第二十五話 一人目➀
兵士たちが騒めき、恐れ慄いて坂から退いていく奥で、赤い目をしたロデリックは坂の上から三人を見下ろしていた。
「何年ぶりの邂逅かな。ついこないだまでこれくらいに小さかったのに、成長なさいましたね」
ロランとルーシーはロデリックを警戒し、武器を握り直す。一方カールは復讐に我を忘れ、ロデリックの煽り文句すら聞こえていないようだった。
「ロデリック、貴様アアア!」
カールが大鉈を構え、ロデリック目掛けて坂を駆け上がる。ロデリックはピクリともせずにカールを待った。
カールが坂を上り切り、反乱軍の兵士達の死体上に座したロデリックに、渾身の一振りが振り下ろされた。
「貴様を葬るとき!どれほどこの時を待ったか!」
自身の身長ほどもある刃がロデリックの首へとめり込んだ。
しかし全く手ごたえがない。
「そんな太刀筋で私を切れるとでも?」
すると急に、カールの目の前でロデリックがゆらりと動いた。
ロデリックが不気味な笑みを浮かべてカールの方へ向くと、首に刺さった鉈がはじき返され、彼はそのまま首の切れ目を治癒させて消えた。
「どこへ!?」
ロランとルーシーが目を疑った。
とてつもない技術と驚異的な回復力。ルーシーには、吸血鬼でさえ出ないようなスピードが出ているようにも感じた。
カールが鉈を握り、周囲を見渡してロデリックを探す。すると急にロデリックの後ろから声が聞こえてきた。
「駄目ですよ、この程度の攻撃が見切れないようじゃあ」
カールが後ろを振り向くが、ロデリックの姿は確認できない。
さらに続けて、ロデリックの声が周囲に響いた。
「いつまでお子様のままでいるつもりなのですか?カール君。
己の個人的な復讐に民を惑わせ、ラオに住む多くの人々を殺す。貴方は完全に悪ですよ。
あなたの行為も立派な殺戮ですからね!!」
それにカールが反論する。
「貴様こそ罪なき人々を殺してきた極悪人!その分際で俺を諭そうと思うなよ!」
さらにそれに対してロデリックが反論する。
「フフフフフ。だから君は子供なのですよ。私達は時代の流れに身を委ねることでここまで生き延びて来た。そう、勝者こそ正義。この理はこれまでも、これからも、不変なのです!」
そう言った瞬間、カールの正面から急にロデリックが現れ、右手をカールの心臓へ突き出した。
その瞬間、坂の中腹にいたロランの中で、何時しかのように誰かの声が聞こえた。
「...行ケ、己の意志を遂げル為...弱キ者を喰らうタメ...」
声を聞き咄嗟に異変を感じ取ったロランが、瞬時にカールの心臓をマチェットで守った。
そのスピードは坂の中腹から頂上まで約一秒。この時、ロランの足が明らかに通常時とは違う力を引き出した。
そして、ロデリックの手がロランのマチェットによって弾かれた。
「な、少年!私の速度について来れたというのか」
ぜぇぜぇと息を荒げるロランがロデリックに返す。
「今、一瞬、見えた。目に見えないくらい速く動く姿が。お前は消えたわけじゃない。とてつもなく早く動いているんだ!獣人よりも、吸血鬼よりも速いスピードで」
「何を!それが分かったところで何ができる」
ロデリックがロランを睨むと再び姿を消した。しかし、ロランには見えていた。ロデリックがルーシー目掛けて坂を飛び降りる姿を。
「待て、ロデリック!」
ロランは、ルーシーの危機を感じ取ると、一瞬のうちに彼女の元へ駆け寄った。ロランは躊躇することなく動き、ロランがそれに追いついてルーシーへの凶刃を止める。
「このッ!またか!なぜ私の速度に追いつける!おかしいぞ!見えるはずもないのに。アラビアオオカミか?メキシコか?イタリアか?どの獣人だ!」
ロデリックが段々焦りを見せ始めた。
ロデリックがロランへ蹴りを繰り出し、それをロランが腕で受ける。爆発的な力が腕に伝わり、骨が折れる感覚と痛みが同時にロランを襲った。
さらにロデリックがロランへダガーを振りかざす。ロランはそれも腕で受け、刺さった傷口から血が噴き出した。
「グッ」
思わず声が漏れ、痛みが脳天を貫いた。一度退いて治癒の時間を取りたいという考えがロランの脳内を巡る。
しかしその意識とは裏腹に、ロランの右手がロデリックの左頬を殴った。
ロデリックの口から血が噴き出る。
「ガハッ」
ほぼ無意識的に出た拳。ロランの中で何かが暴れまわっていた。
「力を震エ!己のため二ふるうのダ!この者トハ違い、自らの望ムものを手にスルために暴力を振ルウノダ!!!」
本能的で欲望に忠実な心の声。それはまるで野生の、いや、捕食動物の中にある根源的な生存本能、他者淘汰本能が心の中に現れたかのような感情。
ロランの心臓は火傷しそうなほど熱く、強く速い拍動をしていた。
戦いの最中、そこでロランの意識が一瞬飛んでしまう。
少しして、気づくとロランはロデリックの顔を十数度殴っていた。
ロデリックの瞼は腫れ、唇からは血が滲んでいる。
「き、きさ、きさま、なんて力だ。これは、あの力。私達一…く…をも凌…やましい…だけの力があれば…」
我に返ったロランは、後ろへ倒れそうになるロデリックを抱きかかえた。
そこにルーシーが駆け寄る。
「大丈夫、ロラン君。大変!傷が」
「大丈夫です。それよりも彼を。情報にもなりますから捕えておきましょう」
つい先ほどまでボロボロだったはずのロランの腕は、すでに半分以上回復していた。
すると目の焦点の合っていないロデリックがロランの方を向いて喋る。
「貴殿に、三つ、忠告しておいてあげましょう…。一つは、貴方の、その力は、貴方が思うよりも、大きな、危険な力を秘めているということ。もう一つは、貴方には、“覚悟“が足りていないこと。自らでは、腹を括ったつもりでいるのでしょうが、あまりに敵に情けを持ちすぎています。そして最後に、奇襲に気を付けることです!」
言い終えた途端、ロデリックがロランの眉間目掛けて手刀を出す。警戒していなかったロランは防御できず、ルーシーには早すぎて追いつけなかった。
が、ロランの後ろから大ナタが振り下ろされ、ロデリックの頭が二つに割れた。
「油断するんじゃねぇ。俺は元々こいつを殺るつもりだったがな」
ロランの後ろから出て来たのはカールだった。
「あ、ありがとうございます」
「ロラン…」
ロランはカールに、ギリギリのところで助けられた感謝の気持ちがあったが、それよりも妙にロデリックの死に際が脳裏に焼き付いていた。
何故自分に忠告をしたのか。忠告した内容的に、結局ロランが生き残って自分が死んでしまうと自身で分かっていたのか。割れた頭蓋骨。噴き出す血。割れた頭蓋骨、噴き出す血、割れた頭蓋骨、噴き出す血、割れた頭蓋骨、噴き出す血。
「…君…ロラン君!少し休んだ方がいいんじゃn」
「いえ、行きます!」
ルーシーの言葉を遮り、ロデリックの骸を地面に置いて立ち上がるロラン。
ロランを心配するルーシーをよそに、ロランとカールは屋敷へと向かった。
その頃、エアリアとクリスはさらに屋敷内を進み、遂に大広間へと到着した。扉を開けると、おどろおどろしい空気と圧倒的強者の気配。
真っ暗な部屋の中で、あまりの殺気の強さにエアリアがくらりとよろけた。その瞬間にエアリアの腹部へ強烈な一撃。
「グッ」
エアリアは歯を食いしばるも、強大な力で壁に叩きつけられた。壁にひびが入り、エアリアの骨は粉々に砕ける。
あまりに急すぎる攻撃がエアリアを混乱させた。痛みが遅れてやってくる。
「姉御ォぉぉ!!!」
異変を感じ取ったクリスが叫ぶが、暗闇で何も見えなかった。
部屋全体が殺気に包まれているため、エアリアがブルートを見つける前にブルートの接近を許してしまったのだ。
壁際でエアリアが小さな声で言う。
「クリス君、吸血鬼は…夜目が良いけど暗闇が見えるわけじゃない。あくまで人間だ。奴は待ち伏せし、音や気配で襲ってきている。そうだった、奴は最初から私達が部屋に入って来るのを待ち構えていたんだ!」
それを聞いたクリスはすぐさま叫んだ場所から離れ、近くにあった柱の陰に隠れた。
クリスが耳を澄ませると、重い静寂の中で唯一エアリアの荒い息遣いだけが聞こえていた。
それ以外には、濃い血の匂いが付いた大男がいる気配を感じる。後方約8メートル。
クリスの額に汗が伝った。
暫く膠着状態が続いたが、クリスはその間も少し風に動きがあるのを感じ取った。クリスがエアリアを助けようと動き出したその瞬間、
「クリス、ごめん、何もできない姉御だったな」
エアリアの声が聞こえ、大男の殺気が一気に強まった。
「姉御!」
クリスは柱から飛び出し、銀のダガーを暗闇へ投げる。
投げられたダガーは、見事に片手剣を振り下ろそうとしたブルートの手へと吸い込まれていき、ブルートの右手へと深々と刺さった。
鮮血が噴き出し、ブルートの顔が苦痛に歪んだ。
「このカス共!」
ブルートがすぐさまダガーの投げられた場所へ行くが、既にそこには誰もいなかった。
「銀製のダガーなどと知恵を付けやがって。まるで耐性持ちのネズミだな。俺が直々に潰してやる!」
屋敷の中で何かが壁に叩きつけられる音がしたことで、先を急ぐロラン、カール、ルーシーの三人。
しかし、屋敷の正面を守る吸血鬼兵は精鋭であるためか、途轍もない強さであり、単独で戦えるのはロランとルーシーのみ。それ以外の反乱兵は三人一組で戦っていた。
「ロラン君、すまないが先に行ってくれ!君の実力を信用して屋敷内の偵察を頼む!」
少し離れた場所からカールが叫び、ロランは承諾の合図をした。
ロランが屋敷に入ろうとしたとき、ルーシーが少しだけ彼を引き留めた。
「無理しないで。私たちがいるわ」
「了解です」
そのままロランは窓から屋敷へ侵入し、不気味なほどにガラガラの廊下を進み始めた。




