第十三話 ハードな前哨戦➀
ヒッタ派本部の襲撃から一週間。ブルートに関する情報がいくつか芋づる式に手に入った。
どうやらブルートはラオと言う都市の首長であるらしく、そのラオでは議会全員で悪政を行っているらしい。過度な税収、賄賂の横行する政界、財界と癒着した議員たち。
実際にラムズスから聞き出したのは、その中でもブルートが栄華を極めているという情報と、彼が使っているジャクソンという偽名についてだけだった。
「クリス君、ロラン君、久しぶり!」
襲撃から数か月後のある日、クリス、ロラン、ルーシーの三人はフジに呼ばれ、作戦室へと向かっていた。
「ルーシー先輩!お久しぶりです。今日はこの三人を集めてどういう話をされるんですかね」
ロランがフサフサと尻尾を振りながら、廊下を歩いてくるルーシーに聞いた。
クリスは目を擦り、いかにも今起きたところだという風な仕草をしている。
「わかんない。でも任務じゃないかなぁと思ってるよ」
「ホントですか!僕もこの間に大分強くなりましたからね。ルーシー先輩のおかげですよ。クリスも訓練してきたんだろう?」
「おん。何回かキリって人の頭をぶち抜きそうになったけど」
それを聞いたロランとルーシーは顔を見合わせて苦笑いすると、いつの間にやら三人は作戦室に着いていた。
クリスが両開きの重いドアを開けると、部屋の中央にはフジが一人、腕を組んで待っていた。
「よく来た。こないだの作戦での傷は治ってきているか?」
フジが自分の髭を触りながら、クリスとロランに聞いた。
「はい。僕は大方治りましたが、クリスはまだ少し痛そうです」
クリスは袖をまくって両腕の火傷を見せる。
「そうかそうか。痛々しいな。まだ完治していない上、仕事続きで申し訳ないんだが、、、。新しい任務を引き受けてくれないか?」
「「「了解です」」」
三人とも威勢よく返事をした。
「その内容なんだが、早速ブルートの抹殺に乗り切ろうと思っている。ゼリク一派の主な資金源はブルート。こいつを早めに叩いておけば、向こうの武力が削がれるというわけだ」
フジは机の上に置いた地図の“ラオ”と書かれた文字を指さしている。
ロランはメモを取り、クリスは真剣に聞き、ルーシーは半分聞いてなかった。
「それで、どんな作戦で倒すのですか?」
ロランが聞く。
「君たち三人には、実際に砂漠都市ラオまで行ってもらう。そして」
「そして、、、?」
「あとは助っ人達と作戦を立ててくれ」
「助っ人達…ですか?」
ロランが驚いた顔をして答えた。
「詳しくは話せんがこっちにも事情がある。あと、キリは今別の任務で、ラオにはこれ以上人を増やすことができんからの」
「要は自分たちで工夫しろってことね。了解」
クリスはやれやれといった表情でフジへ敬礼した。
「あとルーシー君、君は少し残っててくれ」
「りゃ、りょ、了解!」
話を聞いていなかったルーシーが慌てて答えた。
そして、部屋からクリスとロランが退出し、フジとルーシーだけが残った。
「私、ちゃんと聞いてましたよ!牧場都市ラマですよね!!」
ルーシーは自信満々に言ったが、フジはその迷言に頭を抱えた。
「違う、砂漠都市ラオだ。君に残ってもらったのは叱るためじゃないんだぞ。私は作戦成功率十割の君を信用しているからな」
「では、何でしょうか?」
「君にはあの二人の監視をしてもらう。一応二人とも超小型アーティファクトによって監視させてはいるが、副総長の君にも行ってもらいたい。人手が足りんからな」
「了解。しかし、彼らを内通者と…?」
「儂にもよくわからん。今回のラオ行きの話はリリィ様直々の命で、儂らにも深く教えてもらえんじゃったからの。しかし、リリィ様はあの二人か、もしくは片方を消すことまで考えておるようだな」
「そ、そうなんですね。」
「あと、彼らがどんな作戦を考えたかこちらへ報告してくれ。もし有能であれば“レモンの種まで絞って”から捨ててやる」
「冷酷なお考えをお持ちで」
「いや、リリィ様のお言葉は絶対正義じゃろう?」
それを聞いたルーシーは、ぴしっと背筋を伸ばして敬礼し、不気味に微笑んで言った。
「もちろんでございます」
翌日、クリス、ロラン、ルーシーの三人はステティア中心部にある駅に来ていた。
「さあ、ラオまでは蒸気機関車で行くよ」
ルーシーが二人に乗車券を渡す。
彼等の前には、既に彼らが乗る予定の蒸気機関車が到着していた。
そのメタリックに輝く車体は、夕陽の光を受けて一層美しく輝いている。さらに先頭車両の巨大な鉄の塊は、まるで生き物のように音を立てて蒸気を吐き出し、旅の始まりを告げるかのようだった。
その時の音や光、機関車の迫力は、彼らの心に強い印象を残した。
これからこの汽車で惨劇が起こるとも知らずに。
共和制国家ビサにおいて蒸気機関車は上級国民の乗り物であった。乗車しようと思えば何十万ゴールドを払うことになる。
したがって駅のホームにいるのはドレスやタキシードを着た紳士淑女ばかり。チェーンや片目ルーペ、歯車のついたシルクハットを被ったルーシーは周囲から浮いていた。
「君達、乗車券を失くしたり迷子になったりして泣かないようにね」
ルーシーがクリス達を小馬鹿にして言う。
「何言ってんだか。俺らを何歳だと思ってんすか」
ムッとしたクリスが言い返すが、ルーシーはニヤニヤしている。
「私から見れば君らはまだまだ子供だよ?前の作戦は頑張ったって聞いたけど、私の指揮下で無茶は許さないからね」
三人はすぐに列車の真ん中辺りへ乗り込み、向かい合って座った。
列車内は、高級感あふれる装飾と真鍮の窓枠によって、きらびやかな演出がなされていた。薄暗い線路を走るためランプも点いており、まるで高級なホテルのような空間が広がっている。
暫くして、甲高い汽笛の音と共に列車が動き出した。
車両は十メートルほどの高さの壁の間を進む。新幹線のように外と隔てられた線路は、砂や動物が入れないようになっていた。
ラオの都市周囲にある防砂壁の内側までは、車窓から灰色の壁しか見えないため退屈な旅となるだろう。
そんなことを考えていると、ロランは早くもうとうとしだした。
「ラオまではかなりかかるから、クリス君も寝たまえ」
ルーシーが蒸気機関車慣れ感を全面に出しながらクリスに言った。
「じゃあ、寝ときますね」
クリスも武器の入った革袋を置き、目を閉じて寝る体勢に入る。
以外にも汽車の揺れや、線路と車輪が互いにぶつかり合う音が心地よかった。
クリスがすっかり寝た頃、列車のどこかでフードを被った男が謎の機械を弄っている。
「うーん、ここでいいかな。ククククク」
どこか薄暗いところでニヤニヤしながら、彼は小さな機械を操作していた。
首には逆さになった十字架のネックレスを掛け、男の真っ赤な右目には縦に大きな切り傷が入っていた。




