第二十四話 第二次ラオの乱➂
宮殿の内部へと進んだエアリアとクリスは、ブルートがいるであろう屋敷の中を進んでいた。
屋敷の薄暗い廊下の地面は、等間隔に並んだ小さなろうそくのみで照らされており、脇に並ぶどの部屋にも人の気配がなかった。
「おそらく一番奥にいる、あの気配がブルートね。だんだん近づいてきたわ」
エアリアが銀の槍を構えて先頭を行き、クリスが後方を警戒する。ひんやりとした空気の流れる屋敷は、何とも言えない不気味さを醸し出していた。
二人が暗い廊下を歩き切り、突き当りに出て来たドアを開けると、扉はそのまま口の字型になっていた屋敷の中庭に繋がっていた。
「後もう少しっす!この奥の空間から禍々しい気配を発してるっぽいですよ」
と言ってクリスが走り出そうとしたとき、不意にエアリアが視界の隅に何かを捉えた。
「危ない!伏せてクリス!」
クリスはそれを聞いて地面に伏せると、先ほどまでクリスの頭があったところを、目にもとまらぬ速さで矢が通過していった。
「ちっ。避けやがった!」
中庭正面の渡り廊下から、舌打ちと悪態をつく声が聞こえ、人影が出てくる。
「絶対裏口から来る奴いると思ってた。まあここで死ぬんだけどね」
そこから出て来たのは小柄な女吸血鬼だった。前髪は鼻まで隠すほど長く、コルセットの上に着た短い革ジャケットには様々な薬品瓶が掛けられている。
「あたしは他のバカ二人みたいに体力を使って戦ったりしないよん。賢く、狡猾に、私の毒矢で殺してあげる。あたしはブルート直属三傑のケイト!よろしくねーん」
クリスは自己紹介が終わらないうちにケイトに銃口を向け、トリガーを引こうとしたが、それに気づいたケイトがすかさず矢を放つ。
矢はクリスの手めがけて飛んでいき、思わずクリスはそれを避けた。
「あたしそれ知ってるもんね。どこで手に入れたか知らないけど、てっぽうっしょ?賢いから何でも知ってんの。褒めてもいいよ?」
クリスはこの世界に銃という存在を認知する者がいるとは思わず、軽い衝撃を受ける。
今度はエアリアが義手を変形させてクロスボウを放った。矢が連射されたが、一本も当のケイトには当らない。
ケイトは少し体勢を変えただけで、それ以外は微動だにしなかった。
「あんた計算してる?矢使うときは計算しないと」
エアリアも相手があまり動かないと先が読みにくく、気配や本能で戦う二人には計算や理論で戦うケイトと相性が悪かった。
「気配も分からないし、矢もするりと躱す。なかなかの強敵ね」
エアリアが間合いを取っていると、今度はケイトが攻撃を始めた。
「えーもう終わり?今度はあたしから行くよ!」
ケイトは三本の矢を同時につがえ、二人を同時に狙って放った。
放たれた二本の矢はクリスとエアリアの足を狙って飛んで行ったが、二人とも難なく躱した。
しかし、エアリアが残りの一本を警戒して辺りを見回すと、避けた先で急に目の前から矢が飛んできた。
エアリアは三本目に注意して避けたはずだったが、完全に意識の外から来たその矢を、体に刺さる直前で弾いた。
「危ない!ギリギリだったわ」
「盲点に打ったから見えないはずなんだけどねん。やるじゃん」
ケイトはさらに矢をつがえた。今度はエアリアもクリスも距離を取り、次の攻撃に備えた。ケイトがクリスを狙ってつがえた矢は一本だけだったが、今までの矢とは異なり、中央に小さな筒が取り付けられていた。
矢は放たれると、ゆっくりとクリスの方へ飛んでいった。クリスは特に速いわけではない矢を普通に躱そうとしたが、矢がクリスの側を通り抜ける瞬間、突然筒が破裂した。そして筒の中から紫色の液体が飛び出し、周囲にまき散らされた。
「あぶねっ」
クリスがそれをギリギリで避けると、液体はクリスの後ろにあった低木にかかり、低木はそのままシュワシュワと泡を出して溶けていった。
クリスは、もしこの液体がかかっていたらと思うとゾッとする。
「よく避けたね。でもこれだけじゃない。さぁ、ガンガン行くよ!」
予測不能な戦略と一度の接触も許されないケイトの攻撃がクリスとエアリアを苦しめた。ケイトの手からは毒矢からクナイまで様々な武器が放たれていき、それらすべてが彼等にとって致命的な脅威となった。
「まずいわ、クリス!このままじゃ先に進めない。何なら、ケイトに近づくことさえできないわ!」
エアリアが義手で毒矢をはじきながら言った。するとクリスがニヤリとして言う。
「いや、余裕ですよ。こいつなら銃を使うまでもないっス」
再びケイトから放たれた、破裂する毒矢を避けたクリスはそのまま体勢を低くしてケイトへと一気に近づいた。
それに警戒したケイトは弓をクロスボウに持ち替えて矢を連射する。
クリスはさらにそれを避け、腰巾着から小さな玉を出した。
クリスがそれに火を点けて足元に投げると黒い煙がモクモクと立ち上り始める。やがてその煙はクリスを覆い、ケイトからは完全に見えなくなった。
「それは、煙幕でしょ?確か。でも、どこでそんなもの…」
狼狽えるケイトに答えるように、煙の中からクリスの声がした。
「クロノスの人にこういう武器があるとだけ伝えると、すぐに本物を作ってくれたよ。さすが。人間様、獣人様を舐めてもらっちゃ困るぜ」
ケイトはクロノスと言う言葉に反応し、憎そうに顔を歪めると、再び毒矢を構えた。
「ハッ!所詮煙幕も目くらましよ。こっちはお前が見えないけど、そっちもあたしが見えないんだからね」
ケイトが煙の中を狙って矢を定めた。
「隙ありだな」
しかし、ケイトの想定と違い、二度目のクリスの声は煙幕の外、それもケイトの後ろから聞こえて来た。
「おっとこれは計算できなかったかな?」
ケイトが慌ててそちらを向くと、銀のダガーを持ったクリスがいた。
(クソッ!いつの間にあたしの後ろに!?しかも銀のダガー。吸血鬼を狩る気満々の野郎じゃねーか!)
“クリスは煙幕の中から私の隙を伺っているだろう”とケイトが考えるのを利用した、渾身のクリスの攻撃は見事に成功した。
そしてケイトが弓を向けるよりも先に、クリスのダガーがケイトの左胸を突く。
ケイトの胸からは血が噴き出し、ケイトが胸を抑えて地面に倒れた。
「オマ、エ、何者だ?戦う技術のことじゃない。なぜ銃を…もっている?」
ケイトは、ドクドクと脈打つ心臓に呼応してドロドロと血が流れていく中、最後の力を振り絞ってクリスに問うた。
「さぁ?君に恨みは無いが、教える義理は無いぜ。ま、今まで傲慢に暮らしてきた人生の報いを受けると良い」
そう言ってクリスがローブを翻して背を向けると、ケイトは力なく倒れた。
エアリアはクリスの戦闘力と、謎の兵器に驚きを覚えた。
初めて会った時点では「獣人且つマチェットの扱いが堪能なロラン君の方が強いだろう」と踏んでいた。しかし、ここに来て実際にクリスの戦い方を見てみると、その発想力と瞬発力は歴戦の猛者を思わせる立ち回りだった。
「さすがラオ鉄道爆破事件を起こしただけの力はある。何なら、この少年がいるだけで革命軍の底力がぐんと上がっている気がするよ」
「何か言ったっすか?姉御」
クリスが返り血を浴びたダガーを拭きながら、感心するエアリアの方を見た。
「いや、何でもない。素晴らしい戦い方だったよ。屋敷の最奥部へ行こう」
ハピが牢屋を掛けていた頃、彼女の部隊はそのままカールの部隊と合流していた。つまり、ハピの部隊に追いついたロランとルーシーもカールと合流することになる。
「ルーシー!よくここまで来た。ロラン君も来たのか!良い戦力だ」
カールは馬上から、群衆に紛れて戦っていたロラン達を見つけた。
「こっちはどんな感じですか?」
ロランもカールに気づき、すぐそばまで近づいて聞く。
「あぁ、あの坂を超えればブルートの屋敷なんだけど、どうやら坂の頂上に一人強敵がいるらしくて、皆が怖気づいているんだ」
カールが鉈で坂の上を指した。
「じゃぁ、三人で行きましょう。さすがに三人で行けば確実に倒せますよ」
そうロランが言うと、三人は襲い来る敵をかき分け、強者の待ち構える頂上を目掛けて上り始めた。
暫く進むと、坂の上で灰色のマントと黒いスーツを着た怪しい男が屍を踏みつけている光景が見えて来た。
その男がこちらへ気づくと、ニヤリとしてカールに言った。
「やっと来ましたか、カールさん。ずいぶん待ちましたよ。ここで終わりにしてほしいものです」
カールがその声に気づいて顔を上げると、そこには憎くて憎くてたまらない顔があった。
「貴様は!」
カールが拳を握りしめて男を睨む。
「あれは、誰なの?」
ルーシーがカールに聞いた。
「あれはロデリック。ブルートの手下で最も強く、残忍で狡猾な男。そして俺の親父を、ピピンを、直接的に死に追いやった、暗殺遂行人ロデリック・ガルワフ!」




