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(β版)  作者: 自彊 やまず
第二章 ラオ編
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第十五話 ハードな前哨戦➂

 人狼型アーティファクトは右手を大きく振りかぶり、ロランを捕まえようとした。

 ロランはそれを躱し、機械の頭部をマチェットで強打する。金属でできたその額に少しだけ傷がついたものの、ロランの力ではまるで歯が立たなかった。


「ルーシー先輩!こいつも固いです!」


 続いてクリスが、アーティファクトの足を狙ってピストルを撃った。全てで四、五発の弾を打って、二発だけが足に当たった。

 一つ、足についていた歯車が取れたが、当のアーティファクトは何事もなかったかのように襲い掛かってくる。


「歯が立たねえ!」


 クリスは鉄製の鎌が付いた敵の手を避け、再び数発の弾を撃ち込んだ。

 すべて命中し、装甲には穴が開いたが、人狼もどきの敵はびくともせず、ますます激しく暴れ出した。

 アーティファクトはその巨体を揺らしながら車内で大暴れし、鉤爪が不快な甲高い音を立てながら車両を切り裂いていく。

 外壁の鉄板は剥がれ、綺麗な木製の装飾も無惨に破壊されていった。


 ルーシーも小分けにしていた武器を組み立て、果敢に立ち向かっていく。


 彼女の武器は銛と斧が一体化したような道具で、中が空洞になった斧の、金属製の柄の部分から大きなスパイクが射出できるようになっていた。

 斧自体も刃の部分がのこぎり状になっており、ただの人間が相手であれば一刀両断できるだろう。


「行くよ!おらッ!」


 ルーシーが射出した銛はアーティファクトの脇腹に刺さり、脇腹からドロドロとオイルのような液体が流れ始める。


「どんなもんよ!あたし副総長だかんね!」


 オイルが流れ出たのを好機に、クリスがオイルを銃で撃った。


 銃で撃たれたことによって引火した炎は瞬く間にアーティファクトを覆っていったが、彼の熱耐性はどうやらクリス達が想像していたよりも一段階上だったようだ。

 アーティファクトは変わらず車両で暴れている。


 しかもオイルが流れ出てもアーティファクトが止まらない為、火が天井や隣の車両に移ってしまっていた。


「まじか、もっとやばくしたじゃんかよ!」


 クリスは慌ててすぐに後退できたが、ターゲットになったロランはアーティファクトのすぐそばで攻撃を躱すのに必死になっている。


 頑張って避けていたが、少し気を抜いた隙に相手の業火の張り手がロランを直撃してしまった。

 強い衝撃がロランの体を伝わっていく。脇腹、背中、腕といくつもの骨が折れる感覚。


「グフッ」


 ロランは激しい衝撃で壁に叩きつけられ、その勢いで口から血を吐きながら地面に倒れ込んだ。


「ロラァァァァアン!」


 クリスの背中を冷や汗が伝い、心臓が激しく鼓動する。ロランがしばらく経っても起きない。ルーシーもロランを心配しているが、ロランからの返事は無かった。


 しかしアーティファクトはそんなこともお構いなしに二人を襲ってくる。左手には炎を纏い、背中の煙突から真っ黒な蒸気を吐き出して。


「こんの野郎ォ!」


 クリスは、アーティファクトに対して怒りを爆発させた。

 彼はピストルを床に放ると、革袋からガントレット(武装された籠手)を取り出す。


「これも工房の人に作ってもらったんすよ。ルーシーさん、今から無茶しますからね」


 そう言うと、クリスはアーティファクトの方へと、大きく一歩を踏み込んだ。


「何の宣言!?マジでやめて!」


 ルーシーも、クリスが無茶をしないように前へ出て、巨大なアーティファクトへと立ち向かっていくが、その燃え盛る手と強烈な一撃が行く手を阻んだ。


 クリスのガントレットは、クリスの体を右に傾けるほどの大きさと重さで、青い液体の通ったパイプが中央のコアに繋がっていた。

 コアは特殊な鉱石を使っており、クリスが聞いたところによるとどんな衝撃にも耐えられるとのことだった。

 拳の部分はもちろん吸血鬼への特効がある銀製。

 クリスの銃の知識を生かして、鉱石の中で火薬に引火させることで、仕組みの通り爆発的な力が発揮できるようなガントレットとなっていた。


 ルーシーがアーティファクトの手を斧で防ぎ、そのままスパイクを射出する。今度はスパイクが肩を貫き、少しアーティファクトの動きを遮ることに成功した。

 しかし、それでも状況は好転しなかった。アーティファクトは自由が利かなくなった右手を振り回し、ルーシーへと強烈な攻撃を続けていた。


 一方、クリスは火のついた左手に苦戦していた。近づくとアツアツに熱された巨大な手がクリスを掴みに来る。


「クソッ。何かで動きを封じてから殴れないのか」


 クリスはそばに落ちていた、機関車の外枠から剥がれたワイヤーを左手で取り、右手のガントレットのスイッチを入れた。

 ガントレットのコアが光り出し、パイプの中で冷却用の青い液体が動き出す。

 アーティファクトがクリスの方を向き、悲鳴にも似た雄叫びを上げると、左手でクリスを薙ぎ払おうとした。

 クリスはそれを避けて、ワイヤーをアーティファクトに絡め始める。

 狭い車内を駆け回り、足、首、手と順番に鉄製のワイヤーがかかっていった。


 ルーシーは相手の右手を戦斧で抑えたまま動けずにいたが、相手の巨大で重厚な手に押され、じりじりと床まで押さえつけられていた。

 アーティファクトの手と、ルーシーの横たわる床の間にはあと少しの隙間しかない。


 クリスもアーティファクトにワイヤーを掛けているが、右腕の動きや、アーティファクトの頭部を封じることはできていなかった。


 結果として、クリスの放ったワイヤーは、アーティファクトの胴体と足に絡まっただけとなった。これでは結局、炎と手に阻まれてうまく近づけない。


 尚もアーティファクトの右手はルーシーを押さえつけ、左手はクリスを殺しに襲い掛かる。

 ルーシーがつっかえ棒にしている戦斧も車両の床にめり込み始めて、限界を迎えていた。


 そして遂に、攻撃を躱し続けていたクリスが突然アーティファクトの爪に脇腹を引き裂かれる。

 クリスが少し気を抜いた瞬間の一撃だった。

 熱い感覚と共にぬらぬらとした血が腹部を伝う。直後に、言葉に出来ない程の激痛が腹部を襲った。


「クソッ。いってぇぇぇええ!」


 クリスが地面に倒れこんだ。立ち上がるのにも脇腹が痛む。


 遂にアーティファクトがクリスを無視し、両手でルーシーを潰そうとかかった時、奥の車両から謎の若い男が出て来た。彼は手を叩いてアーティファクトを止めた。


「はい、ストップ。ストップ」


 その男は首に逆さ十字のネックレスをしており、赤いロングコートに右目の傷。おそらく吸血鬼であろう赤い目の色をしていた。


「彼女の技術に興味があるから殺さないでね。あと彼女cuteだから、許しちゃうわ♪」


「テメェ誰だよ!」


 クリスが問うた。


「僕はフードリヒ・ハインさ。ルーモン地方じゃなくて、こっちの方で生まれたから、吸血鬼にしては珍しい名前だろう?あと貴族たちの間ではイケメンって話題なんだが、聞いたことないかい?」


「気色悪い」


 クリスが吐き捨てた。


「なぜ私たちの居場所が分かったの?」


 ルーシーがアーティファクトの手の隙間から質問する。


「あららぁ、別嬪さんの質問にお答えしましょう♪」


 フードリヒはステッキを出して車内を歩き始める。


「僕はこないだのヒッタ派襲撃の時にいたんだけど、その時にそこのクリス君に発信機を付けた。ずっとGPSの通信が途絶えていたんだけど、地下でもいたのかな?とにかく、久々に出てきたと思ったらラオに向かってるからチャンスと思ったわけさ。

 それでこの汽車の一番後ろの車両に乗って、トイレに隠れて、頃合いを見てこの車両まで来たというわけ。つまりこっから後ろは皆完食よ♪僕は“吸血鬼”っていう人間の上位種だからね。フフッ。」


「GPSが、あるのか?」


 クリスは経緯(いきさつ)よりも、前世で聞き慣れた言葉が出て来たことに驚いた。


「おっと、喋りすぎた?僕一回喋ると永遠にしゃべっちゃうからね」


 フードリヒは舌を出してやっちゃったという風におちゃらけて見せる。


「とにかく、僕は君を始末して、この娘を持ち帰る。君たちの、負け!だよ。ハハハッ」


 クリスが脇腹を抑えて立ち上がった。


「何だとこの野郎?」


 脇腹からドクドクと滝のように血が出ているがクリスはそれでもかまわずにしゃべり続ける。


「お前はぁ、生物として上位種である蛇が、カエルを食べるという至極当然の理と同じでぇ、ハァ、吸血鬼が人間の血を吸うと思っているだろう?ハァ、だがなぁ、お前は、襲っているカエルが毒ガエルだという事に食べてみるまで気づけないんだ。俺が毒ガエルであるということに!」


「馬鹿げたことを」


 フドーリヒはボロボロのクリスを見下ろした。

 そのままフードリヒはルーシーを足で踏みつけ、アーティファクトの両手を自由にした。


「やれ」


 何の感情もない顔でアーティファクトに命令を下す。

 アーティファクトは両手を広げ、クリスを八つ裂きにせんと突進してきた。

 右手と胴体は燃え、近づくことすらできない。


「クリス君、どうやってそのガントレットでパンチする?当たったらお前も燃えるし、なんなら当たっても傷一つないだろうがね!」


 フードリヒは勝ち誇った笑みを浮かべたが、クリスの目から闘志は消えていなかった。それは最後の力を振り絞っているのではなく、勝算があったからだった。


「いつ、俺が、こいつを、殴ると言ったぁぁああ!」


 クリスはアーティファクトに巻き付けたワイヤーを取ると、一方に鉄パイプを括り付け、アンカーのように返しを作った。

 それをドアから線路へ投げる。

 線路と機関車の間で鉄パイプが絡まり、金属の擦れ合う音と共にワイヤーが後方に引っ張られていく。


 それにつられてアーティファクトもドアに引き寄せられ始めた。


「いやいや、アーティファクトは壊れちゃうけどこれじゃ君のほうへこいつが近づくだけだよ」


 フードリヒは未だクリスが何をしたいのか分からない。


 クリスは車両の前方にいて、アーティファクトとフードリヒは車両後方。クリスは前方右側のドアから鉄パイプを投げたため、アーティファクトは右側の壁を伝って、一度前方に引きずられる。その後に前方のドアから外へ出て後方へ飛ばされることになるはずだった。


「いいや、お前はこの超絶面倒臭かったクソッたれ機械と一緒に死ぬ運命だ」


 クリスはガントレットを使ってワイヤーのもう一端を掴むと、その火薬によるエネルギーでワイヤーを引っ張った。


「オラァア!」


 すると、バチッという破裂音と共にガントレットが光り、クリスの腕は1トンはあろうかというアーティファクトごとワイヤーを引っ張って持ち上げた。


「!!!」


 当然ガントレットでパンチすると思っていたフードリヒは驚く。

 そのままワイヤーの端は前方左側の窓へ投げられ、両端からワイヤーによって引っ張られたことによって宙に浮いたアーティファクトが、車両中央で磔状態になった。


 ワイヤーの各両端が線路と絡まったことにより体が左右に強く引っ張られ、アーティファクトは今にも千切れそうな音を上げた。


「素晴らしい。よくやったじゃないか。褒めるよ。だけど、こいつはこれだけじゃ壊れないよ?だから、この後は、ワイヤーの強度によるけど、、、あ、あれ?これは!!!!」


 フードリヒが気づいたときには遅かった。


 最初に限界を迎えるのはアーティファクトではなく、列車の壁だった。細い強靭なワイヤーが線路に引っ張られることで壁に大きな力が加わり、ワイヤーがメキメキと壁を横一文字に切り裂いていく。

 そうなるとアーティファクトのついたワイヤーが、高速の刃となってすべてを両断しながら後方へ進みだした。


「貴様ァァァァァァァアアアア!人間の分際でよくもォ!」


「お前には、ロランを傷つけた“報い”が必要だ。地獄へ落ちな!!!」


 フードリヒは避ける間もなく、高速で飛んできたアーティファクトと激突し、全身を強く打ち付けてから後ろへ飛ばされていった。


バキバキバキバキバキバキ!!!


 クリス達のいる車両から後ろの車両全てが後方へ吹き飛ばされ、ワイヤーに切り裂かれて粉々に大破していく。木や鉄が砕け散り、すべてがなぎ倒されていった。

 幸い、ロランとルーシーは床に伏せた体勢だったため全く巻き込まれていなかった。


 クリスがほっとしていると、列車の後方で爆発が起きた音がした。どうやらアーティファクトが遂に壊れたらしい。

 その音を聞いて後ろを見ると、クリス達が乗っている車両より後ろの車両が綺麗さっぱりなくなっていた。


「ちょっと休憩。キツすぎ」


 完全に吸血鬼達を倒したのを見ると、安心したのかクリスは次第に意識を失っていく。

 ルーシーが大丈夫かと語りかけているのが朧気に聞こえて来た。そんなことよりロランを、、、

 そこでクリスの意識は、深い、深い眠りへと落ちていった。


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