第二十六話 一人目➁
緊張感走る暗闇の中で、クリスはリボルバーに弾を込め、テーブルの側に息を潜めた。
「さぁ、出てこい。暗闇で私に勝てるとでも思っているのか?」
ブルートは茶のスーツベストを着、苛立たしそうに銀の長髪をかき上げている。
「貴様から俺の位置は分かるはずだ。俺が喋っているのだからな。クリス...ここか!」
急にブルートが側にあった椅子を蹴ると、重いはずの腰かけが壁まで吹き飛ばされて、粉々に大破した。
そのすぐ近くにいたクリスは身を震わせる。
「クリス、貴様のことは隅々まで調べさせてもらった。ハリスの孤児院出身だそうな。さしずめ復讐といったところか?ハハハ。仮に俺を倒しても既に貴様の名はテロリストとして、全世界に!広められている。諦めるこったな」
ブルートはそう言うと、クリスに気づかず、近くから離れていった。
クリスは足音が離れるのにほっとしたとき、思わず椅子にもたれかかって音を鳴らしてしまった。
....キィ
「何か、音がしたか?気のせいか?」
クリスが全身に鳥肌を立たせた。緊張で心臓がバクバクしている。
「まぁ、いいか」
ブルートが止めた歩みを再び進める。
今度こそクリスがほっとした瞬間、
「ここだァ!!」
ブルートの拳がクリスを襲った。
拳はクリスの左肩を抉り、体の外側、三角筋の一部を奪っていった。
肉が削げた痛みはクリスを悶絶させる。
「がああああ!いてぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
クリスの左手はだらんと垂れたが、すかさず右手のみで、文字通り暗闇へと闇雲に発砲した。
パン、パンパン
放たれた弾丸がいくつかブルートの体に当る。それでもブルートはクリスへと前進してきた。
「ほう。お前、銃を持っているのか?どこで見つけて来たのやら。だが、俺には効k」
ブルートによる余裕の一言を遮って、クリスが喋った。
「お前、銃を知ってるんだな。なぜたまにこの世界で銃を知ってるやつがいるんだろな。だが、残念ながらその弾丸は銀製だぜ。俺がぶち込んだのはおそらく、お前の腹と左肩に一発ずつ。これでお前も手負いだ」
そう言われてブルートが傷口に手を当てると、そこからぬらぬらと生暖かい血が流れている。
「このガキ。なぜ俺の傷の位置が正確に分かった」
ブル-トの頭に血が上り、その不気味な切れ長の目が、より赤味を増した。
クリスはブルートの質問に答える。
「俺を舐めるな。こちとら戦闘術修行してからここに来てんだぞ。格下に意表を突かれて悔しいか?まぁ、俺はお前のことを上だとも下だとも思っていないけどな」
「ッフフフ。クリス。貴様は相当俺を苛立たせるようだ。安心しろ。すぐにあの世へ送ってやる!」
そう言うとブルートは声のする方へ走り、腰に帯びていたロングソードを抜いて横に薙いだ。
剣先が僅かにクリスの服を掠めたが、クリスの回避によりうまく剣が当たらない。
「クソクソクソクソクソ!アレクサ!カーテンを開けろ!」
「あ、アレクサ!?」
突然出て来た、前世で聞き慣れたワードにクリスが混乱する。ヒトの名前か?
ブルートがアレクサなる人物に命令すると、屋敷のカーテンが一気に全開となった。
窓から光が差し込み、クリスとブルートを照らす。
ブルートは筋骨隆々とした体格で、鋭い目つきが特徴的だった。彼の全身には戦いの傷跡が刻まれており、その一つ一つが彼の戦歴を物語っている。
特に右腕には大きな傷があり、それが彼の強さと過去の激闘を示している。
一方、クリスは額に汗を浮かべ、左肩からダラダラと血が流れている。彼の表情には痛みと緊張が混じり合い、今にも倒れそうな様子だ。しかし、その目にはまだ戦う意志が宿っていた。
「お遊びは終わりだ」
明るくなった部屋の中でブルートはクリスへ距離を詰め、重そうなロングソードを軽々と振るった。
クリスはとてつもない力と速さで振られた剣をギリギリのところで躱す。
「なんだ、お前、転生者か?アレクサごと転生したか?ゴミ男」
クリスがブルートに問う。
ブルートはクリスの話を無視し、不意を突いて繰り出した剣により、クリスのリボルバーを人差し指ごと切断した。
クリスの右手から脳へと、想像を絶する激痛が伝達される。
「くっっっそ。バカいてぇよ。っく、ああああ!!!」
クリスの右手から血が噴き出し、骨がむき出しになった。
「これで武器すらないな、クリス。相手にもならんわ」
剣を避け損ねてしりもちをついたクリスへと、無表情のブルートが歩み寄った。
「終わりだ」
ブルートがロングソードでクリスの頭を割ろうとした時、すんでのところでその剣が二本のマチェットに遮られた。
「何!?」
「久しぶりだな、ブルート。爺ちゃんの恨みはここで晴らさせてもらうからな!」
クリスの窮地に現れたのはロランだった。
「ロラン!」
ロランはマチェットをブルートの剣に当て、クリスまで僅かな隙間を残して斬撃を防いだ。
「ガキがわらわらと湧きやがって。所詮束になってかかって来ようと雑魚は雑魚だクソども!!」
ブルートはロランの右手のマチェットを弾き、そのまま連撃をくらわす。何度も振り下ろされる重い剣は、一本のマチェットでは防御しきれない。
「っ!なんてパワーだ!!!」
そしてすぐにロランが壁際まで追い詰められると、今度はクリスが背後からブルートを襲う。人差し指のない右手にガントレットを付け、右腕をフルスイングさせてブルートの背に渾身の攻撃を当てた。
バッコォォォオオオオ
死角からの攻撃に、思わず背中へクリーンヒットして吐血するブルート。
ブルートが振り返ると、体の所々から出血したクリスが、己に向かって闘志を燃やしていた。
「俺は、まだ、終わってねぇ!たとえこの唯一残った右手が潰れようとも、必ずお前ら吸血鬼三人を地獄まで叩き落してやる!」
クリスが叫び、ガントレットに再び力を溜めた。
「このガキがァ」
「お前は、最初の一人にすぎない。」
ロランはマチェットを構え、後方からブルートの眉間に狙いを定めた。
「貴様らァァァァァァァ!」
二人が腕を振り下ろす。
ドカァァァァァァァアアアアン!!!
二人が同時にブルートへ一撃を食らわせると、途轍もない衝撃音と共に床が崩れ去り、ブルートは地下室まで落ちていった。
「遂に、一人目をやった」
ボロボロになったクリスが忌々しい目で地下室を見つめ、そう吐き捨てた。
ロランは安堵したのか、床に座り込む。
一件落着か。事態はそう思われた。
しかし、クリスが広間から出るため、気絶したエアリアを担ごうと動き始めたとき、地下室からブルートの声が聞こえて来た。
「フフフフフ。やるじゃないか。俺に本気を出させるとはな」
ロランは立ち上がり、再び武器を構える。
「テメェ、生きてんのか」
クリスとロランが穴の方を見ていると、地下から手が伸びてきて一階の床を掴んだ。
床を掴む腕は一本、二本、三本、四本。
「ど、でぁ、どういう事だこれ!?」
ロランが困惑しながらも再びマチェットを握る。
地下から這い上がってきたのは、上の服がはだけ、額から血を流すブルート。彼が先ほどまでと違ったのは腕の本数。今までの通常の右手左手に加え、背中からも二本の腕が生えてきていた。
「フハハハハハ。我々は人間共と違い、自然と共生、共存し、一体化するための科学を発展させてきた。これはそのうちの一つ。ある生き物からある生き物へその能力や体の一部を移植させる技術だ。これは吸血族から吸血族への例だな」
ブルートは四本の腕全てに剣を持ち、クリスとロランをみてニコリと笑った。
「このカイリキー野郎が」
クリスがそう言うと同時に、二人は再びブルートへ向かって行った。




