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(β版)  作者: 自彊 やまず
第四章 クリス編
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第四十話 信じる道は無限大➁

 リラはザザとの間合いを測り、ダガーを逆手に持って警戒する。


「ケヒヒ。アラスカオオカミの獣人か。その薄汚ねぇ耳を切り落としてやるぜ」


 ザザがそう言うと、一気にリラへと近づいて耳を切り裂かんとした。リラは鋭い眼差しでザザの動きを見逃さず、反射的に身をひねり、一瞬の隙を見つけてザザの攻撃を避けた。

 しかし、ザザのスピードと力は圧倒的で、次の瞬間には再び間合いを詰められてしまう。


「お前、意外と速いじゃねぇか」


 ザザが不敵に笑みを浮かべながら言った。

 リラは冷静さを失わず、逆手に持ったダガーを上手く使い、ザザの隙をついて反撃に出る。素早く繰り出した裏拳での一撃はザザの腕をかすめ、浅い傷を残した。


「チッ、やるな…」


 ザザが苛立ちを隠せない様子で呟いた。


「ザザと言ったか?かかって来い。返り討ちにしてやる!」


 リラは決意を込めた声で叫び、再び戦いの態勢を整える。

 

 エマはそんなリラを心配し、祈るような面持ちでその戦いを見守っていた。






 エマとリラはクロノスで共に育ってきた。


 リラの両親は熱心なクロノス教信者だったが、事故で早くに死んでしまった。

 死は皆に平等に、それでいて予告なく訪れる。

 しかし、死後の世界を信じるクロノス教信者にとって、それは只の通過点に過ぎなかった。

 一人残されたリラは死後の世界で自身の成長した姿を見せる為、その後クロノス教の活動に打ち込むこととなった。


 一方のエマ。彼女の生い立ちもまた特殊だった。

 物心ついた時からクロノス教にいた彼女は、教祖であるリリィに大切に育てられる。

 教団の信徒に囲まれて育った彼女は教団が友達であり、家族でもあった。

 また、彼女にとって一番の遊び場だった書斎にはリリィが集めた本がたくさんあり、中には誰にも読めないような言語の本もあった。


 しかしエマにはそれが読めた。なぜなら、彼女には前世の記憶があったからだ。


―記憶では日本人、名前は “小瀧夏”。


 幼い頃から病気がちで、小学生の半ばには長い長い入院生活がスタートした。

 彼女の両親は夏を助けるべく様々な治療を行ってきたが、病気の治療はできなかった。

 それから狭い部屋で毎日が過ぎ、やっと病院生活に慣れ始めた頃、高校生になった彼女は隣の病室で一人の男の子と会う。


―彼の名は “佐藤雄志”


 夏が病院に入った時と同じ目を持つ彼は、いつも窓の外を眺めていた。このまま病院の中で人生が終わるのか、という目。

 そんなある日、夏は思い切って声を掛けることにした。


「君はいつから入院?よろしくね。歳はいくつ?」


 そういった背景や、クロノス教団教祖の義理の娘という理由から、いつからかエマの側に優秀な護衛が付くこととなる。

 エマの同年代で、話し相手にもなって、組織に忠実な護衛。

 それがリラだった。


 本を読んで発明した日本の無線機や、得られた最新の医療知識は教団を支え、今もエマは発明を続けている。

 そしてリラも彼女を守り、クロノス教の信者として組織へと忠誠を誓っていた。


 しかし、リリィはエマを教団の外へ行かせなかった。

 その理由は愛か、憎しみか。全ては教祖リリィにしかわからなかった。


 それでも本部の中で自由だったエマは、大して不満はなかった。

 ところが、リリィの慢性的な、吐血を伴った病気のことを知ると、母を救うため夜にこっそり教団本部から出て、もっぱら治療法の研究に明け暮れた。

 本来それを止めるはずのリラだったが、いつしかエマとは主従の関係を超え、かけがえのない友となっていた。

 その病気もクリスと深いつながりがあることを知るのは、また後のことである。


 そして遂に、母の病気について調べている時に手掛かりとして見つけたのが、オスカルの論文であった。

 同時期にオスカルもエマを見つけ、互いの情報を共有することを約束してラオの地で落ち合った。






 リラはザザの動きを見逃さず、再び間合いを測りながらダガーを構えた。ザザはその獣化した鋭い眼差しに一瞬たじろいだが、すぐに不敵な笑みを浮かべて再び攻撃を仕掛けてきた。


「お前のその目、気に入らねぇな」


 ザザは低く唸りながら、リラに向かって突進した。リラは冷静にザザの動きを見極め、逆手に持ったダガーでザザの攻撃を受け流す。

 ザザの右手剣がリラの頬をかすめたが、リラはそのまま体をひねり、ザザの背後に回り込んだ。

 しかし、ザザが突然体勢を立て直し、リラの背後を狙って鋭く振り返った。

 彼の動きは予測を超える速さで、リラは一瞬たじろいだ。しかし、彼女は冷静さを失わず、即座に防御の姿勢をとる。


「いつからクロノス教にいる?ビサでは上層部が指名手配されているはずだが、よくそんな宗教を信じようと思ったな」


「信じたのではない。クロノス教の教えが拙者に与えられたのだ」


 リラの声が低く響き渡る。ザザは再びリラに突進し、彼女のダガーに肉薄した。リラは機敏に動き、ザザの右手をかわしつつ、逆手のダガーで一撃を返す。その一撃がザザの腕をかすめ、深い傷を負わせた。


「くそ…!こいつ…!」


 ザザは怒りに燃えながらも、動きを鈍らせることなく攻撃を続けた。しかし、リラもまたその執念に負けることなく、次の攻撃を華麗にかわし、反撃の機会をうかがった。


「獣人女!貴様は宗教の奴隷だ。よくそんな陳腐な考えで生きているな。現実を視ろ現実を!醜いアヒルは成長しても醜いし、シンデレラは一生いじめられるものなんだ。この世に救いなんてない。下等な獣人族は大人しく吸血族の配下に下れ。安寧を保証してやるぞ?」


「貴様はひどくバカなのだな。この世界はそんな単純にできていないよ。それと、拙者は貴様がクロノスのことをどう考えようと全く持って気にしない。人それぞれ自身の信じるものがあるからな。だが、仲間を貶したことは許さない」


 リラはそう言うと、ザザを抹殺せんと完全に獣化した。

 彼女の手はフサフサの毛に覆われ、手の先には鋭い爪が五本しっかりと付いている。


「アラスカオオカミの獣人は隠密性に長けた身のこなしと、その鋭い爪での狩りを得意とする。さぁ、貴様も今からこの刃の餌食になるのだよ」


「貴様ァ!」


 ザザは激高し、全身の毛を逆立たせた。


 勝負は一瞬。二人はそれを瞬時に理解した。

 すれ違いざまの一太刀。これが雌雄を決するのだと理解した。


「来い」


 リラの挑発を受けたザザが一歩を踏み出す。

 それと同時にリラが腕を構え、迎撃態勢に入った。


「「キサマァァァァアアア!!!」」


 ほんの刹那の隙に、ザザが右手の剣を右横に薙ぎながらリラの左を走り去り、リラはザザの心臓目掛けて彼女自慢の鉤爪を振り抜いた。


「リラ!」


 エマが叫び、リラの下へ走り出そうとしたのをオスカルが引き留る。


 沈黙はしばらく続いたが、先に足を地面に付けたのはリラだった。右ひざを地に付き、腹から血を流して獣化を解く。


「ケヒ、ヒヒヒヒヒヒヒヒ、俺の、勝ちだ」


 ザザは勝利を確信した笑みを浮かべたが、次の瞬間、彼の右脇腹から大量の血が噴き出してきた。

 赤い血が脇腹から噴き出したのを見て驚くザザ。


「な、な、クソォォォオオオ!!!こんのォ、くs―」


 ザザは最後の一言を言う前に倒れ、うつ伏せになって血を流したままピクリとも動かなくなった。


 リラは流血していたが、ザザとの一騎打ちで負傷したのは右脇腹の一部だけであり、回復に専念すれば数時間で治せる程度の傷だった。


「リラ!!!」


 エマがリラの下へ駆けて行き、リラに抱き付いた。

 リラもそれを受け止め、互いに安堵を噛み締める。

 オスカルもそれに近づき、感心しながらリラに聞いた。


「すごい!なんて戦いなんだ!もしかして君はクロノス教団で一番強いんじゃないか?」


 リラは傷口を押さえながらそれに答えた。


「いや、クロノスにはキリとルピナって言う最終兵器がいるよ。拙者は三番目だ。それに、今回は運が良かっただけ。トリックを見破れたからね」


「「トリック?」」


 エマとオスカルが答えた。


「ザザは右手が剣に変形する男。私も最初はそう思っていた。しかし、途中でそんなファンタジーなことがあるかと思ったんだ。だから、拙者は一つの仮説を立てた。それは、あれが本物の―」


「剣!」


エマが答え、オスカルが頷いた。


「そう。まさにその仮説が正解だった。彼は腕の中に剣を捩じ込み、持ち前の回復力で剣に肉を纏わせてそう見せていただけ。

 実際、手の延長に刃物があれば扱いやすいだろう。痛そうだがね。


 つまり、常に油や肉で汚れたあの剣は打撃的な攻撃か刺突攻撃しかできない、切れ味の悪い剣だ。

 で、拙者は賭けに出た。あの剣ならば、たとえ全力の一撃でも急所さえ躱せば耐えられるという予想の元、右手で剣の軌道を変え、本命の左手で奴の右脇腹をぶっ刺したってわけだな」


 オスカルはリラと熱い握手を交わし、感謝の言葉を述べた。


「ありがとう。君は素晴らしい戦士だ。だが、ここから先は任せてくれ。世界は僕たちが救って見せる」






 エマとの合流が終わった後、オスカル、ラーラ、リラ、エマらは互いの情報共有と、常夜への対策を考えるべく、暫くラオでの滞在を決めた。

 クリスは再びジィジの元へ帰り、ザザの撃破を報告した後、砂漠で訓練に明け暮れる毎日へと戻っていった。


 こうしてラオでの一幕が終わり、惨劇後の治安維持やユマ教との遭遇、クリスの心境の変化が終わる―皆が次のステップに移ると、誰もがそう思った。


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