第十六話 反逆の灯火➀
虚ろな意識の中、誰かの声が聞こえて来た。
「ったく。派手にやってくれちゃって。俺らがやったと思われちまうじゃねーか」
「どうしようもなかったの。許してよ」
「別にいいさ。まぁ起こったことはしょうがない」
「お、クリス君、起きた?」
クリスは目を覚ました。ずっとベッドの上で寝ていたせいか、全身の筋肉が強張ってうまく起き上がれない。
「おっと、待て待て。今起こしてやるから」
バンダナを巻いたドレッドヘアの男がクリスの上体を支えた。クリスが寝ていたベッドの横には、赤色のバンダナを頭に巻いた男とルーシーの二人がいた。
「何時間くらい、寝てました?」
クリスがルーシーに聞いた。
「そうだねぇ、私達が二人をここまで運んだのが十五日だったから、今日で丸三日かな」
クリスは自分が三日もベッドの上で寝ていたことに驚くが、道理で体が痛いわけだと思った。腹には綺麗な包帯が巻かれ、腕には二本の点滴が刺さっていた。
「ロランは、大丈夫なんですか?」
クリスがは恐る恐る聞いた。
「彼は大丈夫。獣人だからか一日ですぐに治ったよ。全身骨折だらけだったけど、今はほとんど全快しているんじゃないかな」
クリスはほっと溜息をついて安心する。それを見た二人も少し微笑んだ。
「あ、看病、ありがとうございます」
クリスは目の前にいる二人に感謝を伝えた。三日も看病するのはなかなか大変だったはずだ。
するとドレッドヘアの男が照れながら答えた。
「いやぁ、実は俺は医者じゃないんだけどね。君を治療したのは医療班で、今俺は彼女に用があってたまたまここにいただけ」
思い出したようにすかさずルーシーが彼を紹介する。
「そっか、まだ紹介してなかったね。彼は反ラオ都市連合組織軍総隊長、カールっていう人。反連合組織はクロノスとは別の組織で、私がこの組織と交流があったから助けてもらったの」
「よろしく、クリス。どうやら君らもジャクソン議員もとい、ブルートに用があるらしいね。協力して倒そうじゃないか」
クリスとカールは握手を交わした。
「よろしく。カール」
と、その時、テントの外から叫び声が聞こえて来た。
「おい!早く治療してやってくれ!」
クリスがそちらを見ると、丁度数人の男達が、行商人らしき恰好をした負傷者を担いでテントに入ってくるところだった。
「カールの兄貴!またやられた。行商人に水を持ってきてもらってたんだが、ジャクソンの手下共が彼らを襲いやがった」
カールはそれを聞くと頭を抱え、髪を強く握りしめる。そして重々しく言った。
「そうか。早く治療しよう」
クリスが寝ていたのは、病院というよりも野営地に近かった。中くらいのテントの中にベッドが四つ。最低限の医療器具が置いてあり、衛生兵が頻繁に出入りしていた。
クリスが点滴を外して外へ出ると、そこには夕日に照らされた数々のテントと、荒れ果てたラオの街並みが並んでいた。スラムも形成され、道の傍ではやせ細った獣人の子供が友達と追いかけっこをして遊んでいる。
カール曰くラオの町は防砂壁が二重に引かれており、一番真ん中の中央都市は苗字のある貴族や上級商人、政府の人間が住み、その外側の周辺都市には貧しい一般市民や獣人たちが住んでいた。
中でも今クリス達がいるのは反乱軍と政府軍の戦う最前線であり、中央都市の東門に位置している。
ここでは資源、水、平等な権利の三つを懸けて戦う都市外核部の革命軍と、権力と富を掌握した都市内核部の上級国民との武力衝突が、半年に一回あるかないかというペースで行われていた。
クリスが、町を見下ろすようにしてそびえ立つ、巨大な防砂壁を見上げていると、どこからか彼を呼ぶ声が聞こえて来た。
「おーい、クリス!大丈夫か?」
遠くからロランが近づいてくる。
「ロラン!お前こそ大丈夫だったか!」
ロランがクリスの方へ駆けていき、そのまま飛びついてクリスを抱きしめた。
「いてぇいてぇ!痛いって!」
ロランのタックルが骨折した場所に響く。
「ごめんごめんクリス。まだ治ってなかったか」
「大丈夫。すぐ治すよ」
それを聞いたロランは、嬉しそうに笑った。
ロランは背中にマチェットを背負い、マントにスカーフとすっかり砂漠都市での装いとなっている。
むしろステティアから服の変わっていないクリスは、そのスーツベストの所為で、周囲からかなり浮いていた。
「それより、それよりだよ、クリス」
ロランは真剣な顔でクリスの方を向いた。
「何?」
「カールって誰?」
「いや、総隊長って言ってただろ」
クリスは先にベッドから起きたロランがカールのことを知らないのを不思議に思った。まさか、何かロランに隠されているのか、それとも実はカールが内通者なのか。
「そうじゃなくて、あいつはルーシー先輩の何?」
「は?」
「何かあのルーシー先輩への距離感、納得いかないんだよねぇ」
「はい?」
クリスは目をぱちくりさせてロランを見た。
「ロラン、お前、ルーシー先輩のことが好きなのか?」
「好き」
「なんだそれ」
「何だそれってなんだよ!なんだそれって!それはさすがにひどいぞ!」
「ごめんごめん!悪かったよ。いや、ロランが真剣に話しかけるからなんかブルートの情報でも掴んだのかと思って」
「いやいや、これも僕にとっては大事なことなんだぞ!」
ロランが頬を膨らませて怒った。
「いやー。そんなあの二人仲良い?俺はあんま分かんねーけどなぁ」
今のところクリスにとって恋愛は復讐の二の次であるため、すぐに興味が逸れる。
そもそも彼は前世でも病院生活で友達が少なかったが故に、人間関係を構築するのが下手くそだった。
「ま、なんかカールが怪しい動きしたら僕に教えてよ!」
「分かったよ。まぁ無いと思うけどな」
夜、カールから、クリスとロランが呼び出された。
夜の砂漠の寒さはスカーフを通り越して人々の身に沁みる。皆が寝静まった静寂の中、ランプに激突する虫の音が物悲しさを感じさせるような夜だった。
二人は数ある野営テントの中でも一番大きなテントへ入ると、その中には、円卓を囲むようにして二人の女性と二人の男性が座っていた。
天井からはランプが灯され、テントの中はそこそこに明るい。ランプには今までクリスが見たことのないような虫が集っていた。砂漠の虫“カゲロウ“だろうか。
入り口から正面に座るのがカールで、あとの三人は何か地図を見て話し合っていた。
「こんばんは。クリスとロランが来ました」
ロランが喋ると、円卓の四人が一斉にこちらを向いた。
「おお、待ってたよ。そこの椅子に座って」
クリスとロランは空いていた残りの椅子へ腰かけた。ボロボロにささくれ立った椅子に、使い古され摩耗した円卓。
「急に呼び出してすまない。ちょっと話があってね」
カールは地図を置いて二人の方を見た。
「まずは皆を紹介するよ。俺の右からジャガー、エアリア、ハピだ。ジャガーが参謀、エアリアとハピがそれぞれ右軍と左軍の隊長をしている。一応ご存知、俺は本軍司令のカールだ」
ロランとクリスが小声でよろしくお願いしますと言う。
クリスが見たところ、ジャガーは眼鏡を掛けており、その後ろで結ばれた茶髪は腰のあたりまで伸びているが、肩や腕にはムキムキと筋肉のついたアジア系の男性。
エアリアは甲冑を着ており銀髪青目。見たところまだ二十歳かそこらの活発そうな女性だが、右腕は機械で補われていた。
最後にハピは赤いマントに赤いスカーフと鮮やかな服を着た獣人の女性。肌は黒めの色で、腕にはjoeyと書かれたタトゥーが入っていた。
一通り司令官側の挨拶が終わると、もう一度カールが二人の方を向いて喋る。
「さぁ、本題へ入ろう。二週間後、俺たちは中央都市へ総攻撃を仕掛ける。今のこちらの兵力は三千、向こうはおよそ一万だ」




