第二十一話 ファイト!一発!
作戦実行の明朝、反乱軍は北門の前へと集まった。今まで反乱軍の主要人員が東門にいたこともあって、北門の警備は手薄だった。
門のすぐ外には大勢の革命軍兵士がいながらも、静まり返っている。
馬に乗ったカールが、民衆の先頭で言った。
「遂に時は来た!我等が反旗を翻すとき!」
民衆達は敵に気づかれないよう、静かに闘志を燃やす。雄叫びこそないものの、全身を駆け巡る血が“勝利”と“自由”を欲して煮えたぎっていた。
反乱軍は、兵士といってもほとんど防具がなくボロボロのジャケットを着た者や、白シャツにサスペンダーを掛けただけの者、防砂マントだけを着た者もいる。まさに軍の反乱というより民衆の蜂起だった。
しかし彼らは剣を持ち、ボウガンを持ち、ラオの民としての誇りを持って立ち上がった。
「一つ、皆に言っておく!戦争とは人の命を最も軽く扱う場所である。それを肝に銘じておいてくれ。相手へのレスペクタを!」
カールが反乱軍の旗を高く掲げて民衆に語り掛けた。旗がなびいてバタバタと音が鳴っている。
「そして今、戦いの火ぶたは切って落とされる!我々で自由を掴み取ろう!!」
まだ薄暗い中、ハピが火矢を垂直に打ち上げた。その炎は火の鳥がごとく空へ向かって飛び、頂点でポッと小さく爆発して燃え付きた。
作戦当日の明け方、ロランとジャガーも北門へと来ていた。今宵、月明かりは無く、外壁に付けられたガス灯には風が当たってひゅうひゅうと音を立てていた。
「おい、何かこないだの列車爆破事件で戦力を増強s」
ロランが背後から首を絞めて衛兵を気絶させた。薄暗い中で、北門の周りにいる衛兵を一人ずつ落としていく。
「おいおい、門番何年目だよ、寝たのか?話の途中だぞ?笑 おい、マイク、起きr」
一人、また一人と門番が減っていった。
ロランによって門番全員が眠らされた頃、ジャガーが門の閂を外す。
「ロラン君、よく頑張ってくれました。君の協力が無ければここまで来られなかったでしょう」
ジャガーが深くかぶっていたフードを脱いで言った。
「いえ、これもラオを救うためです。それにまだまだ始まったばかりですよ。油断しないでください」
ロランがそう言ってマチェットを背中から抜くと同時に、門の外で火矢が放たれた。
これが開門と、開戦の合図だった。
「では、門を開けますよ」
ジャガーがロランに目配せをし、二人がそれぞれ左右の扉に手をかける。
「準備オッケーです」
ロランが返事をすると同時に門が開け放たれた。金属で作られた巨大な蝶番が甲高い声を上げた。
内側から門が開かれると同時に先頭の騎馬部隊が壁内に雪崩れ込んだ。
「行けー!進め!進め!」
カール、ハピが先頭に立って町の中を進んでいく。明け方に町を駆け抜けていく民衆たちに、中央都市の住人たちは恐怖した。
雪崩れ込んだ民衆の前に警官が立ちはだかるも、カールが大ナタで蹂躙していく。
「狙うは中央宮殿のみ!自由の為に!」
「こんなところで躓いてたら奥にたどり着けないっぴ!!」
ハピも馬の上から的確に衛兵の首を突いて道を開いていた。
立ちはだかる相手は少数の警官や衛兵。彼等は革命軍の憤怒の行進の前に、為す術なく薙ぎ倒されていった。
地を鳴らし、馬達が町を一直線に駆けていく。狙うは最奥部制圧。
しかし、本当に戦いが始まるのはここからだった。反乱軍が町を抜けていくと、今度は貴族以上の身分が住むであろう上級住宅街の前にブルートの軍が整列していた。
どうやら既に、反乱の情報がブルートに知られたてしまったらしい。
ラオの兵士は剣を持ち、体には黄金色に輝く鎧を身に着けている。雲の隙間から朝日が顔を出すと、彼らの鎧が眩しいほどに輝いた。
「ハピ、両翼に展開だ!中央でまた会おう!」
カールがそう言うと二人は左右に分かれた。後ろから付いて来ていた民衆たちも、それぞれの隊長に従って展開していく。
「弓部隊、構えよ!」
ブルート軍の将校であろう男が、後方に控える弓部隊に命令を出した。中軸に陣取るクロスボウ部隊と違って、とてつもなく大きな弓で遠方を射ることだけに特化した部隊が、その強靭な弓を引いた。
「打てェ!!!」
将校が旗を振り下ろすと同時に、大量の矢が射出された。空に向けて放たれた矢は弧を描き、正面の民衆たちに降り注いだ。
「うわあああ」
カール達の先頭部隊から少し遅れて来た歩兵隊が、土砂降りの雨の様な矢の餌食になる。
「があああ!!肩に刺さりやがったチクショウ!」
多くの男たちがここで命を落とした。負けじと弓で応戦する者もいるが、ほとんどの反乱軍の矢は貴族軍兵士には届かなかった。
その頃カール達先頭騎馬隊は、並んだ兵士達の前列に突っ込んで、勇猛果敢に敵陣を圧倒していた。
ラオ軍も、前衛付近は味方兵士もいるため迂闊に矢を放つことができない。
カールが大ナタを振り回すと敵軍がバタバタと倒れていった。暴れ回るカールのローブには、既に返り血と自身の血がこびりつき、脇腹にはクロスボウの矢が刺さっていた。
「オラッ!俺はここでくたばるような男じゃねぇぞ!!」
カールは兵士たちの間を縫って後方の弓隊まで切り込む。行く先々で悲鳴が上がった。彼のあまりの強さに、最初は腕に自信のあったラオ軍の兵達が次第に恐怖を感じ始めた。
一方門の近くでジャガー、ロランと合流したルーシー。
「作戦成功ね。お疲れ様。ここで役割後退よ」
ルーシーが二人を労ってから大斧を組み立て始める。ジャガーは外部都市に向けて歩き始めたが、ロランはルーシーの前で立ち止まった。
「ルーシー先輩、僕も行きます」
ロランがマチェットを握りしめてルーシーに言った。
「ロラン君、女性や子供たちを守るのにも戦力はいるのよ。ジャガーと一緒に皆を守ってて」
ルーシーが組み立てた斧を担いでロランに言った。
「いいえ、えと、先輩は、僕になるべく人を殺させないようにしてますね?僕は…先輩が、とても優しいのを知ってます。僕が何が怖いかを知ってて、獣化の訓練の時もサポートしてくださいました。でも、ラオに来て見つかりました。クリスを守るため以外に戦う理由が」
ロランがマントを脱いでマチェットを握り直す。鍛え抜かれた身体が白いシャツに浮き出ていた。マチェットの柄には何度も練習し、摩耗してできたであろう窪みがあった。
「それは守るためです。みんなを守るためです。クリスだけじゃなくて、ラオの人達も、この世界中の獣人や人類も、良い吸血鬼の人達も。今はラオの反乱軍の皆を守りたい。僕は復讐のようなことはできませんが、誰かを守ることはできます。先輩、どうか、戦場に連れて行ってください」
ロランがルーシーを見つめて、真剣な面持ちで言った。
「行かせてあげてください。ルーシーさん。彼の目には私達にはない純粋な正義の灯が宿っています。彼はここで大きく成長するべきです」
ジャガーがロランの肩に手を添え、後押しした。
それを見たルーシーは少し考えてからロランの方を見て、小さく頷いた。
「いいよ。来なよ。しょうがないな」
ロランの顔色が一気に明るくなる。
「ありがとうございます!あ、すみません!ジャガーさん。町の護衛、お願いしてもいいですか?」
ロランはジャガーの方を向いてお辞儀をした。
「もちろん!いいですよ。頑張ってきてくださいね」
ロランが頭を上げると、ルーシーはもう既に準備万端だった。
「行くよ。ロラン君、頼りにしてるんだからね」
ルーシーが走り出す。
「はい!」
ロランもその後ろを追って中央都市へと走り出した。
それと同じ頃、丁度南門で防砂ゴーグルを付けたクリスとエアリアが城壁を登っていた。城壁には、砂漠から砂交じりの風が吹きつけ、パチパチと火花が散るような音が鳴っている。
クリスが城壁に積まれたレンガの隙間にハーケンを打ち込み、命綱をそこへ繋ぎ変えた。もう少しで城壁の頂点へ辿り着くが、櫓や城壁上の武者走りからは何の音もしなかった。
「がら空きですね。皆今頃北門でごちゃごちゃしてんじゃないすか?」
「これもジャガーの作戦通り。兵士が東門に集まった時、私達が裏から宮殿に近づく。完璧な作戦だな」
エアリアはそう言うと城壁の上へ手を掛け、中央内壁の上へよじ登った。そしてまだ壁に張り付いているクリスに手を差し伸べ、手を掴んだクリスをそのまま引っ張り上げた。




