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元婚約者の第一王子

 我が国フランリヨンドのオットー陛下には子息が二人いる。第一王子ウィリアムと、第二王子ケネス王子だ。王妃は王子たちが幼い頃に亡くなっていた。フランリヨンドの隣国である大国ジークベインリードハルトが金、銀、銅の鉱山の開発や胡椒の交易によって巨大な富を築く商人の出現もあり、経済的に大発展を遂げているのに対し、フランリヨンドは比較的平和で牧歌的なお国柄だった。


 私が宮殿に着いて案内された部屋で休んでいると、宮殿の廊下を誰かが走ってくる音がした。扉がバンっ!と音を立てて開けられた。こんな無礼を許されるのはー。


「ロザーラ!」


 ――やっぱりだ。


 私は深いため息をついた。


「ウィリアム殿下。お久しぶりでございます」


「結婚するんだって?僕という婚約者をあんなに派手に振っておいて?その舌の根も乾かないうちによりにもよって僕のいとこと結婚するんだって?」


「殿下……それには訳がございまして……」

「訳なんか聞きたくないっ!一体いつ、ラファエルと君が知り合ったんだっ!」


 第一王子ウィリアムは私の元婚約者だ。私が舞踏会で第一王子ウィリアムとの結婚契約書を破り捨てて婚約破棄を申し上げてからまだ一月も経っていない。


 ――二十日は経ったかしら?陛下の結婚戦略に基づいているとは言え、私の変わり身の早さは流石に節操がなさすぎるわ……。


 私は第一王子ウィリアムに何と謝ったら良いか考えあぐねながら、タジタジと後ずさった。『あなたとの婚約も婚約破棄も全ては陛下との契約のためだった』とは口が裂けても言えない。


「大変申し訳ございません!殿下と別れた後に知り合ったのでございます」


「だいたい君は一体僕の何に不満があったのだ!僕と君の姉君のマリアンヌさんとの間には、何も無かったんだ!」


 ――あ……そんなことはないと思いますけれども、殿下。殿下はお姉様を相当気に入ってらっしゃったではございませんか。


 私は眉毛を八の字にしてひたすら申し訳無いと言った表情になり、第一王子ウィリアムに説明する方法を考えた。


「殿下、私と殿下の間にも何もなかったですわ。私と殿下は婚約はしておりましたけれども、過ちなどは一切ございませんでした」

「まあそれは確かにそうだけれども」


「私はこの国の未来のお妃になるには、少々力量が不足しておりました。私よりもっと殿下にふさわしい方がいらっしゃると考えます。また、今回の結婚は陛下の申し出に基づいたものでございまして、私はラファエル様に従って、はるばる辺境の地に行くことに決めたのでございます」


「父上の申し出に基づいて?」

「左様でございます」

「だから、父上が挙式の一切に口を出しているのか……」


 第一王子ウィリアムは言葉を濁した。鼻筋のスッと通った美麗なお顔が、頬を赤らめて憤っている表情から冷静な思案顔になった。


「父上はラファエルを可愛がっているからな」


 そう小さくつぶやきながら、納得したのか第一王子ウィリアムはうなずいた。


「僕に惹かれていたというのは嘘か?」

「いえ。私は本当にあなた様に惹かれておりました。でも、殿下は私の姉にも相当惹かれてらっしゃいましたよね?」


「そ……それは事実だけれども。マリアンヌはあれ以来僕とは会ってはくれぬ」

 

 第一王子ウィリアムはプイッと顔を背けて、拗ねたような表情になった。


 ――私は陛下があなた様の妃となる令嬢を選び抜くまでの虫除けの役目をおおせ使っていただけなのですわ。陛下が妃となる令嬢を決めたとおっしゃるので、婚約者の役目を降りましたのに、そういえばあなた様の次の婚約者の話はまだ聞いておりませんわ。


 私は心の中で疑問をつぶやいた。


「殿下。明日結婚式をあげよと陛下がおっしゃるので、急ではございますが、私は明日ラファエル様の妻になります。コンラート地方に雪が降る前に出発しなければならないために急ぐと聞いております。殿下のことを愛してくださる素敵な令嬢はきっといらっしゃいますわ。私のことなどお忘れになってくださいませ。私はこの国の第一王子であらせますあなた様の妻など、到底務まる器でございませんでしたわ。反省しております」


 私は第一王子ウィリアムの美しい瞳を真剣に見つめて、心からお伝えした。彼は悪い人では決してない。陛下の指示に従ったとはいえ、私の振る舞いは褒められたものではない。殿下には悪かったと心底思っていた。


「本当に急だな。コンラートは遠い。そもそも大陸の果てだ。ロザーラ、くれぐれも気をつけて行くが良い」


 第一王子ウィリアムは私の顔を見つめて、心配そうな表情になって言った。


「それに……僕が君の姉に惹かれてしまったので不快な思いをさせてしまって本当にすまなかった。僕が君の姉に惹かれたのは事実だから、君が怒ったのは当たり前だと思う」


 私は第一王子の嘘のない言葉に思わず笑顔になった。


「いえいえ。うちの姉は素敵ですからねっ!殿下もお元気でいらしてくださいね」


 私の言葉にふっと殿下は笑顔になった。


「仲直りだな」

「ええ、殿下」


 私たちは元婚約者同士という間柄から、友達のような気楽さを互いに見出した。


「ラファエルのことをよろしく頼む。あいつはいいやつなんだ」


「殿下、私もそう思いますわ。ラファエル様のことは……私が守ってみせますわ」

「ロザーラ、頼んだ」

「ええ、お任せくださいませ」


 ふっと第一王子は笑って、「明日の挙式は僕も出る。楽しみにしているよ」と言って静かに部屋を出て行った。


 一人残された私は、侍女が花嫁衣装を用意するまでの間待つように言われていた宮殿の部屋で、ほっと安堵のため息をついた。


 これから用意された花嫁衣装を着てみる。それが最終衣装合わせになるという慌ただしさだ。今日は宮殿に泊まり、明日の朝は宮殿から近くの大聖堂に向かい、そこで王族と私の母と姉と執事だけが参加する結婚式を挙げると聞いた。そのまま明日の夜は宮殿に泊まり、その翌日にはコンラート地方に向けて出発するというのだから、とてつもない慌ただしさだ。


 ――ラファエル様はこういったわ。『雪が降る前に急いで出発するのだよ』


 雪と追いかけっこをするような慌ただしさの私の急な嫁入りは、今まさにいよいよ始まろうとしている。





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