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(β版)  作者: 自彊 やまず
第四章 クリス編
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第四十三話 トカゲと自由➀

 クリスはラオの街へ帰ってくるとエマを病院に連れて行き、共に病室へ入った。






「一か月ほどで、健康に戻りますよ」


 看護師はそう言うと部屋を出て行く。


「大丈夫?暑いとか、ない?」


 クリスは、手を包帯でぐるぐる巻きにされたエマの側で言った。

 病室の窓からは、果てしなく広がる砂漠の風景が見える。遠くには揺らめく陽炎、時折風が吹き砂を巻き上げる音が聞こえる。

 外の厳しい環境とは対照的に、煤けた病室内は静かで落ち着いた雰囲気が漂っていた。


「大丈夫。少し落ち着いた」


 エマは笑顔で返す。

 続けてエマが話した。


「私、実はクロノス教団の教祖がお母さんなの」


 それを聞いてクリスが驚く。


「クロノス教団の教祖と言えば、リリィ氏の?」


 エマが頷いた。


「じゃあ、私のお母さんのことも?」


 クリスは首を横に振った。


「いや、詳しくは知らない。俺は末端にいるからね」


 エマは悲しそうな顔をして自身の人生について話した。

 リリィによって育てられたこと、様々な発明をしていること。

 しかし、唯一、前世の記憶があることはクリスには話さなかった。


 それは到底信じてもらえないだろうと思ってのこと。


 まさかクリスにも前世の記憶が、それも“佐藤雄志”の記憶があるとも知らずに。


「……で、今の私があるってわけ。是非クロノスに戻って来てほしいなと思ったけど、余計なお世話ね」


 エマがそこまで話し終えると、丁度リラが病室へやって来た。


「エマ、心配したぞ!良く生きていた!」


 部屋に入るなり、リラがエマに抱きついた。

 リラがひとしきりエマを抱きしめた後にクリスの方へ向く。


「クリス殿、エマを助けてもらい、厚く感謝する!」


 リラがクリスに頭を下げた。


「いいや、エマに大きな怪我が無くて、よかったよ」


「拙者、最初はクリスを指名手配犯だと思って信頼していなかったが、こんなに優しいし、やっぱりあれとは別人だったんだな」


 指名手配犯という言葉を聞き、クリスが焦った。


 クリスは列車爆破事件以降顔がビサ中にさらされており、そのカモフラージュに髪を伸ばし始めていたが、それでもリラは気づいていたようだった。


「いや、それは、指名手配されてるのは俺なんだけど、バレてたの!?髪伸ばしたんだけど……でも、殺したのは俺じゃない!むしろ俺はみんなを助けたんだ。えぇと、ルーシー先輩に聞けばわかる」


 リラが驚く。


「ルーシーさんを知っているのか!?」


 そこですかさずエマが言った。


「クリス、クロノスに帰ってこないかなぁ」


 ニコニコで独り言を言っているエマを横目に、クリスは頷いた。


「そう。色々あってラオに来てて、ここでするべきことを終えたらステティアに戻ろうと思ってるんだ。半吸血鬼化してしまったのもクロノス関連で」


 それを聞いてエマが言う。


「じゃぁ、半年後に私が迎えに来るわ!注文さえあれば、あなたのためにとっておきの武器も作っておけるし、私ならクロノス本部の場所も分かるし」


「良いね!それなら半年後、修行を全部終わらせてラオで待ってようかな」


 クリスはエマの提案を承諾する。


「決まりだな。拙者もステティアで待っておく。それまで、お互いそれぞれの場所で頑張ろう」


 リラがクリスに言った。


 三人は互いに頷き、半年後、成長した姿で再びステティアにて合うことを約束した。






 ステティアの薄暗い路地で一人の男が女の腕をつかんで壁に押し付ける。二人の顔は、まつ毛が触れ合う程密接に近づき、女は顔を赤くした。


「駄目よ。こんなところで」


 黒髪で片眼鏡を付けた大柄な紳士風の吸血鬼が、金髪で麗しい女性の首筋を舐めた。


「なるほど……」


 男が言った。


「ねぇ、そういうことするなら、ここじゃなくて」


 女は男の首に手を回す。

 男はそれに構わず、女の耳元まで入念にそのスプリットタンを沿わせた。


「ねぇ、そう言うのが好きなの?変わってるわね」


 女が待ちきれなくなり、そのまま男の首をぐっと掴んで男の顔を自分に向けさせた。


 女は目を瞑ったが男がその顔を押しのける。


「僕はそう言うのに興味がないんだ。すまないね。そもそも僕にはそんな欲、滅多に起こらないんだよ。知ってた?」


 女が唖然とした。


「ハァ?何それ。意味が分からない」


 男はやれやれという風に首を傾げた。


「僕は君の首についてる人工喉機構(アーティファクト)の味を見てただけさ。それ、良い値段しただろう。微かにAgの味がするよ」


 男はコートの襟を整えながら女に背を向けた。


「気持ちわるっ。顔は良かったのに変態かよ」


 女が悪態をつき、その場から離れようとする。


「いや、何を勘違いしていた?君が勝手に期待して勝手に自分でがっかりしただけだろう?まるで僕が悪いみたいに言うじゃないか」


 男が女に背を向けたまま言う。


 女はより不快そうな顔をしたが、男は続けた。


「君の喉に使われてるものは良い製品だ。ぜひうちも参考にしたい。あの曲線が流動的な動きを可能にし、喉を支えている。美しいね。芸術的ってやつだ。しかも!銀製。真鍮製が多く出回る中で、おそらく旧型の……おっと、喋りすぎたね。僕、機械が好きだからさ」


 男はにっこりと笑うと女の方に振り向いた。


 すると、女は急に背筋に寒気を感じた。誰かに命を狙われているような恐怖。


 男がパンパンと手を鳴らす。


「端的に言うと、君の喉をくれ。君はいらない。君の喉を僕のコレクションに入れさせてもらいたいんだ」


 男が手を鳴らしたのに反応して、一人の青年が空から降って来た。

 フードを被った青年は、吸血鬼男の横へ無音で着地する。


「マンナズ。よろしく」


 男がそう言うとマンナズと呼ばれた青年が女に飛び掛かった。


「え、何何!?嫌、キャアアアアアア!!!」


 女がマンナズに喉を掴まれて叫ぶ。

 その叫び声も、喉を強く握られたことで掠れていった。


「じゃ、僕は帰るから」


 大柄な紳士風の男はコートを翻し、その場を去っていく。


「了解です。カシム様」


 マンナズが小さな声で、そう答えた。


 男が去った後の路地には、マンナズと呼ばれた青年と喉を切り裂かれた女。

 マンナズの白髪には女の血がべっとりと付いていた。


 彼の表情はまるで鬼人のような形相。

 その黒い瞳は、誰彼構わず人を殺せる目をしていた。


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