第二十九話 特殊作戦部隊➀
第二十八話のあらすじ
ブルートを下し、反乱軍のカール、ジャガー、ルーシーと合流したクリス達。一足先にロランとルーシーは屋敷を離れたが、それ以外のカールやクリス達が屋敷を出ようとしたとき、ブルートの死を聞きつけてラオに来たゼリクと鉢合わせしてしまう。ブルートはゼリクにとって大切な家族であり、ゼリクはブルートを殺された怒りに任せて、その場にいたクリス以外のエアリア他全員を殺し、クリスには瀕死の致命傷を負わせた。異変に気づいたロランとルーシーは再び屋敷に戻って絶望的な状況を目にするが、瀕死のクリスを見つけたルーシーはここから助かる唯一の方法としてクリスを吸血族にすることを提案した。吸血族の血を体に吸わせることで吸血族の回復力を得るという方法だが、手段を選べないロランは即答でクリスを吸血族化させることにする。その成功確率は約10パーセント。はたしてクリスの命運はいかに。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
豪華絢爛な教会の奥で、一人の女性と二人の少年が向かい合っている。
少年は煤の付いて擦り切れた服を着、背の低い方は、兄であろう背の高い方へ身を寄せて椅子に座っていた。
女性の方は様々なアクセサリを付け、そのカラスの様な真っ黒のドレスを着こなしている。
「そうよ。神様は貴方たちを見捨てなかったでしょう?こうやって祈り、私たちと共に活動することで、貴方たちの願いが神様へ届くのよ」
それを聞き、少年達が目を伏せたところで、宗教家らしき女性が続けて言った。
「でも、今のままじゃお金も家もないでしょ?だから、私達と一緒に活動しないかしら」
恐る恐る、兄と思われる方の少年が頷いた。それを見た弟が目を輝かせ、嬉しそうに言った。
「ありがとうございます。おばさん、活動します!お兄ちゃんだけでも、豊かな生活を!」
真っ黒な服を着た女性の眉毛がピクリと動いた。
「あらら、おばさんて。ふふふ、リリィ様と呼びなさい。勿論、貴方たちの入教を、歓迎するわ」
少年たちが互いに向き合って喜ぶ。そして最後に、女性がニヤリとして言った。
「ようこそ、クロノス教へ。実は、私は教祖なのよ」
「今夜は俺の故郷の飯を振るまってやる。これがミティティだ。食ってみろ、ロラン」
ロランがナイフで樽状になった肉を切ると、中から肉汁があふれ出てきた。
フォークで一切れを口に運ぶと、すぐに口の中に伝わる濃厚な羊肉の旨味と油。それでいて全体を引き締めるような香辛料たちの爽やかさが、負けず劣らず舌の上に広がった。
「美味しい!すごいやアロン。君は料理が上手なんだね」
「ありがとうロラン。さぁ、たくさん食べて。なんたって君の歓迎会なんだからな。ポテトと一緒に食べてもうまいぞ」
ラオが反乱軍の手により陥落し、反乱軍上層部の謎の死から三か月が経過。
ロランはその時すぐにラオを離れ、クロノス教軍部へと帰ってきていた。
本人の生死はともかく、クリスと離れることになったロランは、それまでいたキリの部隊から異動させられ、暫くの休養の後、軍部にあるフジ直属二部隊のうちのもう片方、オリバー率いる第二隊へと配属された。
「えぇと、申し訳ない、もう一度確認してもいいですか?貴男がルピナさんで、アロン、でオリバーさんですね」
クリスが食卓を囲う面々を順に見て言った。
「そう!よろしくな!」
まず返事をしたアロンはロランと同い年であり、寝癖の突いた茶髪にくりくりとした目、鼻の上に貼った絆創膏が如何にも部隊の末っ子感を出している。
その他オリバーが三つ上で、眼鏡を掛け、胸元にナフキンを掛けて礼儀正しく食事をしており、ルピナは全身黒いローブに覆われて、年齢不詳ということだった。
「よろしく、ロラン君。これから頑張ろうね」
オリバーがミティティを食べながらロランへ笑顔を向ける。
一方のルピナは黙々と口を動かして、ものの数分で夕食が済むと、黒いマントをたなびかせて足早に部屋へ帰っていった。
「ごめんねロラン君。ルピナはあまり素顔を見せないだけで、良いやつなんだ」
オリバーがロランへ言うと、アロンが頷く。
「そ。俺らでさえあまり話したことがない。でも任務は完璧だし、絶対に仲間を置いて行ったりしないよ」
全員が食事を終え、ロランとアロンは皿洗い当番のオリバーを残して各々自分の部屋に戻った。
ロランは新しいベッドに腰掛けて、側に置いてあったマチェットを手に取る。
マチェットの柄を拭き、刃こぼれが無いか入念に確認した。
クロノス教オリバー班での、新生活が始まった。慣れない環境での仕事はいささか胃が痛くなるような緊張感があったが、ここで停滞しているわけにもいかない。
次のステージへと行くためにも、ロランは覚悟を決めていた。
「明日は早速一つ目の仕事。頑張ろう!」
銀色に輝くマチェットの刃にロランの顔が映る。刀身に傷を見つけ、部屋のランプで照らすと、ロランの顔に眩い光を放って反射した。
マチェットに反射した夕日に、思わずロランが顔を背けた。
「みんな、もう一度おさらいしとこう」
翌日北部にある工場付近に集まった四人。集合場所へ全員揃うと同時に、オリバーが班員へと声をかけた。
ロラン達三人がオリバーの方へ向き、説明を聞く。
「今回のターゲットはリデンブロック。彼はビサお抱えの地球科学者で、情報によると何か政府に関する重要な情報を持っているらしい。彼がいるという教会から連れ去り、何の発見をしたのか“聞いて”みないといけないらしい」
「「了解」」
アロンは早速黒いフードを被ると教会へ駆けていく。ロラン達もその後ろを付いて行き、薄暗い裏通りを進んでいった。
工業地帯付近は工場の排煙により少し霞み、空気が淀んでいる。鉄臭い匂いと枯れた植木が、荒れ果てて人がいなくなった都市を連想させた。
海が近づくにつれて、道沿いに立っている工場の規模が、どんどん大きくなっていった。
「愚図共、働けぇ!」
工場の横を通ると聞こえてくる。獣人に怒号を挙げる人間、そしてそれを高台から見下ろす吸血族。
「これが貴族の言う、正しい世の中か」
オリバーがポツリと言った。
集合場所の工場から、二、三度角を曲がると教会が見えて来た。教会には明かりがつき、外まで教会の中で演奏されている音楽が聞こえて来た。
今からその中の要人が連れ去られるとも知らずに、陽気にパーティーでもしているのだろうか。
「中にはざっと十人、大したことない人数だ。行くぞ」
全員がフェイスベールで口元を隠し、深く帽子をかぶる。
オリバーの掛け声と同時に、四人は裏口から教会へ入った。
中央へ近づくにつれ音楽の音がはっきりと聞こえるようになり、次第にそれがパイプオルガンで奏でられていることが分かった。
「ヘヘッなかなかうまい演奏じゃねぇか」
アロンが背中から棒状の武器を取り出しながら言う。
教会の中は単純な構造をしており、暫く廊下を進むと、すぐに礼拝室へと出た。
「手を挙げて跪け、野郎ども!そこのパイプオルガン弾いてるやつもすぐに音楽を止めろ!」
アロンが長い棒を敵へ向けながら叫ぶ。
教会の中は護衛が七人と学者三人。おそらくターゲットはパイプオルガンを弾いていた男。
護衛も脅されてはいはいわかりましたと降参するわけがなく、四人の姿を見るや否や得物を持って向かってきた。
「そう来なくっちゃ」
アロンが舌なめずりをして棒を構える。最初に向かってきた男はサーベルを抜いてかかってきたが、アロンはその棒でいとも簡単に剣先をいなす。
相手の攻撃を防御しきったアロンが、今度は攻撃側へ回った。
棒をコンパクトに振り回し、確実に相手の腕へ当てていく。敵が防御しようとサーベルを構えると、その間を狙って突然棒が伸びた。
ロランは見たことのないその武器に驚いた。
如意棒のように伸縮自在なそれは、まるでアロンの体の一部のように動いて敵を追い詰めていく。
先頭の護衛に続き、さらに他の護衛が出てくると、今度はオリバーがその相手に回った。
オリバーの武器はナイフステッキ。持っていた杖の鞘が外れ、中から毒つきナイフが出てきた。
素早い身のこなしでナイフを動かし、あっという間に相手の突き出したサーベルを取り上げてしまった。
そのままオリバーのナイフが敵の皮膚を切り裂き、すぐに毒が回り始める。
するとものの数秒で護衛は倒れ、白目を剥いて床に突っ伏してしまった。
「安心して。これは痺れ薬だよ。殺しはしない」
オリバーが倒れた敵の上から言う。
さらに違う護衛が、四人の中で一際背の高い男を見て言った。
「おい、あいつ武器持ってねぇぞ!」
「…」
敵二人が向かったのはルピナの元。しかしルピナは動じることなく、胸ポケットから何の変哲もないペンを一本取り出すと、あっさりと二人を倒してしまった。
一ミリも無駄のない動き。ペンで確実に相手の急所を突き、それでいて一度も敵に触れることさえしなかった。
最後の一人がロランへ向かってきたとき、ロランがマチェットで首を刈ろうとすると、オリバーが横からナイフを投げて敵を眠らせた。
「横から失礼。ロラン君、彼を殺す必要はないよ」
オリバーはそう言い、倒れた敵の服に刺さったナイフを抜き取る。
ナイフの先端にだけ血が付いており、その刺さり具合は絶妙なものであった。
慌ててマチェットを仕舞ったロランは、今まで何度も不意を突かれて殺されそうになったためか、敵を確実に仕留める癖がついていた。
「僕達は敵を殺さないんだ。任務が殺人や護衛じゃないからね。そして何よりも、僕たちは不殺の特殊作戦部隊、天才オリバー班だからね」
オリバーがドヤ顔でロランに言った。
その手際の良さと、一人一人の戦闘力の高さにロランが関心した。
「すごいです!こんなの初めてですよ」
褒められたオリバーは少し照れて、頭を掻きながら言った。
「あぁ、ありがとう。大体、フジさんから話は聞いてるよ。今はあまり血を見たくないだろうから、人さらいとか専門のうちの部署に来てもらったんだ。あまり無理しないで」
「改めてよろしくな、ロラン!」
アロンもニコニコと上機嫌になって言った。
「おい、話せよリデンブロック?どうせ拷問始めたらすぐ喋ることになるんだから早く言っちまいなよ」
ロータスが月明かりの差す部屋でリデンブロックを問い詰める。
「いいいいいい、言えんのだ!言ったら、殺される!拷問がどうとかいう話じゃない!頼むよ、分かってくれ」
「その真っ白なお髭が真っ赤っかになるまで血を吐かせてもいいんだけどなァ?」
ロータスがギラギラとした目つきで、リデンブロック教授を睨んだ。
それでもリデンブロックは頑なに情報を吐こうとしない。
「じゃ、拷問器具取ってくるわ」
ロータスはそう言うと、椅子を立って部屋を出た。
部屋のすぐ外には、アロンとカトレアが待機していた。
「どうだったかしら」
カトレアが聞くと、ロータスは首を横に振った。
「マジかよォ、、、。俺、拷問とかしたくないよ。可哀そうじゃん。いっつもこの強面に頼って、拷問するふりでやってきたし」
いつもはトゲトゲの、ロータスの茶髪が今日はしゅんとしている。
「他の奴が吐いたって言っても効果なかったっすもんね」
アロンがロータスにペンチを渡しながらも、何か策はないかと唸っていた。
「まぁ、せっかくアロン君達が攫ってきてくれたし、頑張るよ。俺」
渋々拷問部屋に戻ったロータスがリデンブロックの目の前にペンチを出すと、彼の額に汗が浮かび始めた。
「あ、あ、あの、ほんとにやるんですか?この文明が発達して、技術が飛躍的に進歩したのに、そんな非人道的な行為のできる人間がまだこの」
「やるっつってんだろォが!話聞いてなかったのかよこの禿オヤジ!」
「ヒィィィ!!!言います!言いますから!」
「そ、それでいいんだよ。リデンブロックさぁん」
ロータスはほっとして、ポケットに入れていたメモ帳を手に取った。
「じゃぁ、話しますよ」
「あぁ」
「先月、私たちは重大な発見をしました。それは今まで条件が重なることが無かった為に観測されなかった現象であり、次起きるのは三年以内。前回起きたのは約三十万年前でした」
「へぇ」
ロータスが足を組み替える。
「吸血鬼の皆さんはこれのことを"常夜"と呼んでいるそうで、私達よりも何か多くのことを知っているのかもしれません。研究をした後すぐに教会に軟禁されましたしね。あ、あれはパーティーじゃないです。軟禁されてたんですよ!」
「で、結局何だったんだよ?」
ロータスが退屈そうに聞いた。
「これ、本当に話しても死にませんよね?他の二人はどうなったんですか?」
「だー!そんなことは知らん!あとの二人は教会から逃げられたらしいぞ」
「な!私を見捨てたのか奴らめ!さんざん目をかけてやったというのに」
ダン!!!
痺れを切らしたロータスがテーブルを蹴った。
「それはいらん情報だぞ」
「ヒッ!すいません。じゃぁ、話しますよ?いきますよ?その研究は、それは、地球の周期により、素粒子」
そこまで言ったところで、急にリデンブロックが黙った。
それは奇妙なことに、電池が切れたように動かなくなったのだった。
「おい、どうした?おーい、おい、ま、まさか」
ロータスが顔を覗き込むとリデンブロックは既に息絶えていた。口から泡を吹き、首は力なく倒れている。後頭部には何かが小さく破裂したような傷ができていた。
「んなバカな。そんなに遠隔からコイツを殺せるのか?それとも言葉に反応してターゲットを殺す仕組みか...。いや、俺が知っている限り半径十メートル程度の遠隔水蒸気爆弾くらいしか現実的にないだろ!?それともやっぱりこいつの言ってたように、吸血鬼の技術は俺達よりも進んでるのだろうか」
悪寒がして、ロータスは部屋の中を見回した。
しかし部屋の中には何の異変もない。
さらに、情報を言おうとした時丁度人を殺せる技術があるのかと疑問が浮かぶ。
言葉で反応したか?それともどこかから聞いていたのか?
ロータスは遺体をくまなく調べてから外へ出ると、二人に拷問の結末を話した。
「なるほど…いや、これは俺らの所為っす、先輩。俺らがあとの二人を逃がさなければ」
ロータスはそれを手で遮る。
「いや、これはしゃあなしだ。アロン、気にすんな。どうせ残りの奴もこうなっていた気がするよ」
ロータスはそう言うと、煙草に火を点け、近くの壁にもたれかかった。




