相手にその旨を伝えた。
その後電話相手と少し話し、電話を切ってから初老の男の隣へ座る。
暫くの沈黙の後、初老の男が喋った。
「ルーシーとは会えたか?アダム」
アダムと呼ばれた長身の男が答える。
「いや。会おうと思ったけど、無理だったよ。まぁエマは無事守られているようだけど」
アダムは煙草に火を点け、一口吸って煙を吐いた。
「刺客は?」
初老の男が聞く。
「いた」
アダムが答えた。
「どれくらい?」
「二、三人」
「全部やったのか?」
「あぁ」
アダムが自慢気に答えた。
「たまげた。お前、強くなったな」
「はっ。アンタのおかげで強くならざるを得なかったんだよ。残念ながらね」
アダムは笑って吐き捨て、そのまま続ける。
「そろそろ時が来ただろ?クリスを地獄に落とすときが。ハンスさんのおかげで手が出せないと思ってたが、まさかこっち側に来てしまうとは。まぁ、そういう運命なんだろうな」
「地獄とは人聞き悪いな。彼もどうやら私達と同じ目的らしいじゃないか。ウインウインの関係という奴だよ」
初老の男がそう言ったとき、急にドアをノックする音が聞こえて来る。
初老の男は、それが坊主だろう、と予想した。
コンコンコン
「あんたの目的は王室の復興だろ?俺達とは違う。あぁあ、クリスも可哀そうに」
アダムはそう言って立ち上がると、玄関まで行ってドアを開ける。
ドアの前には吸血鬼の男が一人。
瞬時に、アダムは何故ここがバレたと思った。
初老の男がアダムに言う。
「お仲間さんの返り血の匂いをつけて来たんじゃないか?」
その瞬間、アダムは刺客のこめかみにリボルバーを向ける。
吸血鬼はすかさずそれを躱し、アダムの腹に蹴りを入れた。
強力な一撃にアダムは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
吸血鬼はそのままアダムへ近づいて首を掴もうとするが、アダムに伸ばされた手を逆にアダムが掴む。
そのままアダムが吸血鬼と入れ替わる形で吸血鬼を壁に押し付け、ダガーを吸血鬼の手に刺した。
「痛゛ぁあああああ」
肉に刃が貫通しているため、吸血族の力で回復しようにも傷を治すことができない。
アダムが蹴られた腹を押さえながらリバルバーを構える。
一瞬で決着が決まったと思われたその時、初老の男にもアダムの耳にも、ドアの近くまで来ている、追加の刺客であろう吸血鬼達の足音が聞こえた。
「また逃亡生活が始まるぞ」
初老の男がアダムに言うと、アダムはやれやれという顔をした。
「まったく。ここには三日しかいなかったぞ」
アダムはそう言うと、壁に押し付けられた吸血鬼へ向かって引き金を引いた。
二人はこっそりと裏口から逃げ、真夜中の街を駆けていく。
途中白シャツに血を浴びて真っ赤になった、いかにもスチームパンクなゴーグルを着けた少年とすれ違ったが、二人は気にすることなく闇夜に消えていった。
「どういうことだアロン!」
オリバーが右手を押さえながら叫ぶ。
アロンはゆっくりとそちらへ向くと、訳の分からないことを言い始めた。
「悪いけど、俺はカシム様の僕なんだ。兄弟で仕えててね。ずっとクロノス教団で機会を待ち続けていたってこと。今回の目的のものは盗れなかったけど、大きな収穫はあった。エマだけが“博識者”じゃなかった。多分クリス君もだ。理由は分からないけど。ま、言っても分からないでしょう」
ロータスがアロンの着る白シャツの襟を掴んで、そのまま乱暴に壁へ押し付ける。
アロンが息苦しそうにロータスの腕を掴んだ。
「貴様この野郎!俺達を仲間とも思ってなかったのかよ!」
アロンは笑って答える。
「いや、帰って来いって言われるまでは割とガチでそう思ってたけどね」
アロンはズボンからスチームパンク風なゴーグルを取り、目に付ける。
「まー、これまでのことも楽しかったし、これからは別の陣営で楽しむ?って感じかな。色々経験してみたいから。何しようと俺の自由だろ?何でもできるのが俺様王様アロン様ってわけ」
ロータスはアロンの頬を殴る。
「テメェ!舐めてんのか!俺達がこれまでどんな気持ちでやってきたと思ってんだ!これまで自分のために、家族のために、世界のために……クソッ。よくもそんなぬけぬけと!」
アロンはプッと口から血を出すと、ロータスを睨んだ。
「俺は娯楽としてしか人を殺したことねーよ」
アロンはロータスの頬を殴り返し、ロータスがよろめいた。
アロンはゆっくりとテーブルに近づき、オリバーの手に刺さった槍を掴む。
「じゃ。そろそろ逃げないとバレそうだったから逃げるけど。もうちょっと早めに気づけたんじゃない?」
アロンはへらへらと笑って三人を煽る。
刹那にアロンが槍を抜き、そのままオリバーが痛みに悶えているところへ槍を一突き。
アロンの着ている白シャツが返り血で真っ赤に染まった。
オリバーの腹に槍が貫通し、声もなく吐血する。
「オリバー!!!」
ロランが名前を叫ぶも、荒い息遣い以外の返事がなかった。
アロンがゴーグルの横に着いたボタンを押すと、黒かったレンズが緑色に光る。
「これ、暗視ゴーグル。やっぱカシム様が一番すごいな」
アロンはそれだけ言うと部屋の電球を壊した。
地下に作られたクロノス教軍部では、電球一つが消えると部屋は真っ暗になる。
ロータスが焦り、手探りで辺りを探す。
「どこ行ったアロン!出てこい!見つけてぶっ飛ばしてやる」
ロランは手探りでオリバーに近寄る。
目の前にテーブルがあって、血に濡れた椅子があって。その横にオリバーが。
「オリバー。答えて!返事を!」
ロランはオリバーの手に触れた瞬間、彼の寿命が短いことを悟った。
暖かさは失われていき、だんだん冷えていく体温を感じる。
騒ぎを聞きつけて部屋に来た他の班員たちがランタンを持って駆けつけると、もう既にアロンが逃げた後だった。
「どうすんだ!オリバーがやられたし、アロンの居場所もわからない!情報も盗られたぞ!」
ロータスが苛立ってテーブルを蹴る。
ロランは、握った手からオリバーの脈が止まってしまったのを感じた。
「オリバーーーーーーー!!」
ロランの悲痛な叫び声は、クロノス軍部の地下施設全体にこだましていった。




