閑話➁ 日常/葬送
「やばい。やばいやばい!」
オスカルと情報交換を終え、さらに誘拐事件からも暫く経って、ラーラを連れて本部に返ってきたエマとリラ。
エマはクロノス教の本部、図書室で母の病気について調べていたが、急に席を立ってリラの方を見た。
「何がやばいんだ?」
リラが読んでいた本を置き、眼鏡を外しながらそう聞くと、彼女の膝の上に座っていたラーラもエマの方を見た。
「私、完っ全にクリスに惚れたかもしんない」
「えま、クリス兄ちゃんにほれたか。ケッ、調子に乗るな。あれは私のもんだぞ」
ラーラがエマを睨むと、リラがラーラの頬をつまんで横に引っ張った。
「こら、ラーラはそういう事言うでない。…ふーん、人と喋ることが嫌いなエマに好きな人ができるとはなー」
エマは顔を赤く染め、鼻息を荒くしてリラに言う。
「いや、別に助けてくれた時に白馬の王子が来たと思ったからとかじゃなくて、」
「あ、一応そうは思ったんだ」
「なんだろ、なんか、クリスといると、懐かしい感じがするというか、優しさに包まれるというか。ふへへ」
ラーラがリラの手を振りほどき、エマに言った。
「きしょ」
「ははは。言ってくれるねぇ、でもね、ラーラちゃん。君も大きくなったらこういう恋をするかもよぉ?」
エマが諭すようにしてラーラに言ったが、ラーラはリラに寄りかかり、リラの手首を掴んで言った。
「いや、ラーラはずっとリラの可愛い妹でいるもん」
(リラの心の声) ”ずきゅーーーーーん!!!!!!!”
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クリスがオファクを旅立つ直前、彼は一度ジィジと共にラオ革命軍の墓を訪れた。
「この地で安らかに眠れ、―カール…」
クリスが墓標に書かれている追悼文を読み、手を合わせてあの世での幸せを願う。
ここにはあの事件での、エアリアを除く全ての犠牲者が埋められていた。
砂漠の中で、少しだけ緑の生えた小台地の、一面に刺された何本もの剣や槍が風に吹かれて悲しげな音を立てていた。
それぞれの墓は皆綺麗に手入れされており、家族が手向けたのであろう花もちらほらと見受けられた。
「何だか、二年経っても、未だに実感が湧かないよ。ラオに戻ったら皆まだそこにいるような気がするんだ」
クリスは手を合わせ、目を閉じたまま言った。
「そうじゃな。時は待ってくれん。ワシら人間が亡き者との時間に取り残されている中、勝手に先へ進んでしまうからな。例え誰かが死んでも、翌日にはいつも通り朝日が昇るっちゅうことじゃ」
ジィジも同じように手を合わせて言った。
クリスが目を開け、ジィジに言う。
「姉貴の墓も行こう。強くなった姿を見せたいし、これからどうしようと思っているのか報告したいからね」
「それじゃ、行こかの」
クリスとジィジは、オファク村のある砂漠の割れ目から少し離れた小さな丘の下へとやってきた。
「エアリアはオファクで育った者の慣習として、この丘に撒かれたんじゃ」
ジィジはそう言うと、正面の丘を指さした。
その丘はこれまでオファクの先人たちが代々眠ってきたのか、砂の中に装飾品や武器なども混ざっている。
クリスはその中にエアリアの義手を見つけると、その方向へ向いて手を合わせ、目を瞑った。
「―頑張ってくるよ、姉貴」
クリスが報告を終え目を開けると、墓参りする老人の休憩用に作られたであろう、小さな丸太椅子にジィジが腰掛けていた。
クリスはそちらへ駆けて行き、ジィジに感謝を伝えた。
「今日はありがとう、ジィジ」
「良いんじゃ。エアリア達も喜んどるわい」
クリスが最後に墓全体を眺め、いざ帰ろうとオファク村の方へ向いた時、ジィジが不意にクリスを呼び止めた。
「クリス、一つ覚えとってくれ。これはあくまでワシの考えじゃが、文化が違う人間達同士は、絶対に相いれない場所がある」
「?」
クリスが足を止め、ジィジの方を向いた。
「元々ラオの町はオファクの民とラオの民に分かれて住んどったらしい。じゃが、オファクの民とラオの民は、それぞれの伝統や文化、宗教が違った。今見たように、墓の作り方も違う。ラオの民は遺体を焼くことを許さぬしな」
ジィジは一度深く息を吸うと、さらに続けた。
「結果、オファクは辺境の地に追い詰められた。じゃが!じゃがな、共存することもできとったんじゃないか、とも思う。思いやりがあれば、これはどちらかにじゃない。どちらにも、思いやりがあれば、仲良う出来とったはずじゃと、ワシは思う」
クリスはいつしか真剣に聞き入り、ジィジの側に座っていた。
「最初に言ったように、互いに全く理解できない部分はどうしてもある。でも、互いが互いのことを知り、互いの言い分を少しずつ受け入れることで、仲良くは出来とったはずじゃ。
幼子の喧嘩と一緒。互いが互いを少しずつ認め合って、譲歩し合って仲直りする。皆でこれができれば、吸血種とその他の種の溝すらもできん。
そしてこれが難しい。基本的に、人間は自分が有利に立っている時しか思いやりを見せんからの。なんなら、有利に立っていても思いやりを見せん奴がおる。
じゃからな、クリスには、それとは違うもんになってくれ。いつでも、誰にでも、他者への思いやりに溢れた青年になってくれ」
そう言ったジィジがクリスを見る目は、何時になく真剣で、切実な思いの籠った眼差しだった。
「…分かったよ、ジィジ。約束する。でも、戦わないといけないときは戦うぜ?」
クリスはそう言うと、素早く立ち上がって、ジィジに杖を渡した。
ジィジもそれを持って立ち上がり、固まった腰を解す為に少しを伸びをすると、既にオファクへと歩き出したクリスの背中を見て言った。
「そうか、そうじゃな。―ワシは今、お前に酷いことをしたかも知らん。じゃが、これを乗り越えてくれ。勇敢なる青年よ」




