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時を戻る レティシアの場合

 私はどういうわけか時間を戻っている。それは間違いなさそうだ。結婚式当日の朝になっていて、今また式の準備に追われている。私は悲惨な現実を目撃してラファエルとロザーラを救えなかったはずなのに、なぜか時間が巻き戻っていて、悲劇が起きる当日の朝に戻ってきている。数時間後、私は何が起きるのか知ってしまっている。これはやり直しのチャンスを神様が私に贈ってくれたのだろうか。


 私の気持ちは沈んでいる。


 私の結婚式の披露宴が皇帝の世継ぎ争いに利用されるのだ。私はラファエルとロザーラが命を失うぐらいなら、この結婚式自体をとりやめたい。ラファエルとロザーラがいない世界で自分が生きていけると思えない。ケネスがいてくれたとしても、私は耐えられないだろう。


 暖炉が燃える暖かい宿屋の部屋の窓から、早朝の冬の空を眺める。結婚式の準備のため、私とケネスが一緒に早めの朝食を食べた。今は朝食を取る気にもならなかった。しかし、ロザーラとラファエルを救うためには私は剣の力を最大限に発揮しなければならない。私は宿屋で用意されたコーヒーを飲み、パンを食べた。敵は私たちが挙式を終えて披露宴を始めるまでは手を出してこなかった。何を食べても今は安全なはずだ。いつものように毒消し草を煎じたものを飲んだ。


 私が部屋で花嫁ドレスが運ばれてくるのを待っていると、ドアをノックしてロザーラが入ってきた。


「レティシア、話があるの」

「ロザーラ、私もあるわ。あなたの話からどうぞ」


 その時、私は今日の結婚式は中止したいと思っていた。部屋に入ってきたロザーラは青ざめた表情をしており、かなり思い詰めた様子だった。


「本当にごめんなさい。結婚式が終わったら、すぐにフルトの街に向けて出発したいの。そしてこの話は4人だけの内緒にしたいの」


 私はロザーラの顔をまじまじと見つめた。


 ――もしかして、ロザーラもこの後何が起きるのか知っているの?


 私は雪の中に倒れたロザーラと、すぐその横に立ち尽くしているロザーラがいる不思議な光景を思い出した。ロザーラが私と同じように時間を戻ってきているとすれば……。


「いいわ。披露宴に出席するフリをして、結婚式が終わったらすぐにフルトに行くのね?私は良い案だと思うわ。ケネスも敵を欺くためだと説明すれば分かってくれるわ。そもそも今日の挙式は私たちへの特別な贈り物だと思っているのよ。それだけで十分幸せなのよ。あなたの意見に賛成よ」

 

 私はうなずいた。ロザーラはとても驚いた表情で私を見つめた。


「いいのかしら。結婚披露宴よ?あなたのお父様もお母様もいらっしゃるのでしょう?」

「いいのよ。結婚式に参加できるだけでうちの父と母は大満足のはず。黙って消えても大丈夫よ」


 ロザーラは私に抱きついてきた。私もロザーラを抱きしめた。彼女には生きていてもらいたい。そう思うと涙が込み上げてきた。私が投げた聖剣でロザーラは死んだ。ロザーラを抱きしめる私の手は震えてしまった。


 ――私は絶対にラファエルとロザーラを死なせない。


 私とロザーラは互いにうなずきあって、そっと別れた。今は花嫁姿を完璧に完成させるのだ。そして敵を欺くのだ。今日は晴れやかな式の後、能天気に披露宴を楽しむフリをするのだ。ケネスに部屋でそっとささやいて、私は計画を知らせた。彼はすぐに理解してくれた。


 ゴージャスなケネスが素敵な花婿の服を着て大聖堂に向かった後、私は花嫁衣装を着せてもらい、お化粧を完璧にしてもらった。馬車に乗り込む直前、宿屋の鏡の前で、私は全身をチェックした。鏡の向こうの自分にうなずく。手には聖剣を包んだ布を持っていた。


 ――行くわよ。皇太子が私たちの前に邪魔をしようと現れたら、今度こそこそ聖剣で皇太子を止めるのよ。


 私は本気だった。


 侍女に付き添われて迎えの馬車に乗り込んで、大聖堂に向かった。大聖堂の入り口で父に久しぶりに会った。私は涙が込み上げてきそうだった。父とは挙式の後はまた離れ離れになるのだが、それは秘密だ。


 大聖堂の祭壇に向かう時に、母の姿を見つけた。私に微笑んでくれた。私は思わずうつ向いて、涙をこらえた。ケネスが天を仰いで涙ぐみ、私の方に向かって何かを言っている。


 『綺麗だよ』

 

 私は前回と同じように時が過ぎるのを目の当たりにして、驚愕する思いでいた。ケネスの隣にラファエルが立っていて、微笑んで私を見ている。


 ラファエルを見た途端に、決壊するように目から涙が溢れた。だめだ。これではだめだ。敵に勝てない。二人を敵から守れない。私は相当な剣の使い手だ。私が本気を出せばラファエルとロザーラを敵から守れるはずなのだ。私は泣いてはならない。


 私は唇を震わせて、無理に微笑んだ。喜びのあまりに泣いていると思ってくれた騎士と侍女たちは、微笑んで私を見つめてくれている。


 ケネスに向かって歩く私の目の端に、オレンジの何かが映った。私はそっと涙を拭うフリをして、チラリと参列者の左側を見つめた。カレンデュラの花言葉は、「別れの悲しみ」「寂しさ」「悲嘆」「失望」だ。色鮮やかなカレンデュラの花を持つ男性が目に入った。


 皇太子だ!


 男性は変装はしているが、皇太子だと私は悟った。周りの誰も気づいていないようだ。


 私は込み上げていた感情がすっと下がるのを感じた。凍りつくような寒さが私の心の中に入り込んだ。敵は挙式に参加していたのだ。前回は気づかなかったけれども、私の挙式に敵がいた。ラファエルとロザーラを殺すために。


「誓いますか?」

「誓います」


 私とケネスは誓いの言葉を述べて、ヴェールを持ち上げて、ケネスが私にキスをした。私たちは鐘の音が鳴り響くのを聞きながら、大聖堂の外に出た。


 大聖堂の広場には大きな天幕が貼られていいて、豪華な披露宴の準備が整っていた。私は靴を脱ぎ捨て、素早く走った。馬が待機している。馬に飛び乗り、隣にケネスが乗った。私は裸足だ。


 ロザーラとラファエルも私を追うように自然な形で出てきて、外に出た途端に、馬のところに全速力で走ってきた。皆で一気に飛び乗った。私たちは全速力で馬を走らせた。荷物も、侍女も、騎士団も置いて。


 私は聖剣を馬に括りつけていた。馬の準備をして待っていてくれた騎士は、モンテヌオーヴォ家の騎士だ。私の忠実な騎士で、彼を私はとても信頼していた。


 8番目の宝石はフルトにある。そう、王冠の7番目の宝石の座標が告げている。


 ショーンブルクの城門を飛び出し、私たちは北西に進み始めた。フルトを一直線に目指すのだ。敵が追ってくる前に私たちはことを進めようとしていた。司教にこそりもらった小さな十字架がコンパスになっていて、私たちが真っ直ぐに進む道を教えてくれていた。


 モンテヌオーヴォ家の騎士だけが、私たちがどこに向かっているのか知っている。彼は、私たちの時間をたっぷり稼いだ後に、フルトに向かって仲間を連れてきてくれるだろう。


 太陽の光が照りつけ、冬の大陸の気温が少しずつ上昇し始めた。私は花嫁衣装のままだったので、寒かったけれども、馬で走るうちに気温を感じなくなっていた。必死に走っていた。敵は本気だ。必ずラファエルとロザーラを殺しにやってくると知っていた。


 大陸の野には、小さなビオラ・トリコロールが咲き乱れており、私たちは愛でる心の余裕もなく、慌てて冬の大陸の野を馬で疾走していた。




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