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(β版)  作者: 自彊 やまず
第八章 最終決戦編
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後日談その➁ クリスの旅は

 クリスは吹雪く中、その枝々に雪の積もらせた針葉樹林の間を歩いていた。


「ほッ」


 彼は手を丸めて口元にかざし、暖かい息を吹いて体の末端を温めた。


 ステティアの教団本部から出て二か月。今までステティアの辺境部とユマ、それにビサから見て北東の国、ガルガンシアを訪ねてきたが、吸血症を治す方法はどこにも見つからなかった。

 特にユマとガンルガンシアは宗教でまとまっている国。ビサへと参考にできそうな政治や、経済の勉強はできそうになかった。


 クリスはそこからさらに北上し、最終的に旧日本の、自身が記憶反映剤を注射されることとなったラボ目指して進んでいた。

 噂によると、山脈を越えた旧ロシアの中部辺りから国があり、文明も発達しているそうだった。


 そこで馬車か何かを借りよう、とクリスは考えていたのだ。


 しかし、この辺りは国が無く、集落が点在しているだけの山脈地帯。

 言語も通じるかどうか怪しいのだが、昔の世界地図で言えばまだフィンランド辺りだった。

 英語から派生したセアト語(ビサやユマで使われている言語)が使われていてもおかしくはない。


 クリスが今いるのは、厚手のロングコートを着ても、全く耐え切れぬほどの寒さをした特に厳しい地域。

 そして丁度、運悪く吹雪いている。


「人家か、何かあってくれ」


 彼はそう考えたが、もはや限界に近い体温で、思考力も鈍っていた。


 もしかすれば、こんなところでくたばるかもしれない。

 時折弱気になったが、その度にエマの顔を思い出して耐えた。


 彼女は、クリスの”家出”を知ると泣いただろうか。

 それとも、追いかけようとしただろうか。


 しかし、クリスはそれを見ずとも、彼女がどうしたかを分かっていた。


 おそらく、彼女はまず怒っただろう。あの野郎、この可愛い女を捨ててどっか行くんかいと。

 でも、同時に、自分のことを信じてくれただろう。

 クリスならやれる、(したた)かに生きていけると。


 いずれ帰ってくるしね。女作ってたら許さないけど。なんて、エマが言っている光景が、クリスの脳内に浮かんだ。


「俺よか君の方が(したた)かだよ」


 クリスはそうポツリと独り言ちたが、それと同時に意識を失ってしまった。


――朦朧とする意識の中、一人の男が自分を担いでいくことだけが分かった。


 「誰だ。俺を、どこに連れていく」


 クリスはそう言ったつもりだったが、吹雪にさらされ、乾燥しひび割れた唇が発する音は、ひゅう、という虚しい呼吸音だけだった。





 クリスが次に目を覚ましたのは、木造りの山小屋の中だった。

 中は暖かく、部屋の中央に置かれた暖炉からパチパチと火の爆ぜる音が聞こえてきた。


「よう、目、覚ましたか」


 起き上がると、まず、自分の濡れたロングコートが暖炉前に干してあるのを見つける。そして、その横においてある、木製の椅子に座った大柄な獣人の男が目に入った。

 クリスは一瞬警戒したが、自分の腹の上に毛布が掛けられているのを見ると、すぐに警戒心を緩めた。


「ここまで俺を運んでくれたのは、あんたか?」


 クリスがそう問うと、大男が親指を立てて答える。


「そうだ。自分はここらで猟師をしている、スワンと言う。見慣れねぇ服着てるが、もしかしてドロヴィエクの人間じゃないのか?」


 クリスはソファから出て、立ち上がる。


「俺は、ビサって国から来た。クリスだ。クリスブレイブハート。助けてくれてありがとう。強く感謝するよ」


 スワンはその可憐な名前に似つかぬ、筋骨隆々の腕でクリスと握手した。


「ビサかぁ、聞いたことないなぁ。もしかして山めくの西から来たんか」


 山めく?と一瞬クリスは引っかかるが、それが北方の訛りであることは直ぐに分かった。おそらく”山脈”と同義だろう。


「あぁ。となると、ドロヴィエクは山の東側の国か?」


「そうだ。自分はそこにシケ肉を卸してんだ。お前はドロヴィエクに用があんのか?その割にゃ、何も知らねぇみたいだが」


 その問いに、クリスは得意気に答える。


「俺は旅をしているんだ。こっからもっと東に行くつもりだが、ドロヴィエクも通りたい」


「西からの旅人なんて珍しいもんだな。とにかく、今は行けんぞ。吹雪いてるから――まぁ、明日の昼過ぎならドロヴィエクまで行ける。案内するべ。とにかく、今はあったまっとけ。俺も寒いんだ」


 スワンは優しい笑みで、熊の様な図体を震わせた。


「本当か!ありがとう!スワンの厚意に甘えさせてもらうよ」


 クリスは心からの感謝を述べると、再び毛布にくるまった。


 吹雪の音が小屋の外で唸りを上げていた。時折、軋むように扉が揺れるが、スワンが積んだ薪の火はしっかりと小屋を暖め続ける。

 煙が静かに昇っていく中、クリスは目を細めて炎を見つめていた。


 それから程なくして、彼の脳内に暖かなまどろみが、毛布のように覆いかぶさってきた。


 しかし翌朝、この平穏な山小屋に、招かれざる客が訪れるのだった。





 クリスはまだ寝ていたが、スワンは朝食の準備をしていた。

 新鮮な鹿肉のローストに、タマネギのスープ。


 どれも体を芯から温めてくれるものばかりだった。


 スワンがお玉を使ってスープを救おうとした時、ガンガンと乱暴に戸を叩く音が聞こえた。

 こんな早朝に、しかも吹雪の後に、誰なのだろうと警戒しつつも戸を開けると、すぐさま首元に何かを添えられた。

 

 戸を開けた先にいたのは、厚手のコートを着、目元にクマを携えた体の線の細い男だった。

 そのひ弱そうな見た目に反し、彼はレイピアを構え、スワンの首元にしっかりと突きつけている。


「な、なんだ!俺に用か!」


 スワンは額から汗を流しつつ聞いたが、男はそれに対し、何も答えなかった。

 代わりに、細く生気の無い声でこう問うた。


「クリスと言う男はいるか」


「い、いない……。もしいたとして、彼に何の用だ」


 スワンは根っからの善人であった。

 彼は前日に泊めた見ず知らずの青年でさえ、謎の男から庇おうとしているのだ。


「キサマに関係は無い。奴がいるのか――どけ!」


 恐らくクリスの刺客である男はそう答えると、レイピアをスワンの肌に食い込ませた。

 スワンの白い肌から、鮮血が滴り落ちる。


「俺はどかない。彼に何の用があるかは知らないし、彼がどんな事情を抱えているのかは分からないが、俺の信念として、雪山で傷ついた者達をそのまま見過ごすわけにはいかないんだ」


 スワンはそう言うと、首にレイピアが食い込むのも構わず、刺客に向かって一歩踏み出そうとした。


 その時、刺客の背後から声が聞こえる。


「誰だお前は」


 それを聞いた刺客の男が、すぐさま振り返ろうとした時、背後の男は続けて言った。


「俺に、いや、私に何の用だ。動けば殺す」


 スワンはその動作が速すぎて気づかなかったが、刺客の首には親指が添えられていた。

 添えられているのは唯の親指だったが、その爪の先を伝って刺客の背筋に悪寒の様なものが走る。


――動けば、確実に殺される。


 刺客は一瞬でそのことを悟った。


 スワンはというと、その声の主に驚き、さっと背後を見たが、ソファで寝ていたはずの青年がいつの間にかいなくなっていた。


 「我はガルガンシア国レヴィウス将軍の腹心。ビサ王国国王、クリス・ブレイブハートを殺せとの命で参った。命だけは、命だけは勘弁」


 クリスは呆れたように彼を見つめると、そのまま親指に力を込めた――と同時に刺客は倒れ、あっという間に雪の中へと突っ伏す体制になってしまった。


「まんまと素性を、それも国名まで吐くとはね。平和ボケしていた国なんぞこんなもんか」


 クリスは冷徹な目を向けてパンパンと手を払ったが、スワンは冷や汗を垂らしながらクリスに聞いた。


「王様さんよ、彼を殺したのか」


「いや、気絶してるだけだ。こいつを素っ裸にして、ガルガンシアの国境に放り投げてこようと思う。ポケットにウチの軍備を詳細に書いたメモを入れてね。ほんとは機密事項なんだけど、今は言った方が確実に彼らの戦意を削げるから。圧倒的強者との差ってやつを知らしめてやる必要がある」


 スワンはそこまで黙って話を聞いていたが、ふとクリスが国王であることを飲み込み、すぐに地面へとひれ伏した。

 そして、すぐさま大声でクリスに謝り始めた。


「国王様!数々のご無礼、お許しください、我が家にはベッドなどと言うものもなく、貧相な食事しか――」


 スワンが一気にへりくだったのを見ると、クリスは不愉快そうな顔をして手を振った。


「やめてくれ。僕は元々平民だったし、そんなに自分が偉いとも思ってないよ。そんなことより、正体を隠していたうえ、俺のせいで君に怪我を負わせてしまった。すまない」


 クリスは(こうべ)を垂れると、スワンの手を取って立ち上がらせた。

 そして続けて言う。


「俺は一度コイツを捨ててくるけど、そこからドロヴィエクまでの道中はここに戻らない。また君を巻き込んでしまったら申し訳が立たないからね。あと、泊まった分のお金は払うよ」


 それを聞き、今度はスワンが顔を曇らせる。


「いえ、お金はいりません。山で傷ついたものがいれば、癒し、元の居場所へと戻すのが狩人の役目。普段山から恩恵を受けているぶん、返さねべならんのです」


 クリスは真剣な表情になったスワンを見ると、彼の手を強く握る。

 そのあまりの強さに驚くスワンだったが、さらに彼がその手を振るものだから、骨がぎしぎしと音を鳴らした。


「君は素晴らしい男だ。じゃぁ、助けてくれたお礼として金貨を送るのではなくて、個人的な贈り物として送らせてもらうよ」


「と、とんでもねぇです!俺には恐れ多いこと」


 スワンは頑なに、袋一杯に詰まった金貨を拒んだが、山からドロヴィエクまでの地図と交換なら――と、渋々承諾した。





 そして昼過ぎ頃、吹雪が止み、雪も少し溶けた頃にクリスは身支度を終えた。

 彼はドアの前に立ち、紐で縛った刺客を背負って、スワンへと最後の感謝を述べた。


「本当にありがとう。君がいなかったら俺はそのまま山で死んでたよ」


「いえいえ。とんでもないです。こちらこそ、あんないっぱいの金貨、ありがとうございました」


「いいんだよ。じゃ、」


 そう言ってクリスが発とうとした時、スワンがその逞しい腕を組んで言った。


「王様、貴方がどんな事情で旅してるのかは知らないし、それを聞くつもりもないですが、一つだけ確かなことがあります。それは、この先が、()()()の西とはまるで違う世界だということです。海の向こうには魔法があるなんてうわさも聞いたことがありますし、きっと、見たことのない世界が広がっているでしょう。でも、貴方はこの森で休み、なんたってこの山守(やまもり)スワンに助けられた人。必ず危機を乗り越えるでしょう。貴方の旅に、祝福のあらんことを」


 クリスはそれを聞くと、満足そうに足を踏み出した。


 彼の前には、未知の世界が広がっているのだ。そして、何倍も大きくなってビサに戻ってやる、そう決心したクリスだった。


 そしてスワンが、ひっそりと暮らすハティ一族の生き残りだったことを知るのは、また後の話である。

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