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(β版)  作者: 自彊 やまず
第二章 ラオ編
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第十七話 反逆の灯火➁

「確信に変わった。残念ながら、リリィは既にクリスがあのクリスだと分かっているわ」


「確実だな」


「そっちに何か変化は?」


「こないだジジィが追手に右肩を切られた。しばらくは動けそうにない」


「わかったわ。気を付けて、アダム」

 

「了解、サブリーダー」


 通話が終わるとルーシーはガラケーを割り、道路の端に、無造作に捨てた。

 それから再びいつもの能天気な顔に戻り、ラオ革命軍の野営地へと歩きだした。






 会議の翌日、クリスはエアリアと共に行動していた。


「あともうちょっとよ」


 もうかれこれラオから三十分も歩いている。見渡す限り灼熱砂漠の中、正面のひときわ大きな砂丘の奥に、小さな村があるらしい。


 会議の日、クリスがカールに命じられたのは人員の確保だった。エアリアと共に行動し、そこで援軍を依頼することを頼まれたのだった。


「族長は気難しい人だから、あまりふざけたことしないでね」


 エアリアがクリスに言った。


「さすがにそんなことしないっすよ。それより、そこに千人も戦士がいるって本当なんすか?」


「強力な戦士がいるわ。彼らが来るかどうかっていう話は別だけどね」


 二人が目指しているのは外壁のさらに外にある集落。そこには渓谷と半地下住居群があるらしく、そこにゆかりのあるエアリアと、クロノス教からの応援三人の代表としてクリス、この二人が挨拶に行くこととなった。


「俺らを車両から助けてくれたのってエアリアさん達なんすか?」


「そうよ。私達の知らないところで武力衝突が起きたと聞いて、行ってみたらルーシーさんがいてね」


「そうなんですね。ありがとうございました。あと、すみません。俺たちのせいで本格的な内戦に発展したんですよね?」


「いや、元から近々総攻撃をするつもりだったよ。気にすることはない」


 クリスは目の上で手のひさしを作り、砂漠のはるか遠くを眺めると、もみあげに垂れてきた汗をハンカチで拭った。

 エアリアは一度止まってから水筒の水を少し飲む。そして歩きながらゆっくりと語り出した。


「私たちは十年前から内戦をしてるの。事の発端はグリードという議員だったわ。






 グリードがラオに来てから、先代までとは全く違う政策が為されるようになった。


 物価の高騰、徹底された居住区の分離、獣人の迫害。彼は吸血鬼に陶酔しており、純吸血鬼主義的思想の元、彼の理想の世界をラオに作り上げた。


 そんな中、ある日ラオに反旗を翻す者達が出てくる。彼らは誇り高き勇気を持った者達で、まだクロスボウやアーティファクトが発明される前に、彼らの首領がたった一本の剣でグリードを葬った。


 しかし、一部の議員が結託し、すぐに彼は都市中の警官に追い回されることになった。

 ラオの議員の中には、彼の活躍を喜ぶものもいたが、かつてグリードに恩恵を受けた者や、これまで特別な待遇を受けて来た吸血鬼達は彼を許さなかったのだ。






 それから五年が経過した。


 その時丁度今から十五年前、ジャクソンという議員が首都ステティアから送られ、身分差の完全解消に近づいていたラオを再び厳格な格差社会にした。

 それにより、ラオの下位市民は元の苦しい状況へと引き戻されてしまったのだった。


 さらに、彼はグリードよりもはるかに残虐だった。


 特にグリードとジャクソン、二人の違う点は、後者が吸血鬼であることと、彼がグリードよりも狡猾なことだった。


 それまでラオ近くの村オファクに潜伏していた英雄は、遂にジャクソンによって捕らえられ、処刑されることとなる。


 その英雄こそがカールの父、ピピン。

 人々はカールが首のない父に縋り付いて泣く様を見て涙し、憤った。


 それからさらに五年、カールが十八になった年、遂に民衆たちは武装蜂起する。

 そこから、血を血で洗う残酷なラオの歴史が幕を開くのだった。


 そして去年、遂にジャクソンの身元が判明した。彼の本名はブルートで、遥昔から生きる吸血鬼“三大老”のうちの一人。


 さらに彼の敷いた情報統制は厳格で、今ラオの内戦がどうなっているかなどは都市外に漏れていなかった。


 他の都市に住む人々は内戦への興味がないどころか、知らない人までいる。


 それを知った反乱軍は、いつか来ると思っていたチャンスの時を待たずして、自らの手で自由を掴み取ることに決めたのだった。






というのがこれまでの内戦かな。どうだい?知らなかっただろう?」


「なるほどぉ。知らなかったっす。ラオの内戦にそんな背景があったんすね」


 クリスが砂丘を降りながらエアリアの話を聞き、暫く物思いに耽っていると、急にエアリアが前方を指さして言った。


「とか言ってたら着いた!ここが渓谷都市オファクさ」


「おぉ!」


 砂丘を下ったクリスの眼前に広がるは砂漠に空いた大きな亀裂と、その中に作られた居住区、カラフルに彩られたマーケットだった。

 来る前にクリスが聞いた話によると、亀裂は太古の川の跡で、今はその渓谷の底から水が湧き出ているらしい。

 人々はそれを生活用水とし、亀裂に天幕を張ってひさしを作ったり、壁に穴をあけて家を作ったりして生活しているという。


 二人は壁に掛けられているはしごを使って下まで降りた。高さはおよそ三十メートル。一歩踏み外せば無傷ではいられないだろう。


 服や乾燥野菜の吊るされた通りを抜けて、目的の族長の家まで歩く。


 オファクの人々は元からこの地に住んでいることもあり、人々はまたラオとは違った文化を見せていた。


 砂と同じ色のマントに、青いもようのはいったスカーフ、成人したものは右頬にタトゥーが入っている。所々近代的な建造物も見られ、街灯も一本だけあった。


 クリス達がしばらく歩いていると、豪華な住居が増えてきた。上から見ただけでは分からないが、壁面に大きな洞窟が掘られ、その中には想像していた以上に人がいるらしい。


「族長に話があってきました。お時間よろしいですか?」


 エアリアが洞窟の入り口に立つ男に声をかけた。すると、彼は無表情で答えた。


「入れ」


 そう言われた二人は洞窟へと足を踏み入れた。


 少し奥まった入り口の門を通ると、以外にも中はひんやりとしていた。天井からは、地上へと続く小さな空気穴から、うっすらと地上の光が差して、淡く幻想的な空間が広がっていた。


 実際に人が住んでいるであろうスペースには、クリスが前世でもこの世界でも見たことのないような発光キノコが照明に用いられていた。


 最深部の薄暗い部屋に辿り着くと、そこには三人の護衛と一人の老爺がいた。


 老人の右頬にはタトゥー、左頬には歴戦の証かバツ印の傷がついている。


「エアリアか」


「はい。この度は、」


「行かん。ワシらはラオへ行かんぞ。」


 老爺は胡坐をかき、眉間にしわを寄せて威圧感を纏っていた。

 その顔に刻まれたたくさんの深い皴は貫録を漂わせ、傷も相まって、厳しい世界で生きてきたことを如実に語っている。

 さらに族長がエアリアの後ろを指さして言った。


「誰だ。名を名乗れ」


「クリスです。貴方に助けを求め」


「黙れ!恐らく貴様はこの地の者ではないな。ピピンの所為でオファクの民が何人殺されたか知ってそれを言っておるのか!」


「いいえ」


「馬鹿垂れ!」


 クリスの横柄な物言いに焦るエアリア。


「クリス、ちょっと、失礼なことは」


 それでもクリスは続けた。


「私達には、貴方達の力が必要です。そして、貴方達にも、私たちの力が必要なはずです」


「ワシらのものはワシらで守るんじゃバカモン!」


「いえ、俺はカールさんに聞きました。資源を奪われているのはラオだけじゃない。オファクの人々もその苦しみを味わっているはずです。防戦一方では何も変わりません!」


 クリスの熱意に押され、族長が少しの間黙った。


「族長、協力は少しの間でもいいです。俺は、ラオの為に、今ここで苦しんでいる人たち全員の為に行動しています。何かを掴み取るには、何かの犠牲を払う必要があるんです。それは確かに犠牲を払うだけで終わるかもしれません。でも、やってみないとプラスにはならないはずです」


 熱弁を振るったクリスが床に座り、地に頭を付けた。エアリアも焦って同時に頭を下げ、早口に弁明した。


「ちょ、クリス、あ、ああ、すみません、族長。彼の礼儀がなっておりませんでした。クリスの先ほどのご無礼お許しください」


 緊張した空気が部屋を包み、一瞬の沈黙が流れた。暫く何か考えていた族長は深くため息をつき、ゆっくりとクリスの方を向いて言った。


「二十年前、やってみらんと分からんとな、お主と同じことを言った男がおった。そいつはワシらに差し出されて、人質と交換されて、ラオで処刑された。彼の名はピピン。…ワシらが差し出さずに皆で戦っておけば、こうはならんかったんかのう」


 部屋の天井に生えた発光キノコが、暗い面持ちになった族長の顔を淡く照らしていた。


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