第四十二話 思春期なんです。彼女は
クリスはオファクから借りてきた馬に乗って、見渡す限りの灼熱砂漠を駆けていた。
舞い上がった砂が砂避けゴーグルに打ち付けられ、パチパチと音が鳴った。
「頑張れ、ビャッコ」
クリスが馬に言った。
この世界の馬はラクダとの交配が進んでいるのか、はたまた進化しているのか、砂漠に適応して大柄な体とラクダのように大きな足を持っていた。
ジィジから拝借したビャッコは特に大きく、走りにくい砂漠を高速で駆けられるだけの筋肉が全身についていた。
クリスが防砂マントをなびかせて砂丘を駆け下りていく。
エマの気配を頼りに、馬の手綱を左右に引いて辺りを散策するが、全くそれらしき施設はない。
北も南も砂砂砂。砂でできたこの世界に、人工物はどこにも見当たらなかった。
「どこだ、エマ。聞こえるか!エマ!!」
クリスが暫く辺りを探していると、遠くの方にいる二匹のデザートバードと、それに乗る二人の男女を見つけた。
デザートバードとは、その細い二本の足と発達した前腕でゴリラのように歩く鳥類だ。
彼らは本来、オアシスなど十分な水分のある所に生息しているが、人々が家畜化したことによって、砂漠のありとあらゆる場所で見られるようになった。
彼ら飛べない鳥の背に着いた黄金の鞍やその装飾から、上に乗るマントの人物が貴族であることが分かる。
二人はある場所にたどり着くとデザートバードから降り、屈んで何かのボタンを押した。
すると下から大きな鋼鉄の建造物が出現し、その入り口が大きな口を開ける。
女が先にデザートバード二匹を連れて中へ入り、男が残りの荷物をもって中へ入った。
二人が中へ入ると、巨大な入り口はゆっくりと閉まっていく。
最後に扉が完全に閉まると、少しだけ顔を出していた“カシムの離れ屋敷“の入り口が砂の中へ潜っていった。
「あれがラオにおけるカシム一派の本拠地。どういう仕組みなんだ、あれは」
クリスはビャッコに乗ってそこまで行くと、地面にあると思われる、扉を開けるための何かを探した。
するとすぐに、砂の中にうっすらと見えている金属製の取っ手のようなものを見つける。
クリスはそれを恐る恐る引いた。
金具が上に引かれると、大きな地下への入り口が砂の中から浮き上がってくる。
まるで鯨が呼吸するために水面へ浮かんできたかのようなそれは、錆色の鋼鉄でできていた。
入り口が完全に地上に出ると、正面にある巨大な扉が左右に開いた。“カシムの離れ屋敷”の中には何もなく、只地下へ向かって斜面だけが続いていた。
クリスがビャッコから降りて中へ入ると、扉が勝手に閉まり、真っ暗だった廊下に明かりが点く。
その壁は見たことのない材質で、近未来、それも今の蒸気機関の世界から見ての近未来でなく、クリスの前世から見て近未来であるような見た目をしていた。
特に照明は、その中を昼のように照らしていた。
「LEDじゃないか、これ」
クリスはビャッコを引き、壁に手を当てながら進む。
二分ほどまっすぐ進むと、やっと正面に扉が出て来た。
扉の前に立つと扉は自動で空き、中の空間が見えてくる。そこは馬やデザートバードが繋がれており、馬小屋のような場所になっていた。
「待っててくれ、ビャッコ」
クリスもビャッコをそこに繋ぎ、彼の首をポンポンと叩くと銃を構えて奥へ進み始めた。
彼が馬小屋の奥にある扉の前に立つと、また自動でドアが開く。
クリスが右腕を抑え、目を真っ赤にして言った。
「全員ぶっ殺してやる」
ダンジョンの中は複雑な構造になっていた。左右正面に伸びる廊下。すべてが真っ白で、まるでこの世界でないような場所が続いた。
「気色悪い場所だな」
クリスがリボルバーとダガーを前に構えて進んでいく。
入念にクリアリングして角を曲がり、少し開けた場所に出ると、そこには貴族であろう人物が一人いた。
彼は貴族の恰好をし。ワイングラスを持った様はこの“ダンジョン”の中ではまるで似合わず、クリスにどこか不気味な印象を持たせた。
クリスが後ろから忍び寄って、男の喉にダガーを突きつける。
「俺の質問だけに答えろ、攫った人間はどこにいる」
クリスが言うと男は青ざめて言った。
「お、おお奥だ。吸血族が勝手に集めてるだけだぞ。ワシは知らんからな!」
クリスは男の心臓付近にダガーを食い込ませると、力なく倒れたその男をそのまま正面の部屋に隠した。
そこは机と本棚だけがあるシンプルな部屋。
机の上に置かれた紙には、貴族への報告書が雑に置かれていた。
“ダンジョンを見つけて二か月。この建物は異世界から飛ばされてきたのではないかと推測”
“私たち蒸気機関技術では到底再現できない”
“ここをカシム派直属組織の拠点とする”
クリスが報告書を読み進めると、一番下に置いてあった紙にはエマの名前と特徴が書かれていた。
“ゼリク様の情報統制の範囲を超えようとしている。この女の目的について拷問しなさい”
右上に書かれた日付は今日。
「まずい」
クリスはすぐに部屋を飛び出した。
額に伝う汗。
銃を構えながら廊下を進むと、奥の部屋から声が聞こえて来る。
「おい、そろそろ喋ったらどうだ。ノートにあったクリスやリラってやつの居場所も、吸血族について嗅ぎまわっている理由も、全部言え。ゼリク様が世の中を統制してくださってるのに、吸血族の研究だと!?明らかにおかしいだろ。さぁ、吐かないと六つ目の爪を剥ぐぞ」
「嫌だ!絶対に言わない」
クリスはそこら中の部屋を開ける。
「エマは?どこだ!ここじゃない、ここじゃない、ここじゃない!」
最後に残ったのは一番奥にある頑丈そうな扉。
開けようとしても鍵がかかって開けられない。
力任せにドアを開けようとしたが、目の前に立ちはだかる鉄の塊はびくともしなかった。
「どなたですか?そこにいらっしゃるのは。今取り込み中です。これは、私たちが忌まわしきブレイブバード家のように、蛮族にならないために、必要なんですよ!」
そこでクリスがキレた。ドアを思い切り蹴り、真ん中をへこませる。
「何をなさるのです!いや、誰だ。貴族様はこんなことなさらない!侵入者だな」
クリスがもう一度ドアを蹴るとドアがぐらつく。
「おい、やめろ!お前は吸血族か!だが俺には勝てん!」
クリスが三度目にドアを蹴った時、ドアがバタンと音を立てて内側に倒れた。
部屋の中が見える。
無機質な部屋に太った吸血族の男と、やせ細ったエマ。
エマは手足を縛られて椅子に座っていた。
「だ、誰だあんたは!こんなことしてただですまないぞ!」
拷問官がペンチをこちらに向けてクリスに話しかける。
クリスはそれを無視してエマに近づき、エマを縛る縄を解き始めた。
「おい、無視するな。こんのォ、お前をぶっ殺してやる!」
拷問官がクリスの後頭部へペンチを振り上げた瞬間、クリスが振り向いて男の眉間に銃を突きつける。
「お前は、俺の大切な仲間を傷つけた」
クリスが赤い目で男を睨むと、男の体が硬直したように動かなくなった。
この部屋の中で、唯一拷問官の唇だけがカタカタと震えていた。
「お、おれに敵うと思うなy」
パンッ!
クリスが引き金を引くと、拷問官の頭から真っ赤な血が噴き出した。
拷問官は倒れ、静かになった薄暗い部屋にはクリスとエマだけが残った。
返り血も気にせずに、クリスは再びダガーで縄を切り始めた。
エマは未だに、ただただ拷問の恐怖に震えていた。
クリスが縄を解き終えると、エマが椅子からよろよろと立ち上がる。
「大丈夫か、エマ」
「うん、ありがとう」
エマは歩こうとしたがうまく力が入らず、地面に崩れ落ちてしまった。
衰弱した身体、恐怖に震える血みどろの手。
「あれ、ずっと昔を思い出しちゃうな」
エマが泣きそうになりながらぼそっと言った。
エマの中で甦る病院での日々。まるで鳥かごに捕らわれたかのようなトラウマが頭の中に浮かんだ。
死の不安に押しつぶされそうになりながら過ごした病室。
心臓が胸をドンドンと叩き、息が苦しくなる。
眩暈が、吐き気が、ヘドロの様な不快感、そして真っ黒な孤独が彼女を襲う。
「大丈夫。深呼吸して」
エマがパニックになっていると、隣から懐かしい声が聞こえた。
彼女の視界が現実に戻り始める。
「大丈夫。手、握って」
クリスに言われてエマがその手を握る。
何度も聞いた声のような気がする。エマはそう思った。
前世でも、あったな。こんなことが……
しかしエマの心臓は変わらずにバクバクと早鐘を突いている。
それはさっきまでの重い鼓動とは違って、軽いステップを踏むように鳴る鼓動。
エマが不意にクリスの方を見るも、なんだか恥ずかしくて目を逸らしてしまった。
クリスは変わらず不安そうにエマを見る。
「あ、ありがとう。もうだいじょうぶ」
エマがクリスに言った。
エマがもう一度立ち上がろうとした時、外から声が聞こえて来た。
「何があった!拷問官」
クリスはエマを背中に背負うと立ち上がる。
「ま、待って!私重いかも」
エマが急に担ぎ上げられて焦る。
「軽いよ。こんなに痩せて、弱ってて歩けないんだから。嫌かもしれないけど我慢して、しっかり掴まってて」
クリスがそう言うとエマがこくりと頷いた。
「ありがとう」
「じゃぁ、行くよ」
クリスがエマを担いだまま廊下を歩いて行く。
途中、最初に砂漠で見た男女とすれ違いそうになったが、何とか近くの部屋に隠れてやり過ごした。
そして馬小屋のような場所へ戻ってきて、エマを前にしてビャッコに跨る。
入口へ辿り着くと、重々しい扉が自動で開いた。
「さ、帰ろう」
クリスがそう言ってビャッコの脇腹を蹴ると、ビャッコは再び砂漠へと駆けだした。




