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(β版)  作者: 自彊 やまず
第三章 ロラン編
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第三十三話 紳士貴族➂

 アロンは三人の前に躍り出ると、まず一人のみぞおちを如意棒で突き、同時に向かってきたもう一人の男に如意棒を伸ばして足を薙ぐ。

 そして倒れたところにすかさずかかとを落とし、最後に残った一人の眉間を如意棒で小突いた。


「な、なんて、強さ、…だ」


 男はそのまま後ろに倒れ、泡を吹いて白目を剥いた。


「まったく。手応えがねぇなあ。残りは人族だけだったか。吸血族じゃなきゃ俺たちの相手はできねぇぜ!ま、美人なねーちゃん紹介してくれるなら許してやったけどな。乳でかめの」


 アロンはいとも簡単に残りの三人を倒すと、ドヤ顔でオリバー達の元へ戻ってきた。


「ナイス。ありがとうアロン」


 オリバーがアロンを労い、肩をポンポンと叩いた。

 続けてロランもアロンに礼を言う。


「ありがとう。にしても、さっきは珍しくオリバーが感情的になってましたね」


 ロランがそう言うと、オリバーは苦笑いした。


「簡単にカッとなっちゃって恥ずかしいよ。僕の過去にはついては誰も言ってなかったんだけどね」


「いえ。たとえオリバー班長の過去がどうでも、今の班長が怒りっぽくても、もう僕の尊敬する師匠、いや、仲間ですよ!」


 ロランがそう返すとさらにオリバーが照れっとして言った。


「そう言われるとうれしいよ。そ、そんなことより、ルピナはどうやってここに?」


 ルピナはこくりと頷き、事の顛末を話しだした。


「かくかくしかじか…ってな感じで、偶然場所を知ってここに来た。そしたら丁度連れ去られる君達を見つけてね。ホテルの部屋を特定するのに時間がかかったけどね」


 三人はウンウンと頷いて聞き、満面の笑みで喜ぶ。


「流石ルピナだ!ありがとう!!」


 オリバーが感謝の言葉を述べ、ルピナの頭を帽子の上から撫でた。

 今度はその話を聞いたアロンが、ニヤニヤしてルピナに言う。


「んふふふ。ルピナちゃんならやってくれるって知ってたよ~ん」


 アロンがルピナに抱き付こうとしたが、ルピナはアロンの腹を蹴って拒絶した。


「ガフッ」


 暫くホテル内でわちゃわちゃ話していたが、外から警察官の声が聞こえて来た。恐らく逃げたホテルの受付が通報したのだろう、外からこちらへ降伏を呼び掛けている。


「裏口から逃げましょう」


 ロランの提案を採用した四人は、警察に包囲されることなく、あっさりと裏口からホテルを出ていった。






 オリバー達はロルテンの中央通りを駅に向かって歩いていく。時刻は二十一の刻。丁度仕事帰りの大人たちが飲み屋で飲んでいる時間帯だった。

 どこからか匂ってくるスパイシーな匂い、肉の焼ける匂い、タレが焦げる匂い。最高だな。

 なんてロランが考えていると、ロランの腹が恥ずかし気もなくグウという大きな音を立てた。

 当のロランは顔を真っ赤にして三人の方を向く。オリバーとアロンは顔を見合わせて笑った。


「任務失敗の報告する前に、帰り何か食べて帰るか」


 オリバーが眼鏡をくいっと上げて言うとアロンがガッツポーズをした。


「賛成!何か食べて帰ろうぜ!」


 一方でルピナはオリバーの傷を心配する。


「傷は大丈夫か」


「大丈夫。僕は意外と頑丈なんだよ」


 オリバーが下の前歯が抜けた笑顔で言うと、早速アロンが店を選び始める。


「ここもいいけど、あそこもいいな。いや、あっこが一番よくね?」


「そんなに急がなくても、晩御飯は逃げないよ」


 オリバーがアロンに言うが、もう彼の耳には聞こえていないようだった。


 寒々とした夜の街並みはエレクトリックなネオンの電飾と煙突や歯車のついたスチームパンクな建物に彩られ、明日が休日であるためか、通りは昼間とは打って変わって人々でひしめき合っていた。


 ふとアロンが人込みの中へ消え、他の三人が見失った。


「アロンどこ行った?」


 オリバーがやれやれといった顔でアロンの姿を探しだすと、他の二人も辺りを見回し始めた。

 ロランはアロンのことも気になっていたが、首都ステティア以外でこれほどの規模の街に来たことが無かったため、その街並みを見て楽しんでいた。

 急にオリバーが、少し前を見て叫んだ。


「あ、いた!」


 オリバーは数メートル前の飲食店に立つアロンを見つける。

 アロンは手を振り、どうやら皆を呼んでいるようだった。


「店、見つかった~?」


 ロランがそう聞くと、アロンがヘッドバンキングのようにして大きく頷く。

 それを見たロランは何故かそれが面白くなってきてだんだん笑いがこみあげて来た。


「フフフ」


「ハハハ」


 それを見たオリバーがさらに笑う。

 ルピナも顔は見えないが、どうやら笑っているのか肩が揺れていた。

 三人がやっとアロンの元へ着くと、アロンがきょとんとした顔で三人を見る。


「おい!なんで笑ってんのさ。気味悪いって」


 ロランがそれに答える。


「なんだか大きく頷くアロンがおかしくってwあwまたwなんかツボってきたwへへへ」


 それにつられてオリバー達も笑う。

 それを見たアロンも遂に笑い出した。


「プッ、アハハハハハ」


 夜の騒々しい街の中で四人の笑い声が響いていく。まるでそこだけ別の世界のように暖かな空気が流れていた。


 ふとロランが、何故か分からないがハピ達のことを思い出した。心地よかった橙色の空間へ、急に真っ黒な負の感情がぶちまけられる。

 笑いつつも頬に一粒の涙が伝っていった。


「ハピや、ジャガー達とも、こんな風に笑いたかったな」


 声に出したつもりは全くなかったのだが、自然と一言、口から洩れていた。


 それを聞いたオリバーが、優しくロランに微笑みかけた。


「彼らは、…僕は会ってないけどね、よく頑張ったと思うし、僕が言っていい事じゃないとは思うけど、最後は革命軍の目標を達成できたんだ。きっと満足してるはずさ。確かにこうやって笑いあったり、一緒に過ごした時間は短かったかもしれない。でも、彼らもロランが落ち込んでいるのは望まないはずだよ。君も、ここまでよく頑張ってきた。だから、元気出して。ほら。えと、は、励ませてないかな?…あと、頼りたいときはいつでも言って。僕たちが何でも話を聞くから!!」


 それにアロンが賛同してロランの肩を持つ。


「ほら!元気出せ!共に戦ってきた戦友たちの分まで楽しめよ!」


 そう言われたロランは少し笑顔を取り戻す。


「ほら、俺こんな顔もできるんだぜ!」


 そう言ってアロンは口と鼻に指を突っ込んで変顔をして見せた。

 それを見たオリバーは涙を流して笑う。


「そ、それ、どうなってんだw表情筋が限界突破してるw明日w顔だけ筋肉痛だよww」


 顔だけ筋肉痛というワードにルピナがツボる。


「…w」


 声は出していないが、小刻みに肩を振るわせて口を押えていた。

 それを見たロランもなんだか笑えてきて、少し頬を濡らしながらもニコニコと笑顔が溢れてきた。


「ありがとう。みんな」


 ロランが三人を見て小さく言った。

 夜のロルテンの町で、ロランにとって大切な思い出が一つできた。それは本来ハピ達とも作りたかった思い出だったが、そんなことを忘れるくらい楽しい思い出だった。


 四人が暫く店の前で笑っていると中から中年の禿げた店主が現れて、邪魔だから退けとひどく怒られた。

 そこから露骨にアロンのテンションが下がったのは別の話。






 それから、月日は矢のように早く流れていった。


 ロルテンでの出来事のあと、すぐに木々は花を咲かせ、果実ができ、葉が全て落ちて、やがて木々が芽吹いて二度目の春がやってきた。

 ステティアにあるクロノス教軍部本部の入り口にも、青い小さな雑草が生え始めている。


「おーい、ロラン、最近は文書を盗めとか、地味な仕事が多かったが、えぐい仕事が一発来たぜ」


 命令書を持ったアロンがロランの部屋をノックすると、ガチャリと音を立ててボロボロの扉が開いた。

 そこから出て来たのは18歳になったロラン。体つきはすっかり大人になり、その童顔で人懐っこい笑顔は変わっていないものの、尾や耳も大人の獣人と同じように大きくなっていた。


「ほんと成長しすぎだよロラン。くそムキムキじゃん」


 アロンが、寝起きで髪がぼさぼさのロランに言う。


「えー。アロンが成長しなさすぎなだけだよ」


 ロランがニコッとしてアロンの身長を小馬鹿にした。


「何だとこの野郎!今度、一発間違えてロランを殴るからな!」


 アロンはそうおちゃらけて言い返すと、一枚の、手稲に二つ折りされた紙だけをロランに手渡して帰っていった。


 ロランはアロンの去った後、何気なくその紙を開いたが、その内容に驚く。

 その紙にはフジの名前と共に「内部にいる裏切り者をあぶりだせ」と書いてあるのだ。


 それを見た瞬間、思わずロランの口から声が漏れた。


「裏切り…え?どういうこと?」


 丁度廊下を別の部隊が談笑しながら歩いて行ったが、ロランの目にはどの隊員も裏切り者には見えなかった。


「いや、そんなわけ」


 ロランは部屋へと戻るとベッドに腰掛けた。埃が舞い、部屋が曇る。

 すると、自然とベッドの上から正面にある棚へ目が移った。


 棚に置いてある植物達が嫌でも目に入る。


 そこにある四つの植木の内、全てのアリッサムは花を咲かせていたが、唯一種類の違うダリアだけは花を咲かせていなかった。


「まさか、ね」


 ロランは少し考えてからベッド横の歯ブラシを取ると、いつも通り共同の手洗い場へと歩いて行った。



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