第二十二話 第二次ラオの乱➀
戦線に追いついてきたロランとルーシーは、右翼に展開したハピの部隊と合流した。ハピ含む騎馬隊はより奥まで進んでいるが、歩兵隊は未だ下町でブルート軍との激しい戦いを繰り広げているようだった。
「貴様らァ!ブルート様に逆らってただでいられると思うな!」
ロランが進んだ先では、ブルート軍でも一際大きな体格の男が中央で暴れている。彼は真っ白で分厚いコートを着、右手には三メートルはあろうかという長槍を携えていた。
「ロラン君、あいつは私が引き付けるから、そのうちに後ろへ回り込んで!」
ルーシーはロランに呼び掛けると、早速斧を構え、その男へと近づいた。
男はルーシーに気づくと、ルーシーの顔を見ながら首を傾げた。その屈強な男の唇には真っ赤な口紅が塗ってあり、コートの襟にいくつもの勲章がついていた。
「おやおやお嬢さん、戦場は女性の出る幕じゃぁ、ありませんよ?」
そう言うといきなり槍を前に突き出す。その動きは一切の無駄がなく、切っ先はとてつもない速さでルーシー目掛けて迫ってきた。
ルーシーはそれを斧で受け流し、流した斧の軌道のまま男の足元を薙いだ。
男は見た目の割に斧の上を軽く跳ぶと、ルーシーから少し間合いを取る。
「やるじゃないか女。名乗れ。10年前のラオの乱の頃から戦場にいる俺の槍を受け流せるとはたいしたもんだ」
「貴様程の雑魚に名乗るほど私の名は安売りしてない!」
ルーシーはそう答えると、男の足を狙って斧からスパイクを射出した。スパイクは見事太ももに刺さり、足からは血が噴き出す。
穴の開いた足では立てずに倒れると思われたが、男は声も上げずにスパイクを抜き取り、ルーシーの方へ放り投げた。
「残念。俺が人間なら死んでたな。人間なら。だが俺は吸血鬼だ!俺は並外れた生命力と身体能力を持ち、」
言っている間、足の傷が波打ち、まるで植物の根が覆いかぶさるようにして新しい血管が生えてくる。
「“超美人“なオトコの中のオトコ。俺様の名はティファヌス。覚えとけぇ!」
言い終わると同時に足の傷は完全に治り、男が連続でルーシーに槍を突き出した。
それをルーシーは躱し、最後の一突きを斧で受ける。そこで隙を突いたティファヌスは、ルーシーの腹めがけて重い蹴りを入れる。
しかしルーシーは、それをも斧で受けきると、もう一度ティファヌスとの距離を取った。
「ちょこまかちょこまかとせせこましい。人間の分際で俺に抗うんじゃない!」
ティファヌスが槍を大きく振って、威嚇するように叫んだ。
「うるさいな、人間は人間らしく戦ってんのよ!」
今度はルーシーからティファヌスに向かっていった。
互いの刃がぶつかって火花が散る。何度も互いの体すれすれを斬撃が掠め、実力は完全に拮抗していた。
しかし、大柄なティファヌスの槍を華奢なルーシーが受け止めているのは勿論、圧倒的な身体能力差の前にルーシーはジリジリと追いつめられていた。
遂にルーシーが壁際まで追い詰められたとき、ティファヌスの足払いが決まってルーシーが壁際に倒れこんだ。そしてティファヌスが勝利を確信する。
「勝ったァ!貴様は中々に強かった!“中美人“くらいかな。吸血鬼じゃないのが惜しいくらいだ。俺の記憶の片隅に美しきファイターとして記憶しておこう。さらば!名もなき戦士よ!」
ティファヌスは槍を高く掲げて吠えた後、槍を逆手に持ってルーシーの頭に狙いを定めた。
周りの兵士達も決着がついたと思い、固唾を飲んでルーシーの最後を見守る。
しかし、ルーシーは余裕の笑みを浮かべていた。
「残念。美しきファイターとして記憶されるのは貴方のほうよ。記憶しておいてあげる。私たちがね!」
その瞬間、背後の兵士の中からロランが飛び出す。
それに気づかないティファヌスは構わず槍を大きく振りかぶる。と同時にロランが背中からティファヌスの心臓を一突きで貫いた。
獣人であるロランは、吸血鬼であるティファヌスに対して治癒力を無視した攻撃ができる。その為ロランはマチェットではなく、直の拳によってティファヌスの体に風穴を開けた。
真っ赤になったロランの手がティファヌスの体を串刺しにする。
脈打つ血流がロランの前腕を濡らし、生暖かいティファヌスの体内が限界ギリギリの生命を感じさせた。ロランがその手をゆっくりと引き抜くと、胸からドバドバと血が流れてきた。
「カハッッ、卑怯、者…め」
「命の奪い合に卑怯なんてものはないわ」
そのままティファヌスは口から吐血し、血を滝のように流してその場で崩れ落ちた。白いマントが赤に染まり、辺りに血液の金属質な匂いが立ち込めた。
ルーシーはロランに手を貸してもらって立ち上がり、ロランに言う。
「ありがとう、ロラン君。よく、頑張ったね」
ロランは少し照れ臭そうに「いえ、こちらこそありがとうございます」とだけ言うと、手についた血を振り払い、マチェットを再び握り直した。
そしてルーシーの方へ振り向いた。
「僕はもう腹を括ってます。そんな心配そうにしなくても大丈夫ですよ。みんなを守るためならなんだってできます。むしろ、頼ってください」
そう言ってルーシーを見つめるロランの顔は、今までの少年らしい顔つきというより、精悍で屈強な青年の顔つきになっていた。
「クリス、そっちは大丈夫だったか?」
「はい。誰もいませんでした」
クリスがリボルバーを片手に、宮殿の裏口を見回している。
「そうか、こっちは二人程いたが、どっちも気絶させて草裏に隠してある。大丈夫だ。―にしても、不気味なほどに静かだな」
エアリアも義手についたクロスボウを構え、辺りを警戒していた。
ブルートの宮殿は、外側に役所や衛兵の詰め所、貴族の住まう屋敷。その中央にブルートの住む屋敷とラオのシンボルである“ラオの塔”があった。
特に、現在二人がいる場所からはラオの塔が大きく見え、その黄金色の鉄骨が倒れてくるような錯覚に陥った。
「何か、あの塔見たことある気がするんだよなぁ」
クリスがそうつぶやいていると、エアリアが急に右手を横に広げた。そして小声でクリスに忠告する。
「いるわ、この奥に。誰かが裏手の防衛を任されているのか、ものすごい殺気を感じるわ」
そう言ったエアリアは背負った槍を右手に取り、ゆっくりと屋敷の奥へと進みだした。
屋敷の中は薄暗かった。吸血鬼仕様に作られた屋敷には一つも窓がなく、真っ暗な闇の中で、ベッドがポツンと一つ。
ベッドの上には、布団の掛けられた美女と屋敷の主であろう男が一人。
ベッドのヘリに腰掛ける大男は銀の短髪で切れ長の目、甘い口元はまさにハンサムと言うに相応しい風貌をしていた。
男は手を叩いて鳴らし、小さな声で言う。
「ロデリック、召集」
すると正面のドアが開き、外から二人の吸血鬼達が入って来た。皆赤い瞳をぎらつかせている。
「おはようございます。ブルート様、反乱が想定以上に進んでおります。ご命令を」
ベッドに腰掛けた男は中央に来た男を睨んだ。
「想定以上だと?確実に統率者を仕留めろ。それよりなぜもっと早く起こさなかった」
男は小声で中央の男に問う。中央の男の額には冷や汗が浮かび、全身を寒気が襲った。
「昨日、ご命令でけっしt」
「歯向かうか?」
大男はボソッと呟く。
「い、今何と?も、もう一度お願いいたします」
「き、貴様は自分で考えて行動できんのか!本当に殺すぞ!さっさと片してこい!!」
大声で命令すると、二人の吸血鬼達がビクッと肩を震わした。
「申し訳ございません!直ちに下民共を排除して参ります!!」
そう言うと、二人はそそくさと部屋から出て行く。
再びドアが閉まって暗くなった部屋で、男は何かを考えていた。
「チッ」
吸血鬼の男は舌打ちをして、ベッドに横たわった女に顔を近づける。それに気づいたのか、女は目を擦って起きた。
「あれ?もう起きてたの?早いわね」
女が男に口づけしようとすると、男はそれを手で遮り、鬼の形相で喉に噛みついた。
「キャアアアアアア」
首に牙が刺さり、女は絶叫して痛みに悶える。
男は喉を咥え、そのまま頭と肩を掴んで肉を引き千切った。女の首からは血が滴り、それも余すことなく男が舐め取った。
すぐに女は息絶え、ベッドの上には人の血肉を啜る男が一人。
その姿は、さながら飢えた猛獣そのものだった。
右翼軍の先頭を行くハピは、ラオ中央都市の東部で牢屋の中を駆け回っていた。
「どこぴ?どっかに要るっぴ!絶対、絶対!!!」
ハピは真っ赤なマントをなびかせて、鉄格子がいくつもある地下牢を探し回る。
「ハピ隊長!私達は引き続き地上にてラオ正規軍とぶつかってきます。できれば、頃合いを見て上に上がってきてもらえると」
「すまないっぴ。もう少しだけ探してから行くっぴ」
そう言ったハピは、今にも泣きそうな表情ですぐにまた牢屋へ駆けていく。
「うわさで聞いたっぴ。一部の獣人は都市で労働力にされてるって聞いたっぴ」
しかし、どれだけ監獄の中を見ても尋ね人の姿はない。ハピは走っているうちに、その薄暗い廊下が永遠に続くかのような幻覚に惑わされた。
進めど進めど檻の中にあるのは、骨か、痩せ細った見知らぬ獣人たち。明らかにこの牢獄は犯罪者のためのものではない。
「ジョーイ!ジョセフ!ジョーイ!ジョーーーーイ!」
途中看守と出会うが、ハピが持ち前の素早さとパワーで難なく突破する。
「どこかに、どこかに!どこかにいるっぴよ。じゃなきゃ、今まで何のために!!」
ハピが諦めかけて膝から崩れ落ちたとき、ふと近くの牢屋から声が聞こえて来た。
「おい、お前さん、ジョセフを探してんのか?ジョセフなら昨日地上棟に移されたぞ?衰弱がどうのとかで」
「何ぴ?彼は、白色の耳で茶髪のジョセフぴ?」
「そうだよ。お前さんの夫か誰かだろう?そこへの行き方を教えてやる。その代わり、ここから出してくれ!今が無理なら後でもいい。今地上で何かが起きてるってのは分かるからな。ここの生活は懲り懲りなんだ!気が狂いそうで、地獄で、終わってる!」
「もちろん、いいっぴ。で、どうやって行けばいいっぴ」
獄中の男は、伸びに伸びた髭をさすりながら道を語り始めた。
「確か、この道をしばらく行って突きあたりにある非常階段を昇れば地上棟に行ける。何回かレンガを抱えて往復させられたから分かるんだ」
「ありがとう。必ず助けるっぴ」
そう言ってハピはまた走り出す。一分一秒でも早く彼に会えるよう、全力で走る。
階段を上って地上へ出ると、そこにはさらに牢屋が続いていた。警備や看守は丁度反乱の鎮静化に向かっていたらしく誰もいなかったが、地下と同じくらいの広さの監獄が再び現れた。
「ジョイ、ジョイ、どこにいるっぴ。お願いだからまだ生きててっぴ!」
地下と違って少し光の差している地上では、ハピの獣人としての能力が遺憾なく発揮される。
ハピは目を凝らし、静かに“獣”へ近づいた。感覚が鋭くなり、特にアラビアオオカミの獣人として視力が大幅に強化される。
「白い耳、白い耳、茶髪」
暫く探すと、今ハピのいる側と丁度逆の端にそれらしき姿が見えた。
「ジョセフ!」
ハピは走ってその牢屋へ行き、ジョセフらしき人影のいる場所の鉄格子を掴んだ。
「ジョセフ?ジョセフっぴ?」
「そ、その声は、ハピなのか?」
中にいた男の目からは、ぽろぽろと涙が落ちた。
しかし、ハピが檻の中に見つけたジョセフはハピの知っている彼とは大きく変わっていた。
やせこけた頬、あばらの突き出した腹、傷だらけの腕、そしてまるで焦点の合わない目。
ジョセフの目はもうハピを映すことができなかった。
「ジョセフ!ジョセフ、ジョセフ、、、可哀そうだっぴ。なんて、なんてひどい、ハピが代わってあげたいっぴ」
ハピが涙を流して鉄格子からジョセフの手を掴む。
「ふふふ。その可愛らしい、イナカ村の方言は変わってないね。僕はこんな事になっちゃったよ。でもね、ずっとまたハピと会えるって信じてたんだ。ずっとね」
「そうっぴ。また会えたっぴ。すぐに自由になれるっぴ。えぇと、ちょっと待ってるっぴよ」
ハピが牢屋の鍵か鉄格子を壊せる何かを探そうとしたとき、牢屋奥の階段から、誰かがコツコツと歩いて来る音が聞こえた。
「誰っぴ!」
「おいおいおいおいおいおいおいおいおい、牢屋から獣人共が解き放たれてないだろうなと思ったら案の定コソ泥が一人いるよぉぉぉおおおお!」
奥の階段から出て来たのは、身長2メートルはあろうかという長身の吸血鬼だった。シャツもスーツも全て黒い服を着ているため、その真っ白なビーバーハットがひどく眩しく見える。
「こっちは直々にぃいい、ブルート様に統率者を始末しないとぉぉぉお、殺すって言われてんだよぉ。貴様をとっとと片付けてあのカールとかいうガキをやらせてもらうぜぇええ」
ハピは戦闘態勢に入る。狼の力を最大限引き出し、吸血鬼に唸った。
「ハピ、一旦逃げてくれ!吸血鬼はそこらの兵士とはレベルが違う!」
ジョセフは見えないながらもハピの方へ向いて訴えかけた。
「おっとぉぉぉお。もし獣人が逃げだしたらだるいと思ってぇ、出口は全部閉めて来たぜぇぇええ。ざーんねぇえん。俺の名前はぁあ、ランケぇ。ブルート直属三人衆が一人ぃぃぃぃい。冥土の土産に、覚えときなぁぁぁあ!」
ランケはハピが動くより先に動いた。ポケットから一つの小さなダガーを出し、それを左手で、逆手に持って飛び掛かってきた。
「来るっぴ、ランケ。革命派切り込み隊長、ハピが受けて立つぴ!」




