2つの言葉
「文字を繋げると『時が大陸を守る者を決める』となったよ」
ケネス王子が最後の暗号までたどり着いて文字を告げると、ラファエルが紙にかきあげた文字を読み上げた。
「変な文章だわ……」
私はよく分からない違和感を覚えながらつぶやいた。
「時と言えば……先ほど夕食の席で、日時計がこの城の庭のあちこちにあるとエレオノーラとゲオルグも言っていたわ。その位置を明日の朝調べてみるというのはどうかしら?」
「そうだな。今まであったストーンサークルのようにオリオン座の配置だとしたら、リゲルの位置に何かあるのかもしれない」
レティシアとラファエルは会話している。けれども、私の頭の中は何かの違和感を覚えて戸惑っていた。
――何かしら?私が前回死んだ日が近づいているからなのかしら……なぜこんなにも胸騒ぎを覚えるのかしら?
私はうまく説明できない違和感を覚えて、ぐるぐると暖炉の前を歩き回った。
「少し違和感があるの。今までと違ってこの文章だけ古代語じゃないのよ。もしかしたらそこに違和感があるのかもしれない。文脈もなんだか変だわ」
私は思いついたことを話し始めた。
「たとえば、『オリオン座が救う者を決める』というこの言葉は、『次の皇帝』に関するブロワ谷の宝石の伝説に出てくる言葉だとあなたたちは話してくれたわ。財宝が眠っていて『大陸を収める力を与える石』が出てくるというストーリーでしょう。しっくりくるわ。でも、今回の『時が大陸を守る者を決める』の言葉は、ジークベインリードハルトで知られている言葉なのかしら?」
「いや、初めて聞いたよ」
「私も初めてよ」
私の説明に、ラファエルもレティシアも首を振った。ケネス王子がそれならと手を打った。
「じゃあ、この文字を古代語の文章になるか並べ替えてみよう。と言っても、僕は古代語を知らないんだけれどもね」
ケネス王子の言葉にラファエル、レティシア、私は考え込んだ。
「『大陸の岩に眠る石を見つけよ』……?ほら、こうやって並べ変えると、古代語ではこういう文章にならないかしら」
私はラファエルの手から紙を受け取って、文字を並び変えてみた。
「あぁ!この言葉は知っているわ。騎士の伝説に出てくるわ。貧しい騎士が確か岩の影で特別な魔法の石を見つけるという伝説よ」
「そうだね。僕も知っている。有名な伝説だ。子供の頃にジークベインリードハルトの子供達は教わるよ」
レティシアとラファエルは顔を見合わせてうなずいた。
「どちらかが罠だろうね」
ケネス王子が豊かな髪の毛をかきあげながらつぶやいた。
「没落令嬢と噂されて育った私としては、貧しい騎士が特別な魔法の石を見つける話の方が好きだわ」
私はポツンとつぶやいた。レティシアがぎゅっと私を抱きしめてくれた。
「今夜はもう遅いわ。明日に備えて休みましょう。敵はここまでは来れないから安心して眠れるわ」
「そうだな」
「そうしましょう」
「ああ、そうしよう」
私たちは明日に備えて早めに眠ることにした。
歯磨きを終えて、私とラファエルは窓辺に寄りそって立ち、川の向こうに広がる街の明かりと、夜空に広がる星を眺めた。満月だった。
「この旅の終着駅はコンラート地方の私の領土だ。無事に辿り着けるだろうか」
ラファエルは私を抱きしめてそっと不安を吐露した。
「大丈夫よ。あなた。ケネス王子もレティシアもついてくれているわ。何より、あなたには私がついているわ。私は何がなんでもあなたの領土に無事に辿り着くわ」
私はラファエルにささやいた。
「私はあなたの妻だから。あなたの花嫁なのだから、あなたを守るためならなんだってする……」
私の言葉はラファエルの甘い口付けで遮られた。
「君が欲しい」
キラキラした瞳で私を見つめる彼に私も口付けを返した。
その夜、私は夫であるリシェール伯爵にとても愛されていることを実感できた。私は今はまだ命があることで、愛される幸せを感じることができたのだ。
***
夜が開けて私が目を覚ました時には、すでにラファエルは起きていた。夜明け前からハイルヴェルフェ城の景色を堪能していたようだった。
「素晴らしい景色だよ」
ラファエルは私にささやき、私もラファエルと一緒に空が明るくなっていく様を清々しい思いで眺めていた。川の向こうの街も起き始めたようだ。誰も身動きしないような夜から一転して、日が昇り始めると、遠くの葡萄畑にも人影を認めることができた。
「朝ごはんの前に日時計を確認しましょうか」
私は提案して、素早く身支度を整えた。ラファエルもすぐに着替えた。後で朝食前にジュリアとベアトリスに手伝ってもらうとしても、庭に出れるぐらいの支度はすぐに完成した。
廊下でレティシアとケネス王子に会った。二人も日時計が気になって早く起きたのだという。私は伯爵家で一緒に眠っていた二人を見ているので、心の中ではまた一緒に眠ったのだろうと思ったけれども何も言わなかった。
恋に落ちた二人は止めようがない。陛下に結婚を許された今は止める理由もなかった。
薔薇色に輝くレティシアの頬を見れば、彼女が幸せで満ち足りているのは一目瞭然だった。ケネス王子も恋する眼差しでレティシアを見つめているのは傍目から分かりすぎるほどだった。
私たちの組み合わせは、互いに恋に落ちた組み合わせで、人生の最上期にいる4人だった。何をしても相手がキラキラと輝いてしまう時期だ。若い私はそれが生涯続くことを願っていた。
ラファエルの長い髪をかきあげて髪を束ねる仕草、私を見つめる碧い瞳、抱き寄せられると背の高くて厚い胸板が私のすぐ目の前にきてしまうところ、逞しく引き締まった体、全てが私をときめかせ、私の心をふわふわと温かい気持ちにしてくれた。彼のそばにいると、他にないもいらないと思わせてくれる。私はそれがずっと続いて欲しいと願っていた。
4人で連れ立って庭に向かった。私は念のために、昨晩、言葉を書き記した紙とペンを持ってきていた。日時計の位置を記載するためでもある。
外の空気は冷えていた。しっかり防寒着を着てきていた私たちは吐く息を白くさせながら庭を歩き回った。ストーンサークルのようなものは見当たらない。ハイルヴェルフェ城の庭は、初夏から秋にかけてはどれほど美しいだろうと思われるような庭だった。
――花が咲き乱れる頃にまた来てみたいわ。
「ここよ!」
レティシアが興奮した声でささやき、私たちは日時計を見つけた。
大きな庭日時計だ。私は城と庭の様子を簡単に紙に記した。次にケネス王子が垂直式日時計を見つけた。さらに、ラファエルも水平式日時計を見つめた。
どれもこれもがお洒落なデザインだった。水平式日時計、垂直式日時計、コマ型日時計、庭日時計と次々に見つかった日時計を書き記していった。ちょうど川に面した岩山の真逆、つまり城の影になる位置に最後の垂直式日時計を私は見つけた。
私は黙って紙に表した城と庭と日時計の位置を見つめた。
「ほら、ちょうど城の影になっているここがリゲルの位置になるわ。本当に日時計はオリオン座の配置で置かれているわ」
皆は黙り込んだ。
「死に至るような罠だと思う」
ケネス王子は目の前にある最後に見つけた日時計をじっくりと見ながら言った。
「昨晩、エレオノーラは何かを伝えようとしていたんじゃないかな。自然にさりげなく饒舌に話していたけれども、ヒントになる書物を渡してくれた。そして、自分がこの城に嫁いでから日時計を置いたと話してくれた。つまり、皇后様がラファエルのへの手紙を託した時、日時計はまだこの城には存在していなかったんだ」
ケネスの言葉に全員がうなずいた。
「そうだね。8年前に皇后様が訪れた時にあったものは、俗語で書かれた書物だけだ。あとは、自然だろうね。岩だ。岩の位置は当時とさほど変わっていないだろう」
ラファエルは岩山の頂上にあるハイルヴェルフェ城の庭を見つめながら話した。
「つまり、『大陸の岩に眠る石を見つけよ』の暗号の方が本物ということね」
レティシアもうなずいた。
「となるとね、この庭にある3つの岩は……」
ケネス王子は庭に会った大きな岩の位置を紙に書き始めた。
「これがベテルギウスで、これがベラトリクスで、ちょっと待った。ここにはもう他の岩がない……」
ケネス王子が首を傾げていると、レティシアがハッとしたようにささやいた。
「朝、窓から外を見ていて見つけたのだけれど、こことここに目立つ大きな岩が見えるわ」
レティシアが指差した位置にケネス王子が描きたした。斜めに見ると、全体的にオリオン座に見えなくもない。
「よし、となるとこの岩がリゲルだ」
ラファエルが力強くケネス王子が書き足した岩を指差した。
「朝ごはんの後、行ってみましょうか」
「そうしよう」
私たちは次の探し場所に目処がついたことにほっとして、優美な城の中に戻ったのだ。
――エレオノーラは何かを知っていて、私たちを守るようヒントをくれたのだという方に賭けよう。
私は心の中で密かにそう思った。




