プロローグ 〈記憶〉
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「ふふんがきっとー ららららーららーららー」
夜、バイト帰りの青年が自転車に跨って歌っている。
「ららららーらららー」
青年が進む商店街にはシャッターが降り、街灯だけが照らす静かな路地にはキコキコと鳴るペダルの音と彼の歌声だけが響いていた。
暫く青年が進むと、長かった薄暗い商店街が過ぎガランとした交差点に出て来た。
赤信号に一度止まり、パーカーのポケットからスマホを出す。
待ち受けに表示された時刻は22時57分。
シンと張りつめたような夜の空気が、彼の辺りに漂っていた。すぐに信号は青になり、彼はスマホをポケットにしまって自転車を漕ぎだした。
その時だった。
彼の視界の隅から、何かが走ってきているのが見えた。
「あぶねっ」
彼はそう言ってブレーキを掛ける。
交差点に入るギリギリで自転車が止まり、ブレーキをかけていなかったらそこにいたであろう位置に、猛スピードで車が突っ込む。
明らかな信号無視の車が目の前を通り過ぎ、自転車に跨った青年は冷や汗をかいた。
「おいっ!ふざけんなよー!」
彼は車が完全に走り去ってから、その方向に向かって文句を言った。
そして彼は再びハンドルを握り、ペダルに足を掛ける。
彼は念入りに左右を見渡し、安心して道路を渡ろうとした時だった。
彼の肺に何かの異変が起きる。
「いたっ」
彼はすぐさまバッグから薬を出そうとするが、バランスを失った自転車は青年ごと倒れ、彼は丁度自転車の下敷きになった。
静かな夜の街の片隅で、息を荒くして地面に這いつくばう青年。
しかし、彼は以前から心のどこかで思っていた。
おそらく自分の病気は完全に治っていないだろうと。
いつかこんな風になるのだろうと。
それでも病室から出て過ごしたかった。
その夢が叶えられたとき、彼は神様が自分の命を奪うのではないかと予想していた。
「まぁ…人生こんなもんよ」
彼は最後の力を振り絞り、自転車の下から這い出して瀕死の状態で歩道の隅へ座った。
死の間際と言うのに、彼の顔はどこか落ち着いていて、どこか嬉しそうにも見える。
彼はスマホを開き、家族三人のLINEに“今日は帰れないかも”とだけ送ってからスマホの電源を切った。
途中、母から“早く帰りなさい”という返信が一瞬だけ見えたが、それを無視して、スマホを道路に向かって投げた。
放物線を描いてアスファルトに着地したスマホは液晶が割れ、中の複雑な基盤が外にはみ出した。
彼は空を見上げ、白い溜息をついてから言った。
「俺ももう無理だったっぽい。夏―」
その一言を最後に、彼は静かに息を引き取った。
それは暗く、とても静かなある冬の夜のことだった。