第 零 話 エピソードゼロか、もしくは前日譚
夜の繁華街に影を落とす者が二人。
ひとりはフード、ひとりはマフィア帽を被っている。
喧騒の中、フードの男がボソリと呟いた。
「全く、何でこの世界は産業革命時代なんだか。煙たいし汚い」
全身黒ずくめの二人は、コツコツと靴を鳴らしながら、煌々とした街の真ん中を歩いている。
しばらく人混みの中を歩くと、彼らはある寂れた店の戸を開いた。
返事がなかったため、二人は顔を見合わせてからそっとその戸を開ける。
ミシミシという音とともに年季の入った木製の戸が開き、奥にはバーカウンターと、そこで赤ワインを飲む初老の男、一人だけがいた。
初老の男が、急にバーに入ってきた二人に向かって言った。
「すまんな。ここはもうやってねぇ。出てってくれ」
するとマフィア帽の男が口を開く。
「いいや、飲みに来たんじゃない。お前の名前はベミリア、2年前までゼリクの側近だっただろう?」
「その名前を知っているとは驚きだね。何が望みだ?彼への取り持ちが望みかな?」
「いや、今の奴の居場所を教えてくれるだけで十分だ」
するとベミリアは椅子を回し、体をこちらへ向けて笑った。
「フフフ、笑わせてくれるね。なに言ってるんだ?寝言は寝て言え。今日のところは見逃しといてやるからな、出て行け」
するとフードを被った方の男がリボルバーを取り出す。
「これはなーんだ」
――銃というものは本来この世界にはないはずのもの。
しかし、彼はそんな幻の武器を、店の入り口からベミリアの額へと狙いを定め、がちゃりと音を立ててコックを下げた。
「なんだそれは?見たところ遠距離武器のようだが、生憎私には効かないぞ。ご存知の通り私は吸血鬼なんだ。…そっちがその気なら、覚悟はできてるんだろう?」
そう言い終えると同時に、ベミリアはワイングラスをこちらへ投げた。
フードを被った男は飛んで来たそれを右腕ではたき、グラスが割れて真っ赤なワインが飛び散った。
そこですかさず距離を詰めるベミリア。彼は既にフード男のすぐ側まで来ていた。
隣にいたマフィア帽が助けに拳を出すも軽々と躱され、吸血鬼はそのままフード男へ裏拳を繰り出す。
しかし、そのまま直撃すると思われた拳は空を切った。
拳を躱したフード男は、そのままベミリアの胸に銃を突きつける。
「おっと、動くなよ?」
フード男は喜々とした声で、吸血鬼の左胸に銃口を強く押し付けて言った。
吸血鬼の男はそれでも余裕を見せている。
「なかなか良い格闘センスがあるじゃないか。だが、そんなものは効かないと言って―」
ダアァァァン‼‼
不意に、人気のない街に銃声が響き渡った。
「うーん。――悪いがこれは銀製の弾なんでね。その驚異的な治癒能力もこいつの前では意味をなさない……」
吸血鬼は驚いた顔をした後、血を吐いて倒れた。左胸からは血がドクドクと湧き出ている。
彼は、鉄の味が広がっていく口をぎこちなく動かして言った。
「はッ、はッはッ……き、貴様ら、何者だ?」
しかし、マフィア帽がそれを完全に無視してベミリアに聞いた。
「ゼリクはどこだ?」
「わしは知らん!裏稼業を引退してからは知らんのだ!」
今度はフード男がベミリアの顔に銃口を向け、わざとらしく残念そうな顔をして言った。
「んだよ。何も知らないのか。まぁ、最後にこれだけは教えてやろう。俺はアダム。いずれ革命軍を率いる男だ」
アダムと名乗る男は、リボルバーの引き金をゆっくりと引いていく。
「は?え、や、やめてくれ!それを使うな!やめ、やめてくれぇぇえええ!!!!」
パァァアアアン!!!!!!
二発目の銃声の後、その夜は再び深い、静寂の闇に飲み込まれた。
銃声が聞こえたのか、バーを出た二人の周囲では人だかりができていた。
初老の男は、それに全く臆することなく、キセルに火を付けて言う。
「次、行くぞ。ビサの為に、王の為に」




